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    前にさらっと書いていた学パロ楽ヤマ
    紙パックの紅茶飲んでるといいですね。

    ##楽ヤマ

    ①グッドフィーリング

     テスト中は帰りが早いせいで帰りの電車は座る事が出来る。座るべき人が来たらもちろん譲るつもりではいるが車内はまだ多少の余裕があるのでとりあえずドア横の席に座る。今日はイヤホンを忘れて来てしまって、いつものようにスマホで音楽を聞く事は出来なかった。だからといって明日の教科の予習をする気にも、スマホを見る気にもなれずぼんやりと車窓を眺めるだけになった。
     静かな車内に響く走行音はテスト勉強で寝るのが遅かった楽を眠りの淵へと誘う。ほんの数分、眠りかけたところで次の駅に到着するアナウンスが流れて、意識を覚醒させられた。降りる駅まではまだある。駅に着いてドアが開くと一番最初に乗り込んで来た学生に目が行った。
    『あ、あれ…』
    目を引くその制服に先日友人達と遭遇した事を思い出した。

    **
    「あの、白い制服かわいいな」
     楽が友人の天と龍之介と学校帰りのファストフード店でテスト勉強をしていた時に、外を通った特徴的な制服のグループがいて思わず呟いた。ボタンのない白い詰襟の制服。なんとも浮世離れした様子は真っ黒な詰襟の学生服を着る自分たちと対照的で気になった。
    「あれ、愛七学園でしょ…?僕の弟が通ってるけどあそこ男子校だよ…?」
    「楽、男子であれだけかわいいから女子に期待した?」
    「そんなんじゃねぇよ!」
    「そう言えばこの前振られた女学院の子の制服もあんな風に白かったよね」
     龍之介が悪気は無いとはわかっていても抉る言葉を続けた。
    「よりにもよってシスターを目指すような子にアタックしてどうすんの」
    「くっそ…」
     もう何を言っても揶揄われるだけだと思い、窓の外を見る。楽しげに歩くその白い制服のグループの中で一人一番後ろを歩く生徒に目を奪われた。穢れを知らないような色の制服の集団で落ち着いた雰囲気で涼やかな目元がなんだか凄くアンバランスに見えた。ざわざわする胸のうちを隠すように目を教科書と参考書に向けた。
    「あれ?天にぃ?!」
     明るく誰もが気にとめてしまうような声が自分たちに向かって降り注ぐ。その声の主は天の名前を呼んでいる。
    「陸?」
    「やっぱりーー!なんか黒い制服見えたから!」
    「元気そうだね」
    「うん!」
     顔を上げると、天に似ているが天に無邪気さを加えたような赤い髪の青年がトレーを持って立っていた。さっきガラス越しに見た白い制服を纏って。
    「えー陸、誰だー?!」
    「オー!リク!この方が例の?!」
     陸と呼ばれている彼に続いて同じ制服の仲間たちが自分たちの周りに集まってくる。ちょっと騒がしいな…という状況になりかけた時に、また、耳に残るようなあまやかな声が聞こえてきた。
    「おいおい、うるさいぞーー早く食べて帰って勉強すんだろー?」
     グループの中のリーダー的存在なのか、彼が一言声をかけるとみんな大人しくはーい、と言って座り始めた。
     その彼は、やはりさっきガラス越しに見て目を奪われた彼だった。その彼が「うるさくしてすみません」と自分たちに声をかけると天が「陸が迷惑かけてない?」と聞いている。「ぜんぜん、楽しくやってるよ」と優しい声で答えて和気藹々としているテーブルに戻って行った。
     見て見ると、さっきよりは大人しく、それでも楽しげに沢山のバーガーやポテトを瞬く間に食べて直ぐに店を出て行った。
    「弟くん、元気で楽しそうにやってるね」
    「そうだね」
     天と龍之介が話しているのをよそに、楽は氷だらけになったジンジャーエールを吸いながら窓の外を見続けた。

