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    85_yako_p

    カプ入り乱れの雑多です。
    昔の話は解釈違いも記念にあげてます。
    作品全部に捏造があると思ってください。

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    聖職者モブが漣に狂う話。情欲はない。(2020/01/28)

    ##モブ
    ##牙崎漣
    ##カプなし

    と或る聖職者の独白と或る聖職者の話


     朝がきた。平穏な、代わり映えのない、満ち足りた朝が。

     私は小さな協会を任されている聖職者だ。昼は小さな教会に、夜はもっと小さな家に住んでいる。
     不足無く、過剰無く。家はこのくらいの大きさが一番いい。妻と住んでいたときは多少手狭に感じていたが、いまとなってはこの家が私にしっくりときている。手の届く範囲のものがいい。
     少しの上り坂を歩いたところにある小さな教会が私の仕事場だ。居場所と言った方がより正確か。シンプルな、建物が教会を名乗るために必要な最低限の設備だけがある。壁が白いところと、毎年ツバメが巣を作る祈りの場が、私は特別に好きだった。
     ひとりのとき──あるいはここに訪れた人が言葉を必要としていないときに聞こえるのは町内放送の音、鳥の鳴き声、子供の声、そして、遠くに町の息遣いだけだ。差し込む木漏れ日にも音がある。私は人々には音を聞くように伝えている。
     ときおり近所に住む老婆が私を気遣って来訪してくれる。この方は私の妻が死んだときにたいそう胸を痛めてくれてたのだ。彼女の夫は存命だが神を信じていない。そして、口には出していないが彼女も神を信じていないだろう。ただこの場所を必要とする人のために苦労を買って出てくれる、優しい人だ。私が彼女たちにできることは幸福を祈ることだけだ。私が信心を持たない人にできることは驚くほど少ない。
     朝に教会の扉を開き、人々の話を聞き、掃除をし、細々とした最低限の仕事をする。
     とんと、悲しむことがない。怒りや悲しみは溢れていて、私が感じるべき感情はあらかた誰かが抱いてくれている。懺悔室で救いを求める声を聞きながら、そう思う。


     ある雨の日だった。教会の扉が開いた。
     珍しい、と思った。雨の日はどうしたって人々の足は遠のくからだ。
     きっと苦しんでいるんだろう。どうしようもない気持ちが心臓を蹴飛ばして、助けを求めてこの扉を開けたに違いない。私はタオルを取りに一度だけ背を向けて、すぐに扉へと近づいた。
     入ってきたのは少年とも青年ともつかない年端の男の子だった。きらきらとした銀色の髪が特徴的で、そのうつくしい髪も白い肌も衣類も、なにもかもが薄汚れていた。
     少年はじっと私を見ている。なにかを見極めるように、じっと。物語のなかのはちみつのような瞳が猫のように私を凝視している。
     少しの間、お互いが黙っていた。私は本来なら何か声をかけるべきだったんだろう。そうしなかった理由はいまでもわからないが、それはとても自然なことだった。彼は私に敵意がないことを理解して、この場所に許されたことを理解して、私からふいと視線を外して椅子に座り込んだ。
    「君は?」
     タオルを差し出して、問う。
    「どうでもいいだろ。屋根借りるぞ。椅子も」
     そう言って彼は髪もからだも拭かずに眠ってしまった。
     不思議な子だった。いままでにあった誰とも違う、ましてや早くに死んでしまった両親や妻とも違うのに、なぜか肺が満ちるような懐かしさがあった。
     触れることはできなかった。触れたが最後、彼は飛び起きて私を不躾な瞳で見つめ、私の無礼を無言で咎めるだろう。そして、もう二度とここにはこない。そんな確信に似た予感があった。
     掃除も祈りも忘れて彼を見ていた。雨の音も聞こえなかった。窓から差し込んだ光を受けたまぶだがきらきらと輝いている。宝石のようだと思った矢先、その光によって彼の眠りは妨げられた。
     瞳が開く。気まずいだとか、考える暇もなかった。ただ、その色を記憶するためだけに私は存在していた。
    「……帰る」
     彼はぽつりと呟いて私の横をするりと通り過ぎていった。ばたん、と扉が開く音で、私はこのあたりには野良猫がいないことをぼんやりと思い出していた。


     それから、彼は度々教会に訪れた。
     雨の日が多かったが、晴れの日でも来た。雨宿りか、夜を越すためか。理由はおそらくそのどちらかだろう。
     私は彼の言葉を数個の単語しか知らない。屋根を借りる、と、からくりのようにそれしか言わない彼の声がほかの音を発する瞬間を想像して、想像して、うまくいかずに目をつむる。
     いつからだろうか。彼が賛美歌を歌う妄想だけが私の脳にこびりついて離れない。


     教会の鍵をかけるとき、彼がこないかと考える。彼の来訪を望んで、不安になる。私が鍵をかけて家に帰り眠る間、彼がこの屋根を求めて開かない扉の前で途方に暮れる様を想像して胸が張り裂けそうになる。それでも、私はずっと教会にいるわけにはいかないのだ。


    「君が夜を越すために教会を開けたままにはできません。なので私は君を取り残したまま私は教会の鍵を閉め、家へと帰りました。私は家に帰っても君を考えていました。その気持ちは背徳にほかなりません。私は君を残して教会に鍵をかけるとき、ぞくぞくとするような、気分が高揚するような、道行く他人とすら心中してしまえるような、とうてい許されるべきではない気持ちになりました。もう生涯感じることはないと思っていた、おおきくうねる感情の波に飲まれていました。別に内側から鍵は開くのに、ねぇ、君だってわかっていましたよね? 君はいつだって私のかけた鍵を開けられた。それなのに、君はいつだって、ずっと、朝になって私が教会の扉を開くのを待っていた。ただ、そこに存在していた」


