こひつじ吸い目を疑った。
ほとんど寝ずにとある異端を審問した帰り道。草臥れた体を引きずって宿に戻ろうと、聖堂騎士の詰所前を通りすがったときのこと。
そこに居たのはふわふわもこもこの着ぐるみに身を包んだ"子羊くん"。それは確かにこの世に存在しているようだ。
なぜなら、もうこの腕の中にふわふわとした手触りはあるのだから……
◇◇◇
「……あの、テメノスさん」
「すぅ~……」
「テメノスさん……?」
「ふぅ~……」
「テメノス・ミストラル異端審問官殿」
「……なんですか」
何度目かの呼び掛けにようやく応えたその人、テメノス・ミストラルは双眸の下に濃いくまをこさえて人の胸毛を吸っている。
いや、人聞きが悪い。今この羊を模倣した姿である理由は催事であり、新人騎士は例年この姿で行うのが通過儀礼となっていた。断じて自らの意思ではない事をここに主張したい。
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