    **

    『あいつだ』
     あの時見て何故か目が離せなかった彼だ。
     乗り込んで来くる白い制服は、車内を見渡すと自分に気付いて軽く頭を下げるとちょうど空いた隣に座った。
    「この前はうるさくしてすみませんでした」
     あの日から時々思い出していた声が今自分にだけ向けられている。
    「いや、別に大丈夫だぜ」
    「リク、兄ちゃん大好きだから」
     リクというのは天の弟の事だと思い出す。事情があって一緒にいないし愛七学園は寮があるから寮にいると言っていた。
    「あんたも寮にいるのか?」
    「おお、ウチの学校の事知ってんの」
    「天から聞いてる」
    「あ、そっか。うん俺も寮生」
     今のところ、共通の話題と言えば彼らの事しかない。もう少し話をしていたいと思うけど、何から話せばいいのだろうか。その時、彼の手にしている書店の袋が目に入った。さっき彼が乗り込んで来た駅にある大型の書店だ。最近書店が少なくて行くとなるとそこが多い。
    「そこの本屋、品揃えいいよな。俺も行く」
    「この路線だとここくらいしかマトモな本屋ないもんなぁ。参考書は見て買いたいよな」
    「そうそう、なんかそん時のフィーリングで選びたい時あるからな」
    「なぁ、引金の生徒会長八乙女さんどこの参考書使ってる?これどう?」
     そう言いながら彼は書店の袋から参考書を出す。その前に名前を呼ばれた事に驚いていると表情を見て察したのか、彼は少し笑っていた。
    「この路線であんたの事知らない奴いないって」
     ちょっと楽しげな声はまた、あまやかに響いてきた。
    「俺の事ばっかり知られてんの癪だから、あんたの…」
     名前を教えてくれるか、と言いかけたところでスマホが震えているメールなのはわかるから無視してもいいのに、彼は楽が気兼ねなくスマホを触れるようにと気を使ったのか同じように自分のスマホを見て何か操作していた。
     メールの相手は母親で、何度かやり取りをしなくてはならなかった。せっかく話をしようと思ったのに。その時、ふっと花のような香りと共に肩に重みがかかる。
     目を向ければ、いつの間にか彼が楽の肩に寄りかかって眠っていた。
     花のような香りは洗剤なのか、フレグランスなのか。とても彼にあっていると思うと同時に、胸の鼓動が早くなるのがわかった。

     もう少しこの時間が続けばいいのに、と思っていたらいつの間にか自分も眠っていた。

    ***

    「やっべ!終点じゃん!!」
    「え?!!」
     電車のアナウンスは終点を告げている。つい寝込んでしまい、終点まで来てしまった。
    慌てて電車を降りるが、今日はテスト中で早い帰りだったから外はまだ明るい。
     終点と言っても大きな駅だし、直ぐに反対方向への電車は来る。だけど、まだ、直ぐ帰る気になれなくて。何と言えばいいのかと思っていたら先に彼が口を開いた。
    「なぁ、腹減ってない?テスト終わりで昼メシ食べてねーの」
    「ああ、そうだな」
    「よし、決まり。何にする?」
    「なぁ、その前に名前」
    教えてくれ。

    「あ、そっか。おれは二階堂大和」
    「にかいどう、やまと、な」
    「うん」

     やはりその声はあまやかに響いてきて。
    そして、もしかしたら、二階堂も同じように自分の声が響いているんじゃないかという予感がする。
     それは自惚れじゃなくて、確信めいたもの。

    **********
    ②御冗談もほどほどに

    「天、楽に春が来たみたい」
    「何言ってんの…龍…もう夏になるよ…?」
     開け放した窓から初夏の風が生徒会室に吹き込む。
     重い詰襟を脱いで開襟シャツの襟が風で揺れる。
     窓から見える木々の緑と天の髪色が合わさって美しい絵画のようだが、言葉はいつもの様に辛辣だ。
    「言いたいことわかるだろ」
    「まぁわかるけど…ウキウキしてるもんね。いい子だといいんだけど」
     真っ直ぐな上に超絶美形な彼は時々とんでもない事に巻き込まれる。あの気質で親切にすれば、好きになられてしまう。その気がなくてもそれが同時多発で起きて目の前で何人もの女の子が言い争いをする、なんてよくある事だ。
    「いい子みたいだよ。大和くん」
     龍之介が出したその名前に天が大きな目を更に大きくする。
    「冗談…」
    「冗談じゃないんだなぁ、これが」

