We couldn't take everything. 半ヤードほどの穴を掘り、燃えやすそうなものから放り込む。擦り切れた毛布を焚き付けするように、マッチをそっとその上に置いた。あっという間に火が回り、抱いたものを炭と灰に変えていく。
ゴミを抱えてきたオミニスと転入生が、羊皮紙や革の焼ける匂いに顔を顰めた。
「燃やしてるのか?」
「納屋は村のものなんだ。空にしなきゃいけないから中身は処分してく」
「家に置けばいいのに」
「いいんだ」
二人に言葉を続けさせないために言い切って、傍らに積んでおいた本を三冊まとめて炎の中に放り込んだ。
「防衛術の理論」
転入生が重なった一番上の本のタイトルを読み上げる。彼の顔は何を考えているようでもなかった。きっと何気なくそうしただけだろう。
「呪われた人のための呪い」
オミニスの抱えたゴミを放り込んで、本も一冊放り込む。また転入生が読み上げる。
「イギリスとアイルランドの竜の種類」
次の一冊。少し急いで転入生の抱えていた布を放り込んだが間に合わなかった。転入生が読み上げたタイトルに、オミニスの眉が跳ねる。
「待て、それはアンが贈った本じゃないか?」
「そうだよ」
頷きながらまた一冊放り込む。これもアンがくれた本だ。
鮮やかな魔法動物の描かれた表紙を気に入ってしまって、彼女のほうがしばらく首ったけで読んでいた。自分の手元に戻ってきたのは誕生日の一週間も後だった。
「セバスチャン、止せ」
「いいんだ。全部は持って行けない」
腕を掴んで静止しようとするオミニスを軽く振り払って、また一冊。これもアンがくれた本。あいつには悪いけど、これは面白くはなかったな。
「駄目だ。燃やすな」
「オミニス。物は物だ。燃やしたって思い出が消えるわけじゃない」
それに。
「アンの命を諦めるのに、アンのくれた本を諦められないなんて変だろ」
気色ばんでいたオミニスの顔から一瞬で血の気が引く。炎の熱気のせいで、真っ白な額に汗が浮かんでいた。
「昔も同じことをしたことしたんだ。アンも一緒に。だからあいつも分かってくれる」
何かを諦めるのにはいつも手順が必要で、だからこれも必要なことだ。
あのとき自分は何を捨てたっけ。写真。メダル。初めて買って貰った本。あとは?
ちゃんと思い出そうとしても、どこかぼんやりとしている。
思い出は消えないなんて嘘だ。消すために捨てる。見るたび思い出すたびに胸が傷んで立ち止まってしまわないように。
最後の一冊を放り込む。これで全部おしまいだ。
「本当にいいの?」
転入生が聞いてきた。
「うん」
もう火から取り出すことなんて出来ないだろと笑って頷いて、目の前の炎に息を吹きかける。
煽られた炎が本の表紙を撫でて、あっという間に最後の一冊のタイトルも読めなくなった。