また彼と会うことはなかった。大学生になったフェイスは、もうさすがにブラッドの扉を中から見るのに飽きてしまった。彼のためにあるマンションの滞在時間は、きっと既にフェイスの方が多くて、持っている合鍵を回す音が来ては帰るたびにため息をついてしまう。
率直に言ってしまうと、実兄は社畜だった。朝から晩まで仕事をしていると思えば、食べる時間も寝る前の時間も風呂の時間もトイレの時間でさえも仕事のことを考えている。そんな男に趣味はないのではないかと言えば、彼には彼で大切にしているものがあるし、空き時間はそれに当ててもいるようだった。しかし、仕事の合間に行える趣味で、家への滞在時間が増えるわけではなかった。
ブラッドは仕事馬鹿なのである。
「あの人、また泊まったな」
フェイスとブラッドが互いに彼らなりの本懐を遂げたのは、フェイスが高校時代のころだった。その頃はフェイスは実家に住んでいて、大学生になれば自分も一人で部屋を持ち、二人だけの時間を過ごせるだろうと思っていた。それが転でこのざま。呆れて声も出ない。むしろ大人になった今よりも十代のころの方が、ブラッドはフェイスに時間を合わせてくれていたような気がする。
それは今や、ブラッドが有望にて昇進を遂げ続けているからなのだけど。フェイスとしては恋人と同じ振る舞いを許してもらえるようになった手前、どうやったって不満なのだ。
(アンタは俺のものになったんじゃないのかよ)
フェイスは今や二十歳だ。ブラッドが忌避していたそういう関係になることだってできるのに、一度以来お預けを食らい続けて早何カ月。季節はすでに初夏だった。
がちゃん。煮えたぎる思考とは別に冷たい音が響く。フェイスがまた兄のマンションの鍵を閉めて、家を出ていく。彼はきっとまた車中泊でもしているのだろう。もはや社員寮でも借りた方がいいのではないかと思うほどだが、そうしないのはお互いがこの部屋で会いたいという気持ちだと言うことを知っている。
(つまんない)
すっかり得意になってしまった独り言が口から出る前にくるりとつま先の向きを変えて、馴染みのクラブへと歩を進めることにした。相手にしてくれない兄への当てつけのように思う存分DJとして振る舞ってやる。フェイスのうっ憤はすでに限界を超えていた。