    **
     予備校の模試を受けに来た時、突然肩を叩かれた。こんな所で自分に触れてくる人はいないと油断していた。振り向くとそこには最近仲良くなった…と言っていいのか悩む男がいた。
    「よ、二階堂」
    「八乙女…も、模試受けんの?」
    「おう。一緒に行こうぜ」
     いつもの目立つ制服と違って今日は私服だ。これと言って華やかな所などどこにもないオックスフォードのシャツとデニムだ。最も八乙女みたいな見た目ならどんな服も目立つだろう。初めて見る私服はイメージ通りというか。長い手足を惜しげもく見せるTシャツとスキニーパンツだった。
    「八乙女、よく俺だってわかったな」
    「なんで?そりゃ友達見逃すわけねぇだろ」
     二階堂は思わず目を見張る。
     これか。こう言うところか。数々の女生徒を勘違いさせてきたこの振る舞い。他校で最近知り合ったばかりの自分に面白い距離感で近づいてくる。こちらは一方的に知ってはいたけれど、知り合ったからと言って友達になるとは思ってもいなかった。
     毎年有名大学に何人も送り込む由緒ある進学校と、新設のあまり実績のない自分たちの学校。名前を覚えてもらう事が奇跡のようだが、こうして話すようになるとちょっと子供っぽいところもある普通の高校生だ。
     模試を受ける教室は違うため階段を登った所で別れるのに手を上げた瞬間その手を掴まれた。
    「二階堂」
    「お…、なに…?」
    「この後空いてるか?」
    「あ、うん、大丈夫だけど」
     答えているのになかなか手を離してくれない。何処にも行かないのに。何だか恥ずかしくなってきて少し俯いていると覗き込んできた。綺麗で強い目が見えてきて鼓動が跳ね上がる。
    「じゃ終わったら玄関で、な?」
    「わ、わかった」
     約束を交わして、もう一度手を強く握られて、離れる。年相応の笑顔見せると跳ねるように上の教室の階段を上がって行った。

     その日の模試は何を解いたのか記憶が曖昧だったけれど、成績は予想外に良かった。

    **********

    ③ただの友達(、それは、本当に?)

     夏期講習の後で二階堂を「蕎麦食いに行こうぜ」と言って祖父の家に連れて来た。茹だる様な暑さの中着いた店は適度にエアコンが効いていて気持ち良い。
    「蕎麦屋…?!イメージ…に、ない…?いや、あるか…?」
     一通り祖父母の洗礼を受けて目の前に置かれた天ざる蕎麦に目を白黒させている。
     「楽が天ちゃんと龍ちゃん以外連れて来るの珍しいねぇ」と祖母は笑顔で寄って来る。たしかにそうなのだ。あの二人は連れて来ているけど、学校でそれなりに仲良くしているだけの連中は連れて来た事はない。
     二階堂は連れて来たいと直ぐに思ったけど、なかなか機会がなかった。夏期講習の話が出た時に連れて行くならこの時しかないと決めていた。
     二階堂は「うわ、美味い。久しぶりに美味い蕎麦食べた」とご機嫌だ。箸の使い方が綺麗で思わず見惚れてしまう。視線に気付いた二階堂が視線だけで「何?」と問うてきたので慌てて話始めた。
    「寮って食事出るんだろ?」
    「まぁ、一応出るけど。足りない分は自分達で材料買ってきて作ってる」
    「へーー楽しそうだな」
    「ミツがね、上手いから。調理師の専門学校行くって決めた位だし」
     最近は寮にいる子たちの話も出るようになって段々どんな関係かわかってきている。
    「二階堂弁当作るって聞いたんだけど」
    「何処ルートよそれ」
     ざくっ、と海老天をを噛む唇に油がついて艶が乗る。それにどきりとしたのを隠すように話を続ける。
    「俺の独自ルートだよ」
    「どう考えてもうちのリクからお宅の九条くんでしょーが」
    「…わかってんじゃん」
    「それ以外浮かばねーよ」
     軽口を叩きながら好きな物を食べていると、本当に長い事ずっといたみたいな感覚になっていった。

