後輩は可愛い【後輩は可愛い】
「セノ〜褒めてくれ」
「…………は」
ポカンとしたセノは組んでいたデッキの一部であるカードをテーブルに落とした。
目の前にティナリも驚きながらその言葉を発した張本人、カーヴェを見上げた。
何故見上げたのかというと、カーヴェはこの酒場に来たばかりだった。
「えっと……もう酔ってる」
「酔ってないぞ。まだ呑んでもいない。ただ、セノから褒めてほしいだけだよ」
「何で俺なんだ……」
「んー、セノ"が"いいから」
「意味が分からない」
セノとティナリの間の席、優雅に座った。
どうやら素面のカーヴェは注文した酒を楽しみに待っている。
セノを見ながら。
「……一つ、いいか」
「なんだい」
「褒めろと言っても、何を褒めればいい」
「好きにしてほしい。容姿でも建築の事でも。君がどうやって褒めるか楽しみだ」
「えぇ……」
動揺を隠さずに親友のティナリを見れば首を横に振った。
セノは仕方ないとカーヴェの頭を撫でながら微笑む。
「カーヴェ、お前のその才能はすべからく素晴らしいものだと俺は思う。それをひけらかす事はなく、このスメールに大きな財産として昇華してる事は嬉しい」
「……ティナリ」
「うわぁ……」
「なんだその反応は」
思った以上の褒め言葉だった。
ティナリは少し引き気味に助けを求めたカーヴェに寄った。
その褒められたカーヴェは顔を真っ赤にしながらも、小さくありがとうと呟く。
褒めろと言った本人と親友にそこまで言われる様な事をしたかとセノは腕を組んで悩みこむ。
「やっばい……クセになりそう……」
「止めときな、中毒になったらアルハイゼンの辛辣で血糖値が上がるよ」
「だよなぁ……」
「俺を何だと思っているんだ」
「カーヴェがこれ以上血糖値を上げて仕事が出来なくなったら家賃滞納に困るんだが」
「来て早々その話は止めないかアルハイゼン」
遅れてやってきたアルハイゼンはカーヴェを見て溜め息を吐いた。
それにポコポコと怒るカーヴェにやっと注文した酒が置かれた。
すかさずアルハイゼンも酒の注文をする。
「それより、何を」
「いきなり褒めろと言われたから、褒めた」
「思った以上の破壊力でセノ様信者になりそう」
「バカ言ってないでよ」
「あいてっ」
ボケたカーヴェの背中を叩いたティナリ。
理解不能と眉を歪めたアルハイゼンはセノを見る。
最初の頃と比べれば確かに空気が和らいでいる。
「どうした」
「……いや、カーヴェの言う君の褒め言葉が多少気になった」
「何この空気。ボク帰っていい」
「逃さないぞティナリ後でティナリもやるからな」
「なんでさもう酔っ払ってんの」
「流石にそんな早くに酔っ払う訳無いだろう」
「お前達、旅人と秘境にでも行ったのか」
セノは眉間が痛くなる様な気がして、解すように手を当てる。
この二人が合わせて変なことを言う場合は何かしらの理由があると疑えないのが困った。
やっと落ち着いたのか、言いくるめられたのか、ティナリは諦めて追加の酒を注文する。
好奇心旺盛なこの書記官を褒めるというのはどういう状況なのかは置いといて。
「生憎と最近は旅人に会っていない。ただの好奇心だよ」
「それだから気狂いだと言われてるんだが」
「む……カーヴェにはやって俺には出来ないと」
「どんな挑発だ」
「カーヴェ」
アルハイゼンはカーヴェの名を呼んだ。
ジッと見るだけで何も言葉は発しない。
ティナリは「いや、君……知論派だろう」と思ったがここでツッコミを入れると収集が付かなくなりそうで空気になる事に徹する。
それか木のうろにあるキノコ。
弟子の顔が恋しくなった。
「あー……じゃあこうしよう一回褒めたら、一戦七星召喚に付き合うとか」
「分かった、やろう」
「マジか……」
「それでいいのか」
「本当もうさぁ〜……このバカ天才」
「褒めるか貶すかどっちかにしてくれ」
キラキラとやる気になったセノにティナリは撃沈した。
意外にも意外で、アルハイゼンがそれに乗るとも思わなかった。
セノは一旦、どう褒めるか悩むがふと思い出した事があった。
「……よし、アルハイゼン」
「どうぞ」
アルハイゼンの酒とティナリの追加酒が届いた。
それに合わせてセノはアルハイゼンと向き合う。
横でニヤニヤしているこの天才様は後で"理由"を吐かせようとティナリは決め込んだ。
「先ずはお礼を。ありがとう」
「……はぁ」
「草神奪還計画の内容は俺にとって最善では無かったが、こうして平穏なスメールを取り戻した事は称えるべき功績だ。お前にとっては悩めるものかもしれないが、代理賢者を少しの間引き継いでくれたのも含めて感謝を」
「……」
「そして、次に謝罪を」
「え」
セノは頭を下げた。
ギョッとするカーヴェは慌てた。
