桜 麗らかな桜の花が舞う、満月の晩の事である。
いつもの飲み屋でいつもの様に飲んだくれた銀時は、気の向くままに、ひとりぶらぶらと夜の公園を歩いていた。
月明かりに照らされる桜達はどれも満開で、風に靡いて揺れては、その淡色な春を舞わせている。木々が隠すように覆う遠くの景色には、先程まで銀時のいた町の、賑やかな灯りが垣間見えていた。
「…ぅ…っぷ、……ぉえ…」
一刻も早く、寝たい、帰りたい、定春をもモフりたい…酔いどれの銀時は桜に殆ど目をくれず、そんな事ばかりを繰り返し唱えては、今にでも出そうなその吐物を堪えていた。これから続く話はそんな曖昧なぼやけた景色の中で銀時が見たもののことなので、もしかすれば本当に合った出来事ではないのかもしれない。
「月に一度の満月に、めったに見れねェ満開の桜……こんな夜は珍しいっつーのに、相変わらずテメェは風情ってモンがありゃしねえなァ? 銀時。」
妖美な煙の香と共に、その男は突然現れたのだ。
銀時は酒で機能の衰えた脳を何とか保たせながら、両眼を擦って、そしてその姿をじっくりと見た。趣味の悪い柄の着物に、鼻から離れない煙の香り…そして、左眼をキツく縛っている包帯__…ああ、間違いない。高杉である。
船の上で、次会えば斬ると、言ったばかりの。
「……何でテメーが此処にいンだよ」
「花見も許しちゃくれねェってのか? ハッ、酷え野郎じゃねえか」
「……」
妖の様に笑う高杉とは対照的な目付きで、銀時は彼を睨んだ。その赤い瞳は月の光を受け、更にギラりと輝いている。その威嚇を振り払うかのように、高杉はまた、笑いもどきの息を零した。どういうことか、その残った右眼は苦しさを隠すような色をしている。
暫くの間、二人の間に重たい空気が流れる。唯、両者決して、斬り掛かろうとはしていない。…それは、高杉も、銀時も、帯刀していないからであろうか。
美しく儚い桜吹雪とは異なる、まるで冷戦のような空気感が二人を張り詰めている。
…何時か二人でもう一度花を見ることなど、矢張り夢のまた夢の話なのだろうか。
銀時の両眼もまた、苦しさを隠すような色を見せていた。