名前「何? 学校で和名が必要だと?」
「鯉登ニシパにつけてほしい」
鯉登の手配で学校に行けるようになったエノノカはそう願い出た。
「…わかった」
しばらく考えた末、口を開いた。
「桃-モモ-はどうだ?」
「モモ? 肉の部位?」
「違う。お前はコケモモの食べ過ぎからついた名前だろ?」
「うん」
「食べ過ぎてもそう簡単に戻さない美味しい果物、桃と言うものがある。
桃は大変縁起のよい果実だ。
科目は違うがモモつながりで良いと思ったのだが、安直すぎたか?」
まだ大した知識がない少女には科目だの安直だの解らず首を傾げた。
「本音をいうと私とお前の間だけの知ってる名前にしたいくらい気に入っているのだがな」
「モモ…とても響きが良いと思う!
鯉登ニシパがつけてくれたから嬉しい!」
エノノカは鯉登に抱きついた。
「おおっ! そうか! 気に入ったか。
だがしょせん和名だ。エノノカ(フレップ)も私は美味いと思ってるからそれはそれで大事にすべきだ」
鯉登は彼女の小さな丸い頭をなでながら言う。
「……私、美味しい?」
「フレップというべきだったか。ワイン美味かったぞ」
「なんだ、そういう意味ね」
「???」
自分のことを言ってもらえていると思ったが飲み物方とわかり少しさみしく思う少女。
「鯉登中尉殿、そろそろお時間ですよ」
外から月島が次の予定をドア越しに伝える。
それを聞くと鯉登は少女を抱きしめる腕に少し力を込めた。
「懐かしいな。樺太でいつもお前に抱きついていた頃が…」
「お互い、湯たんぽだったからね」
「子供というのは体温が高いから気持ち良いものだな」
「大きくなったら冷たくなるの?」
「お前の気持ちが変わらない限り、冷たくなんてならない。俺が何度でも温めてやる」
「???」
「名残惜しいが時間だ。明後日からの学校、頑張るんだぞ」
「はーい! ありがとう鯉登ニシパっ!」
鯉登はいつでも来いと良い手を振り見送る。
「月島ニシパもありがとね!」
戸をあけて待機している月島にも声を掛ける。
「しっかり勉強するんだぞ、桃」
「うん!」
二人に笑顔を向けてエノノカは出ていった。
「月島ぁ! 俺より先に名前で呼ぶなっ!」
「減るもんじゃないのですから良いじゃないですか。ほら早く支度してください」
うぐぐと悔しそうに鯉登は唇を噛み締めて上着を羽織った。