     彼が初めて反応らしい反応を見せたのは、私の目線にでも言葉にでもなく、その日たまたま手にしていた老婆からのクッキーを見たときだ。
     彼は私をじっと見た。彼が何かを言う前に私はクッキーを──頂き物を彼へと差し出していた。
     彼は私を試すように見て、さっと奪ったクッキーを一瞬で平らげた。そして、私の言動を待つように、またその目で私はじっと見る。
     きれいな目だと思う。たいてい寝ている彼の瞳をまじまじと見られる機会なんてそうそうない。このまま時間が止まってしまえばいいのに。永遠が望めないならなるべく返事を引き延ばしていたい。でも、彼が沈黙に飽きてどこかに行ってしまうのは、とても、怖い。
    「……またおいで」
     それは私のたったひとつの願いだった。彼は「気が向いたら」と呟いて、またすぐに眠ってしまった。
     気が向いたら。気が向いたら。彼はからくりなんかじゃないから、必要ならいくらだって様々を口にするんだ。
     それでも彼の言葉はうまく考えられない。彼の声がずっと賛美歌を歌っている。私はもう、子供の声を久しく聞いていないような気がしていた。


    「私は自分が狂っていると理解していた。もう私は子供の声も、木漏れ日の音も、遠雷も街の息吹も届かなくなっていた。とてつもなく大きな感情が君に向いていた。それは羨望でも親愛でも情欲でも恋でも愛でも嫌悪でも嫉妬でもなくて、ただ、狂おしいほどの感情に飲まれていた。これが性欲でないことが異常なほどの激情だ。そう、私は君に情欲の類を向けたことはない。神に誓う。私は君に邪なことを考えたことはない。性欲であったなら私はまだ正常でいられたんだろう。君は私にとっての何者にもなってくれなかった」


     彼がきたのは雨の夜だった。また一言屋根を借りると呟いた彼の白くしなやかな腕を私は掴んでいた。彼の温度を感じたのは、これがはじめてのことだった。
    「きてほしい場所がある」
     彼は最初、私の手を振り解こうとした。それでもそうしなかったのは、私の声を聞いたからだと思っている。彼は優しい人だと思っていた。願っていた。私の中にはすでに、彼の偶像ができあがっていたのだ。彼が手を振り解いていたならば、私は現実と空想の間で潰れてしまっていただろう。
     私が彼を引き込んだのは懺悔室だった。彼の表情は本当に本当に不満げだったが、私が絞り出した「ここに居てくれ」という言葉に渋々従ってくれた。
    「飽きたら帰る」と一言告げて、彼は黙って懺悔室の椅子に腰掛けた。

    「なぁ、何か話してくれないか?」
     私は仕切りひとつを隔てた部屋に入る。私はあろうことか、彼の告解を求めたのだ。言葉を求めて、そこで当たり前のことに気がついた。私は、彼の名前すら知らないのだ。
    「話すことなんかねぇよ」
     そう応じた声にはなんの感情もなかった。それでも、彼はそこに存在していた。
    「…………では、聞いてくれないか? 私の、話を」
     そうして私は話し始めた。あまたの声を聞いてきた部屋で、迷える仔羊を何人も包み込んだ部屋に向けてぽつぽつと音を漏らした。
     懺悔とも言えず、雑談にもなれない、ただ意味のある言葉をつなげただけの声を、名前も知らない子供に語り始めた。私の名前も知らない、うんと年下の人間に、名乗りもせずに口にした。
     幼少期の記憶、トンボの薄い羽根、カマキリの瞳、陽光を浴びて光る蜘蛛の糸、そして雨を期待して夜を待ち望んだつまらない男の話を。


    「神に独白する意味なんてないんだ。どこに届いたって意味はない。ただ、君にだけ聞いてほしかった。妻ももういない。親も早くからいない。寂しかったのかも知れない。もうわからないけれど、君の幸いを祈ることが私の幸いだった。もしかしたら、君を救うことで私は過去の私を慰めたかったのかも知れない。そう、私はきっと鏡を探していたんだ。私には大きすぎて捨ててしまった怒り、嘆き、悲しみ、そのすべてをこの懺悔室で受け止めて生を実感していた。
     君を助けたい。君に助けてもらいたい。なぁ、これは信仰に似ているよ。神様じゃなくて、君が許して、救ってほしい」


     私の話は終わった。いや、話だなんて言えるはずもない、独り善がりな懇願が終わっただけだ。
     どうしてただ屋根を貸しただけの子にこんな信仰にも似た気持ちを抱いたのだろう。きっと、一生わからない気がしている。信用されたいとか、必要とされたいとかは違う気がする。信者は私を頼っていたし、彼が必要としていたのは屋根だけだ。なにもかもがちぐはぐで、だからこそ、私は狂ってしまったんだと思う。
     沈黙が満ちていた。何か、言葉が欲しかった。それはどんな言葉だってよかったはずだった。

     沈黙の中に微かに溶け込んでいたのは寝息だった。臆面もなく、私は置いて私の居ない世界に彼は居た。私の存在すら必要のない世界に、彼は居た。

    「ああ、……死んでしまいたく、なった」
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