「………エルシャール」
デスコールの低く落ち着いた声が、彼の名前を呼ぶ。その声音に込められた感情は、愛しげな響きすら感じさせるものだった。
仮面の下でどんな表情をしているのか、それは窺い知れない。だが、少なくとも先ほどまでの冷徹で無機質な口調とはまるで違うものだ。
そうして彼は──再びその名を呼んだのだ。
「エルシャール」
デスコールの声音には、紛れもない愛情と、そして憐れみが含まれていた。
エルシャールと呼ばれた男は何も答えず、ただ俯くだけだった。
デスコールは続ける。
あの日、あのとき、自分が彼に向けて言った言葉の数々を。
君は間違っている。そんなことをしても誰も幸せにはならない。私は君を止めなければならない。
君のしようとしていることは、人々を不幸にするだけだ。こんなことすぐにでもやめるべきだ! しかし、レイトンの言葉は全て無駄だった。彼は聞く耳を持たず、自らの信念のままに突き進んだ。
そして、ついには自分の前に姿を現したのだった。
「エルシャール……」
デスコールはもう一度彼の名を呼び、その肩に手を置いた。びくりとその身体が震える。
彼が、ゆっくりと顔を上げる仮面の奥から現れた瞳を見て、レイトンはその目を見開いた。
「……!」
その目は虚ろで、何も映していなかった。濁った灰色をしたその瞳は焦点を合わせることなく、ぼんやりと宙空に向けられている。
デスコールが口を開く。
彼は言った。
「……お前の手で死ぬことが出来たらどんなに幸せだろうな」
それを聞いて、レイトンは確信した。
ああ、この男は狂っている。
彼はもう戻れないところまで来てしまったのだ。ならばせめて……。
レイトンは息を大きく吸い込み、そして吐いた。腹の底に力を入れて、真っ直ぐに目の前の男の目を見る。
この男が自分に対して抱いている憎悪も、殺意も、全て受け止めよう。その上で彼を説得するのだ。
自分はそのために来たのだから。
レイトンは大きく深呼吸し、改めて口を開いた。
「デスコール……」
……沈黙が流れた。
長い長い沈黙の後、ようやくレイトンは言葉を絞り出した。
「君のやり方は間違っていたと思うよ。こんなことをしても、何にもならないじゃないか……」
デスコールは何も言わなかった。
しばらく経ってから、レイトンは再び語りかける。
諭すように、宥めるように。
それでも駄目なら、殴ってでも止めようと覚悟を決めて。
しかし、デスコールの反応は全く予想外のものだった。
彼は、レイトンの身体を抱きしめてきたのだ。
驚いて身を強張らせるレイトンの耳に、低い笑い声が届く。
「クッ……フハハッ!!」
「デ、デスコール?」
戸惑うレイトンを尻目に、デスコールはひとしきり笑うと満足げな声を上げた。
「そうだな、確かに間違いだ」
デスコールは言いながら、レイトンの首筋に手を這わせる。冷たい感触に肌が粟立った。
そのまま顔を寄せられ、首元にチクリとした痛みを感じる。何をされたのか理解できずにいるレイトンに向かって、デスコールは囁きかけた。
それは甘い毒のように脳髄に染み渡る声音だった。
デスコールは言う。
私の目的は達成される。
そのためにお前が必要だったんだ。
お前という存在そのものが、私の計画に必要なファクターなのだ。
お前さえいれば、それでいい。
他のことはどうだって構わない。
お前が生きている限り、私は目的を果たすことが出来る。
ずっとこの時を待っていた。
さあ、一緒に行こうか──エルシャール・レイトン? そう言ってデスコールは笑った。