    「おじゃましまーす。おお、和室!畳!久しぶりだな〜」
    「適当に座ってくれ。あ、座布団…」
    「無くていいーよ、畳だし」
     部屋上がってちょっと休んでいけば?と祖母に勧められて楽が使っていた部屋へと行く事にした。エアコンは無いが窓を開けてくれていたので籠ったような暑さは想像より感じないが、置いてあった扇風機のスイッチを入れた。外からの風と合わさって心地良い。台所から持ってきた麦茶をグラスに注いで既に座って畳を触っている二階堂に渡した。
    「あんがと」
     楽も自分のグラスに注いで座る。学習机の上に置いた麦茶ポットはもう水滴をびっしりとつけていた。
     夏の夕方間近のほんの気だるい一時にゆったりとした沈黙が流れるがそれは気が焦るようなものはついてこなかった。そんな中二階堂はぐるりと部屋を見渡す。
    「畳の部屋に学習机って八乙女のイメージになかったかも」
     畳、襖、小さな箪笥、色褪せたスポーツ選手のポスター。少し時が止まったような部屋。
    「さっきからそればっかりだな、俺のイメージなんなんだよ」
     もう天や龍之介から出て来る事のない感想に笑いながら咎めるような口調で言ってみる。
    「いや、だってさぁ…あ、ちょっと見て欲しい参考書あんだけど」
    「なんだ?」
     そう言って二階堂はリュックから書店の袋を取り出した。がさがさと音を立てて中に入っていた本が落ちる。
     言った通りの参考書と、水着の女の子が表紙になっている漫画雑誌。
    「こういうの読むんだ」
     楽は参考書ではなく雑誌の方に手を伸ばす。大きな胸で小さな水着でにこやかに笑う彼女は大層魅力的だ。
    「そりゃ…息抜きもいるでしょ。ま、これはみんなで読むんだけど。あ、連載マンガ目当てだぞ」
    「何言い訳してんだよ」
    「いや、なんか、怒ってるっぽいし…弱小校が勉強もしないで何してんだって感じ…?」
    そんなつもりはなかったのに、無意識に奥底の感情が声に乗っていた。
    「…いや、…」
     否定をしようにも次の言葉が出てこない。
    「八乙女は…こういうの見ない…のか…?」
     まだ罰が悪そうな二階堂の声が耳を通り抜けていうく。薄らと汗の浮いた首元に目が行く。
     そこに手を伸ばしたらどんな気分なのだろうか。
    「みない…」
    「そう…」
     今流れている沈黙はお互いなんとかしなくては、という空気が満ちてくる。喉がカラカラになっていく。急激に部屋の温度が上がってきているような気がする。この熱をどうにかしたい。
    「俺は…」
    「…え?」
    「……………二階堂…が、いい」
     曖昧になる思考力、曖昧になる境界線、触れる唇。
     熱を持つ身体。
     目に入るお互いの昂り。

    「……っつ、二階堂…」
    「あ……、やおとめ…」

     濡れる手。

     ただの友達は、こんな、こと、しない。

    **********

    ④きみかわいいね

     大和は厨房で悩んでいた。空調が殆ど効かないその場所は外の気温に比例してどんどん暑くなっていくが、まだなんとか耐えられる時間帯だ。真夏の朝は暑い。
     寮夫の万理も早起きで朝ご飯の支度を手伝う三月もまだ起きてこない。もう少しで起きて来るまでに決断しなければ。

     先週、八乙女の実家に行ってとんでもない事になった。翌日から夏期講習が短い休みに入った上に気まずくて、怖くて、ラビチャもする事が出来ないでいた。
     最初に動いたのは八乙女の方だし、本来なら自分が怒っても良いのだが怒るどころか良かったというのはおかしいんじゃないのかと頭を抱えた。
     あのどの、どの角度から見ても整った顔が外気の暑さだけでない熱で紅潮して、びっくりするくらいガチガチになったアレを二人分包む指とか、吐き出したものとか思い出して反応しそうになる。
     大和は一度頭を振ると作業に取り掛かった。

    **
    「朝ご飯、遅くなっちゃうけどいい…?」
    「大丈夫です!みんな夏休みで起きるの遅いんで!なんなら俺全部やりますよ!バンさん他に用事あるなら出かけてください!」
    「そう…?大丈夫?」
     厨房の外でそっと中を伺う寮夫の万理と三月は大和の作業が終わるのを見守っていた。寮夫と言っても他にも学園の事務仕事もあるので彼は結構多忙なのであまり余計な時間を持って貰えない。しかしこの所の大和の様子からしたら今の行動は止めたくないし、みんなで食べるご飯のための大量の米を研ぐ所からやるのだってしんどく無い。
    「それじゃ任せるね、三月くん」
    「はい!いってらっしゃい!」
     万理を見送るのに少し厨房を離れて戻るともう既に大和の姿はなかった。
     この所なんだか心此処にあらずという雰囲気で、勉強に行き詰まってるのかと思えばそうでもないようだ(模試の結果も良かったのを見せて貰った)突っ込んで聞いても話したがらないので機嫌を悪くするギリギリ手間でやめておいていた。まぁ、なんとく予想はついてはいるが。
     なんというか、最近、可愛らしくなっている。
     そう思ったのは自分だけかと思ったら、陸や環も言っていて間違いではなさそうだ。
    「成績の落ちない恋愛問題とかあるんだなぁ。頭いい奴らはわかんね〜な〜」
     三月は手を洗うと大量の米を研ぎ始めた。

