モモバサロウ1「どんぶらこ」
あるところに、おじいさんとおばあさんが暮らしておりました。
おじいさんの名前はマックス、おばあさんの名前はミリア。
二人は仲良く喧嘩しながら暮らしておりました。
ある日、おじいさんは山に芝刈りに、おばあさんは川にバルキリーを洗いに行きました。
おばあさんがバルキリーを洗い始めてしばらくすると、川上からどんぶらこどんぶらこと真っ赤な桃が流れてきました。
緩やかな流れに乗り川岸に近付いてきた桃は、おばあさんが拾い上げるより先にぴょんとはね。炎のような光を放ちパカリと勝手に割れると、驚くおばあさんを尻目に、中にいた青年が現れました。
重ねて驚くおばあさんには目もくれず、真っ赤なバルキリーに乗り込むと、歌いながら空へと飛び立ったのでした。
彼の名前はまだありませんが、旅ははじまったばかりです。
2「隣の山の旅立ち」
バルキリーが飛び立った一方。
「まぁこんなものかな?」
おじいさんとおばあさんが暮らす山の隣の山で、犬のミレーヌが旅立ちの準備をしておりました。
犬のミレーヌの相棒のグババはそれを見守り、満足そうに「キィ」と鳴きました。
荷物は然程多くありません。
真っ赤なスポーツカーに、大好きなベースを乗せて、身の回りの一通りのものを乗せて、移住の準備に余念がないような有り様です。
「準備は万端が良いってお姉ちゃんたちも言ってたしね」
重そうなエンジン音を聞きながら
「キィ…」
相棒のグババが少しだけ困ったように鳴いてます。
「ちょっと多かったかしら…」
「キィ」
「そう思う?」
んんー。困ったように声を上げていると、赤いバルキリーから青年が降りてきました。
「何だそりゃ、移住でもするのかよ?」
「違うわよ! ちょっと旅に…」
赤いバルキリーに見覚えがあるような気もしますが、そこは一旦棚置いて犬のミレーヌは目の前の青年を見上げました。
「何よ…」
赤いスポーツカーの助手席に丁寧に乗せられたベースケースを一瞥し、彼の瞳が頭一つより下にある少女の顔を、またその肩に乗る小さな生き物の姿を見下ろしました。
「お前ベーシストか?」
「そうだけど…」
伸ばした手でグババを撫でると、
「そうか」
大変満足そうに笑い、置いていく荷物の山からケースに入っていないギターを持ち上げました。
「これ、借りてくぞ」
「え?」
言うが早いか彼はまた赤いバルキリーに乗り込むと、返答も待たずに飛び立ちました。
見送るミレーヌの怒りの声も届きません。
「ちょっと! 名前くらい教えなさいよ!」
赤いバルキリーはくるりと回転し、太陽の輝く方へとバルキリーの鼻先を向けたのでした。
彼に名前はまだありませんが、彼の旅はまだまだ続きます。
歌う声は軽やかに青い空に響きました。