紗痲話はほぼ毎日というほど耳にしていて、沢山の男達を裏切ってきた女なのだそうだ。
そんなひとの看守につくだなんて正直、乗り気にはならなかった。
そう思い、再び「Clay Pool」と書かれたカードを胸から垂れ下げる。
「おい、出ろ。今日からコイツがお前の看守だ。Clay Pool、舐められるなよ」
「えっ、それは、はい。もちろん」
Kalmia。彼女の名前はそう言った。
囚人だとはまるで思えなかった。横目で僕を見るそのひとに見惚れたのは事実である。
ファム・ファタール。彼女は僕にとってのそれだった。
「大変だねえ。Clay Pool。あの女の看守だなんて」
「……うん、まぁ。けど思ったよりも、怖く、なかった」
「ハァ?何それ。ビビってたのね、アンタ」
「まぁClay Poolはビビりだしドジだしなぁ」
「ビビリじゃない、ドジじゃない。失礼なこと言うなぁ」
Tate Brown、Mayra White、Aaron Schirmerがそれぞれに好き勝手なことを言うから、参ってしまう。
しかしながら、彼らに言ったことは別に、嘘でもなんでもない。怖くはない、ただ。
ただ、感じる。遊ばれている。
「はい。じゃあここに食事は置いておきますから。食べておいて下さいね。残さないように」
「……あなたが食べさせては、くれないの?」
「………っふぁっ はァ!?何を、」
「前の看守はそうしてくれた」
「なっ………ウソ、」
「…………嘘だと思う?」
クス。嘲笑われたような気がする。
「ねえ、足が痛い。少し休ませて」
「はあ?ちょ、駄目ですよ。これから仕事をしてもらうんですから。それに僕にも僕の仕事があって―――――――、」
「……じゃあ二人でサボる。膝枕、」
「え、ちょっとぉ」
僕の膝にあのひとが凭れ掛かる。あ、柔……じゃなくて、起きてってば!!
「ねぇ、私のこと好きなの?」
「…………っあ?」
「避けてる?悲しい、」
「アンタほんとなに言って……、ってちょ! 仕事、してください!!」
「……否定しないんだ。………可愛いね」
「ぜんっぜん好きじゃありません!!!」
「じゃあもっと側に来てよ。御利口さんなの?」
「ちょ、もうあの、ほんと揶揄わないでくださ、」
「なにそれ。素?………誑しだね」
「〜〜〜っ ど、っちが!!」
ハッ、とした。咄嗟に彼女の顔を見るとやはり、嘲笑っている。
「愛って、表面上のものなのかも」
「それを受け入れられないのね。上っ面な愛を、そうだろうと、愛と呼べないと言うのなら、」
「きみは愚かだね」
そう、常に言われている気がする。でも、
「……話したいこともない」
ってあなたが言うから。そこで僕は、自分の心を護身しているだけなのだと、気付いてしまった。
気付きたくない、自分に。
話したいこともない、っていうあのひとの言葉が、話したいこともなくはない、という意味だったのか、話したいことが特にないという意味なのかは、僕も気付けはしなかった。
ファンデーションなど、していないこの頬が、まるで玻璃のように火照っているのを自覚する。
あなたの前に立つ僕は、舌を曝け出して媚びる、まるで―――――――
犬。
邪な心。
それからも、僕のそんな意思は見透かされたかのようにスルーを続けられる。
この情事の牢屋の鎖は、もう解けた。僕は自覚してしまったので言い逃れも出来ない。
「ハイ、身体検査しますよ。ナイフを持ち込んでいる女囚人が発見されたのでね」
もう、こうして触ることにも下心を覚えてしまう。でももう、否定は出来ない。最早しなくてもよい。それくらい、規則的な理性よりも愛が軍配を上げたのだ。
もうだから、僕は手なんか出さない。決して出したりしないと誓う。
そう、この愛の未来のために、ただ今は。
君を手に入れる近道なのだ。だからここから先には、進んではいけない。
「馬鹿」
「へ?ん、ぅっ」
口は柔らかく、解けるように甘かった。恋い焦がれたキスだ、と直ぐに思った。
「………離さないで、ください」
僕がそう言うと、少し目を見開いてあなたは僕を見据えた。
そしてクスリと、咲う。
「………離したいワケが、ないでしょ」って。
でも僕は知っているから。この言葉も、甘いだけのキスも。
全ては幽閉された自分の脱獄のために、僕のこの想いは、利用されるだけの用途だということ。
お誂え向きな隘路を述べといて、僕を贄にするつもりだ。けどそんなことはわかっている。
ただ、それでも―――――――。
「く〜……。んんっ…」
「スー………」
「ふアァ………」
酒というのは、嫌いだ。何も美味しくはないし、飲みたいとは思わない。
でも、彼女はワインが好きだったっけ。
ワインなら、ちょっと好きだ。
そう思いながら、酒に酔い溺れ寝ている彼らを後にして、僕は部屋を出た。
お別れだ。
「Kalmiaさん、カードキーはこれです。これで全部の扉、開きます」
「ありがとう。他の看守は?」
「お酒を使い、眠らせました。しばらく起きてこないと思います、」
「了解。服を交換しましょう。髪はもうくくった」
「えっ………、ここ、でですか!?でもっ、僕外で着替えま……っ、」
ぐ、と手首を引かれて振り返る。眼前にはあの真っ赤な瞳があった。
「時間がない。女同士でしょう、急いで」
「は、い………」
有無を、言わせなかった。
本当に、逃げることしか考えていないんだな、と思った。僕の想いをあれだけ弄んだ癖に、いざとなれば見ない振りをする。
でも、このひとはそんなもんだよな、とも思った。
「……着替え、ました」
「うん、ありがとう。じゃあ。行くね」
「はい、………お元気で」
「うん。……君も」
最低。
Clay kissed me That's disgustung
あの日を、思い出す。
スカートをはいて、髪の長い私。教祖などいらない私。
私は規律的に、法を犯す。
あぁ、そんな顔をしないで欲しい。僕はそこまで役立たずではないから、
騒ぎを起こすくらい、僕だってうまく出来ますよ。
だから今更、そんな顔をしないで、何もかも、
「遅すぎたんだよ………ッ、」
Jailbreak Kalmia tried to escape from prison
そんな声と、眩しいライトが僕を照らして、痛い。
足も痛い。慣れないヒールで走るのはひどく難しかった。
そうか、今更気付いた、あれは―――――――、
話したいことすら見当たらないという、意味だったのだ。
僕は最低な誤審をしてしまった。
やっぱり、表面的な愛を愛と認めるべきではなかった、それでも、
如何せん僕がヒールみたい。
それでも、彼女のキスを期待せずにはいられなかった。
あの最後のお別れのキスは、あのひとにとっては何杯目かも分からなかったのに。
Brownたち3人が驚いて、僕を見つめているのが視界に入る。と、それにつられて、看守にヒールを銃で撃たれて折られてしまった。
弾みで転んで、顔を強く打つ。鼻からは血が滴っているのがわかって、ただ痛かった。
あぁ、その隙に追いつかれてしまったみたいで、約2名ほどの看守が「Damn...why did you do such a stupid thing.」と呟きながら僕の腕を上げて、手錠を掛ける。
ここまでだった。僕は、フッと嘲笑った。
僕はパブロフの犬。
Clay Poolの最後は、結局、檻に入れられ繋がれた犬だ。
はぁ。
IMAGESONGS 煮ル果実「紗痲」