悔いはない(芹草) 勝手知ったる草太の部屋。もう自室のように寛ぎ寝転がりながらスマホを見ていた芹澤の頭上から、草太のむすっとした声がかかった。はて、と考えるが怒られる理由が無い。視線で返せば、しょうがないと言わんばかりのため息が聞こえた。
「そこ。お前の頭の上。」
「……ああ」
どうやら芹澤にではなく、本棚に用事があるようだ。くるっと視線を上に、というよりも少し反り気味に動かせば、ぎっしりと収納された本が目に入った。ごろごろしている芹澤と違って調べ物があるらしい草太は、要は芹澤にどいて欲しいらしい。起き上がるのは面倒なので、どうぞ、というように少しだけ背を床にぺったりとつけた。
「……それだとまだ邪魔なんだが。」
「俺のことは気にせずに。」
「あのなぁ……」
取れと言った割には両腕をあまり収めていない芹澤に草太は頭を抱える。このままでは芹澤の身体の横に膝を付いて手を伸ばすというとんでもなく動きにくい体勢を取らなくてはいけない。ものすごく絶妙な位置にあるのが厄介だ。もういっそ取ってもらおうかと思ったが、もう動く気が完全に無くなった芹澤は改めてスマホを弄っている。体験したことなどないが、これが休日にごろごろする夫を掃除機で押しのけたくなる妻の気持ちか、なんて思ってしまう。そんなダメ夫は置いておいてさっさと目的の本を取ってしまおうとあっさり切り替えた。
「ん……ふ……」
思った以上に取りにくい。よりにもよって本棚の奥の方に入り込んでいる背表紙に指を伸ばしながら、強引にでも芹澤を退かせばよかったと今更ながらに思った。膝立ちの状態で、ましてやその間に芹澤の顔があるのも落ち着かない。おまけにスマホを傾けちらりちらりとこちらを窺われては……
『お、落ち着かない!』
今更ながらこの異様な格好を思い出して、やはり退けてもらおうとしたその時……
「うわっ!」
「うっぷ」
立ち上がろうとして動かしかけたこの膝は、思ったよりもこの体勢と状況に疲れを感じていたらしい。あろうことか立ち上がろうとした身体は逆に沈み……込む前に芹澤の顔面に尻を落としてしまった。
「! わ、悪い! 大丈夫か!? え!?」
直ぐに退こうとしたが、草太の腰を何者かが掴みそれは叶わなかった。いや、何者、かではない。
「ばか! 離せ! 重いだろうが!」
「ひゃふかる!(助かる!)」
「お前の顔面は助かってないんだが!?」
何をもってして助かっているのか全く不明だが、どうやら芹澤は手を放す気はないらしい。というか眼鏡は無事なのか?
「ふひだへ~(無事だぜ~)」
「そのまましゃべるなぁぁ!!!」
信じられないことに芹澤は草太の尻の下で話し始めた。布越しとはいえ尻の割れ目に、そして大事な部分の下の方に息がかかり、一気に粟立つ感覚が駆け抜けた。
ぞくぞくとしたのは嫌悪か、それとも……
「もう……はな、せ……やめろ……」
10分以上も相手の顔を尻に敷き、時折かかる息に身を竦ませて、草太はすっかり疲弊しきっていた。芹澤が望んでしている体勢とはいえ、完全に体重を掛けてはまずい。懇願に近い思いだった。
そんな健気な草太に対して芹澤はというと……
「(ここが天国か!)」
堪能しきっていた。
引き締まった身体の中でわずかに丸みを帯びてふっくらとし、芹澤が常日頃からよろしくない気持ちで見ていたそれが突然(まあじっくりと見てはいたが)顔面に落ちてきた時には驚いたがそれも一瞬。絶対に逃がすまいと腰をホールドした。その判断、瞬発力は素晴らしいものだと自分で讃えた。
腰を掴まれながらも頑張って潰さぬように腰を浮かそうとしてくれている草太の行動は、ぷにぷにと芹澤の上に柔らかく何度も尻を押し付けることとなってしまっておりまったくの逆効果だ。いいぞ、もっとやってくれ。
情交の最中はともかく、普段ならばほとんど触らせてはくれない。両手で包み込んで揉みしだいてみたいとおもっていたそれを、まさか顔面で味わえる日が来るなんて……
「ひゃいこうのひひゃな!(最高の日だな!)」
「うるさい!! この……ばか!!!」
草太の叫びと共に降ろされた尻の下から嫌な音が部屋中に響いた。
数日後、首にコルセットを付けた芹澤は周囲をざわつかせたが、何故か少し嬉しそうであり、その様子にまた周りは密かに引いていたという。