「お前が仕事中に平穏がほしいだけと言っているのは知っていた。クラクサナリデビ様にも褒賞をそう願ったのも。だから、お前の負担になってしまったことをすまないと思っている。アルハイゼン、よく頑張ってくれた」
「…………それは、何か、違うだろう」
「やったぞあのアルハイゼンを鉄仮面書記官を崩したぞ」
「驚いた……君、照れることあるんだね」
「うるさい」
これにはティナリも驚いた。
あのアルハイゼンがセノから顔を背けたのだ。
挙げ句に少し子供っぽくなったところも。
それに何だか微笑ましい気持ちが出てきた。
コホンと咳払いをしてから酒を呷るアルハイゼンを見届けて、ティナリはやっとカーヴェに問い詰める事が出来る。
「ねぇ、一体これは何がしたかったの」
「んー後輩は可愛いものだろう」
「「はぁ」」
「そんな顔するなよ特にアルハイゼン君は可愛くない後輩の代表だからな」
「ちょっとボク、意味が分からないんだけど」
「大丈夫だ、俺も意味が分からない」
「セノに同じく」
三人から微妙な視線を受けたカーヴェは拗ねながらも"理由"を話した。
つまり、後輩は『可愛いもの』で『褒めたい』ものだと。
天才と持て囃されたカーヴェは心からの『褒め言葉』を貰って事はないが、可愛くない後輩は『褒めたい』と。
しかし、あのセノは自分たち四人といる時、一番歳が上なのに褒めている所を見たことがない。
ならば、これを機に褒めてもらおう何だったらアルハイゼンの赤面も拝もうじゃないかとな。
「……アルハイゼン、そろそろカーヴェに優しくしてやれ。その反動がコレだぞ」
「そうだよ、アルハイゼン。君がカーヴェを叩きまくるからこうして支障が出てしまったんだ」
「俺は住まわせているだけだから世話違いなんだが」
「三人共失礼だからな」
「まぁ、それは置いといて。確かにセノが褒める所って少ないよね」
「そうか流石に俺だって部下を褒めることもあるぞ」
「え、あるの」
「少なくともどっかの天才建築家よりは仕事をしっかり熟しているだろうからな」
「アルハイゼン……」
わなわな怒りを爆発しそうなカーヴェは酒を飲み干す事で怒りを沈めた。
ふと、新しい事を思い付いた。
カーヴェはニコリとティナリに笑った。
嫌な予感がする。
「ティナリ」
「な、なに」
「君はさ、こうして僕とアルハイゼンが喧嘩して怪我をしてもちゃんと処置してくれるよね」
「え、あぁ……まぁね」
「いつも申し訳無いと思っているんだけど、そういう時に事情を深く聞かないでくれるのはとても有り難いとも思っている。それに、もうするなって怒るんじゃなくて、限度を弁えるようにって僕たちの関係を思って言ってくれてありがとう」
「なっ、いきなり、なに」
「ティナリがこう優しいからコレイちゃんも優しい子に成長しているんだろうね。君は昔からそういうのに長けていたから、セノも安心して預けているんじゃないか」
優しく諭すような声に切り替えたカーヴェの言葉はティナリを赤く染めるのに十分だった。
それに畳み掛けるようカーヴェはチラリとセノを見る。
それに気付けばもうこちらも乗っかるしかない。
「そうだな、俺もいつも感謝している。お前がコレイの教鞭をとっているのを見て安心したし、何より教令院時代からお前は凄い。この俺が見ても森林に詳しい奴はティナリ、お前くらいな者だろう」
「うわぁあああ……二人纏めてとか止めて保たない、何これ、滅茶苦茶恥ずかしい」
「ふふん良い気分次いでにもう一杯」
「ティナリが照れるのは珍しいな」
「…………もう誰でもいいからこの酔っ払い共何とかして」
ティナリはテーブルに額を打ち付けた。
尻尾は嬉しそうにゆらゆら揺れていてアルハイゼンは酒を呑み続ける。
こんな面白い事になるなんて思わなかったこの飲み会。
果たしてこの後の七星召喚は正気でいられるのかと他人事のように思ってデッキを広げたのだった。
おまけ
「ていうか、未だに不思議な事があってさ」
「何がだ」
「"乾坤一擲"でダイスリロールだ」
「うわ、相変わらず召喚物ばかり……」
「セノの年上って全然そんな気がしない」
「「分かる」」
「揃って頷くな。"参量物質変化器"置くぞ」
「精神年齢だけ置いていったんじゃないの」
「普通それは外見がそれなりに成長している者に言う言葉だ。セノの場合は当てはまらない」
ガンッ
「ぐっ」
「すまない、足が滑った」
「テーブル壊れるから気を付けろよ〜」
「その時はカーヴェの出番だね」
「何故」
「君がデザインしたテーブルを作ればいいよ」
「ティナリ、こっち向いて言ってくれないか」
「やだね」
「……水性生物もう一体追加召喚」
「チッ"送ってあげよ〜"で一体破壊だ」
「ふむ……」
「どっちが勝つと思う」
「こんな状態でやってその賭けが成立すると思う」
「ないな」
「だよね」