    **

     一度部屋に戻って支度すして出掛けるため食堂へ行き、万理に朝ご飯はいらない旨を伝えようとすると厨房には万理の姿は無く、三月が大量の卵焼きを作っていた。
    「おはよ、あれーミツだけ?」
    「おはよ。うん、バンさん今日は忙しいみたいだからさー」
    「そっか、あ、俺もう行くな」
    「飯いいの?」
    「あーいい、その代わり冷凍庫の米貰ったー予備校で食べるわ」
    「はいよーいってらっしゃい〜〜」
     テキストの詰まった重いリュックに手には保冷バッグ。荷物も気持ちも重いけどそのままではいられないので気合を入れて行く。

     予備校の近くには公園があって朝から照り付ける強い日差しを避けてくれる大きな木々も植っている。
     大和は木の下にあるベンチに腰掛けて、八乙女を待った。昨日授業の前に会おうと約束を取り付けた。
     今日も暑くなりそうな太陽が出ている。
     ざりざりと土の上を歩く音が聞こえてきて視界に見慣れたスニーカーが入ってくる。顔を上げると八乙女が来た。顔は少し緊張しているようだ。
    「おはよ」
    「お…はよ…」
     何時もなら元気に返事をして来る声が少し堅い。
    「立ってないで、すわ…」
    「…!ごめん!!!」
     座ってくれ、いい終わらないうちに八乙女が頭を下げてきた。
    「…なに、謝ってんの?!?!」
    「この前、あんな事して」
    「…………八乙女は、謝るような事だと思ってんだ」
     大和の声も釣られるように硬くなる。そうじゃない、こんな空気にする為に顔を合わせてるわけじゃない。
    「…だって、」
    「座れ」
    「いいからココに座れ」
     八乙女に隣に座るように強く言うと、大人しく隣に座った。自分とお同じように沢山のテキストを詰め込んだリュックを抱きしめている。緊張しているのだろうか。
    「…あの日、びっくりしたけど」
    「……悪い…」
    「最後まで聞けって、俺は…」
     (嫌じゃなかった)そう言った時一瞬、強い風が吹いて木々が強く揺れた。たっぷりとついた瑞々しい緑色の葉たちは大和の声をかき消したよううだった。
    「……マジ…かよ…」
     それでも八乙女には届いたようで、理解したとばかりに顔を赤くしている。
    「嫌ならとっくに殴ってんよ」
    「…そっか…そうだよな…」
     八乙女が抱き抱えていたリュックを隣に置くと、大和との間を詰める。向かい合って、少し顔を寄せる。もっと側に寄りたい、寄って欲しい気持ちを抑える。
    「……二階堂、好きだ」
    「…うん、俺も、好き」
     それまで聞こえていた音が全部聞こえなくなって、自分たちの声しか聞こえなくなったような気がした。

     自分たちの言った事に暫く動けなくなっていたが、突然「ぐううううううう」とお互いの腹から盛大な音が鳴り出した。安心したら一気に体が空腹を訴えてきた。
    「やっべ…だせぇな…」
    「まぁお互い様ということで…」
    「授業の前にコンビニでなんか買ってこないと…朝何も食えてなくて」
    「なんだよそれ」
    「緊張してたんだよ。二度と口きかねーとか言われたらどうしようとかさ…」
     絵に描いたように項垂れた様子を見せる八乙女に大和はくすりと笑う。
     大和は保冷バッグを開けてその中の物を八乙女の目に入るように差し出した。
    「…⁉︎」
    「朝飯食おうぜ。本当は昼のつもりだったけど俺も朝飯食ってないから」
     アルミホイルに包まれた三角形のおにぎりを八乙女に渡して自分もホイルを剥き始める。おにぎりを咥えたまま保冷バッグからさらに弁当箱を取り出して二人の間に置く。卵焼き、赤いウインナーはタコとカニの形になっている。
    「寮の冷蔵庫にあったもんだけだからこれしかないけど。ご飯も冷やご飯だしな」
    「うめぇ。こんな美味いおにぎり初めて食べた」
     綺麗な顔なのに、おにぎりを頬張る一口が大きい。行儀よく噛んで、嬉しそうに言うのに大和は擽ったい気持ちになった。
    「なぁ、二階堂」
    「なに?」
    「ありがとうな、んで、次はキャラ弁頼む!下の奴らに作ってんだろ?」
    「えーーお前さんに似合うキャラ弁なんてしらねぇよ」

    おわり
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