「ネロ、ブラッドリーはどこですか」
「えぇ……知らねえよ…来てねえんならサボりじゃねぇの」
幼い頃やまだチームにいて連んでいた頃ならまだしも、今はもう、ネロはチームを抜けて、だからこそブラッドリーからも離れようとしている。
真っ当になりたい。
日々ケンカばかりしてそれが何になるというのだ。
怪我ばかりこさえて、それでも楽しそうに笑って、悔しそうに顔を歪めて。あんなにも騒々しくて目まぐるしい日々をネロには生きていくことがもうできない。
ふぅん、と聞いてきたわりに興味のない返事を返したミスラはネロの腕を引っ張り上げた。
「じゃあ、あなたでいいです」
「はっ!?」
がたん、と衝撃で倒れた椅子はそのままに、というかこちらの声も無視してズカズカと進んでいくものだから並んだ机のあちらこちらに体をぶつけた。その端正な容姿からモデルもやっているというミスラの歩幅に当然ネロが追いつけるはずもなく、若干足をもつれさせながら腕を引かれるままに着いていく。
「俺じゃあんたの相手つとまんねぇだろ。……それに、俺はもうそういうのは、」
「知ってますよ」
というか、あなた別に今までだってそんなに参加してなかったでしょう。
けろりとそう言われて、ネロがミスラの視界に入っていたことに驚く。ストリートチームのNo.2と呼ばれてはいたものの、それは別にネロが好んでその立ち位置にいたわけではない。ブラッドリーの傍にいられるのがその方法だっただけで、傍にいれば当然のように絡まれるわ、巻き込まれるわでそこそこ腕っぷしは鍛えられざるをえなかった。
けれどそれだけだ。
だから、ストリートファイトのときは周りの熱狂にどこかついていけないでいた。
……あぁ、でもそういえばミスラも似たような顔をしていたかもしれない。
「とりあえずあなたを餌にしたらブラッドリーが釣れないかな、って」
「人質的なやつか?はは、無理無理」
いくらブラッドリーが苦戦するミスラだからといって、ネロだってそこそこガタイのある男だ。そこそこなら自分でだってどうにかできる。
確かにブラッドリーは情に厚い。チームメイトからも慕われているし、それこそ懐に入れた奴のためであれば無茶をするような男でもある。……けれど、ネロはその腕の中から逃げたのだ。もうそうしてもらえる権利はネロにはない。
自分でそれを選んだくせに、それを改めて自覚すると胸に穴が空いた心地になる。
足を止めたネロに引っ張られるように止まったミスラが振り返る。……めったに動かない表情筋に、少しばかりの呆れを乗せて。
「……あなた、バカなんですね」
「え?」
「まぁいいです。ブラッドリーが来るまで何か作ってください。腹が減ったんで」
「は?」
いやだから来ねぇって、と言葉を重ねたネロの声はふわぁ、とのんびりとしたミスラのあくびにかき消されたのだった。
「おい、ネロ!!」
購買のパンを作るために借りている調理室の扉が乱暴に開けられる。腹が減ったとねだるミスラに余っていた材料で軽いものを作ってやって、けれど一応ブラッドリーを釣る餌として連れてこられたネロは、今日の晩メシなんにしようとかぼんやり考えるしかすることがなかったからそれはもう驚いた。
そこには肩で息をして、必死な顔をしたブラッドリーがいた。
「ほらね」
頬をぱんぱんにしたミスラが当たり前のように笑った。
「てめえ、ミスラ、ひとのモンに手ぇ出すとはいい度胸じゃねぇか」
「出してませんけど」
「出されてねぇけど」
というか俺はおまえのものでもなんでもねぇんだけど。
それを口にする前に怒気を撒き散らしながらブラッドリーが近づいてくる。
「ケンカの相手探してたんだって?相手になってやらぁ」
「あ、もういいです。なんか今いい感じに眠いんで」
「はぁ!?」
ネロが今にも掴みかかりそうなブラッドリーをどうどう、と宥めているかたわらでミスラは言葉どおりにふわぁ、とあくびをして目をとろんとさせている。
「じゃあ、俺は寝にいくんで」
ネロ、ごちそうさまでした、とのんびりとした声が降ってきて、そのままミスラは調理室から出ていった。
あまりのマイペースさにあっけに取られていると、隣のおとこから収まりきれてない怒気を感じる。
「ネロ」
「お、おう」
「サボるぞ」
「へっ」
今日はよく手を引かれる日である。
同じようにずんずんと手を引かれた先はスーパーで、なぜかネロはブラッドリーの家でしこたまフライドチキンを作ることになったのだった。