【空蝉日記 短編】思いがけず、回り合わせ。「うーん、永介遅いなぁ……。」
スマホの画面を眺めながら一人小さく呟いたその言葉は、周囲に連なった無数のゲーム機から発せられる喧騒によりかき消された。
今日は幼馴染の瀧宮 永介と遊ぶ約束をしているのだが、僕のスマホに届いたのは「悪い弦!支度に手間取っちゃって遅れそう!」というメッセージだった。
それを確認した僕は、ならば暇潰しに今居るゲームセンターで先に軽く遊んでいようかと思い、スマホをしまった。
「……あ、これ可愛い……。」
周囲をぶらついていた僕の目に止まったのは、可愛くリボンで飾られた熊の人形。その見た目の愛らしさに引かれた僕は、思わずお金を投入して獲得を試みる。
だが人形は見た目よりも重いようで、中々回数を重ねても手に入れられなかった。
(う〜ん……これは僕じゃあ難しそう……。永介が来たら取ってもらおうかな。)
潔く諦めようとしたその時……突然、後ろから大きな腕が現れ、代わりにクレーンのボタンを押された。
「えっ!?」
──驚いて背後を振り返ると、そこにはクラスメイトで友人の天王寺 怜音くんが居た。
彼は特に何も言わず無表情のままクレーンを操作すると、そのまま一発で人形を獲得した。
彼もよく一人でゲームセンターに遊びに来るとは聞いていた……が、こんな可愛らしい景品を欲しがるような人物では無い。
恐らく僕の為に取ってくれたのだろうと思い、取り出し口から人形を手にした怜音くんに対し僕は『あ、ありがとう、怜音くん』と礼を言いつつ人形を受け取ろうとした……が、彼は既の所で人形を持った腕を高く上に掲げ、僕の手は空を掴んだ。
「あ……ああっ、ちょっと!」
「ハハッ、お前じゃこれは届かね〜だろ?」
怜音くんは非常に背が高く、僕では彼が伸ばした位置まで手が届かなかった。僕はムスッとしつつ、揶揄うように笑う怜音くんとしばらく格闘していた。
「めっちゃ必死じゃん。おらよ。」
「んも〜……!意地悪しないでよ〜!」
必死に跳ねて手を伸ばす僕に対してようやく人形を手渡してくれた怜音くんだが、それでもやはり取ってくれたことに違いは無いのでお礼を口にした……が、彼は『別に、たまたま通りがかっただけだ』と軽く受け流した。
とその時、横から待ち人の声が聞こえてきた。
「わ……悪い悪い!今着いた!」
相当急いで来たのか、息を切らして現れた永介を確認した途端『んじゃあな』と怜音くんが口にする。
「あ、あれ?怜音じゃん!どうしたの?」
「あ〜、偶然コイツと出会しただけだ。気にすんな。」
「あっ、あのね永介!怜音くんがね、これ取ってくれたんだ!」
「は?」
言われたくなかったのか、彼は少し複雑な顔を浮かべた。
「へぇ〜良かったなぁ!怜音は一人で来てんの?」
「?おぉ。」
「じゃあ丁度良いじゃん!一緒に遊ぼ〜ぜ!」
「はぁ?良いつーっのそういうの。お前ら二人で待ち合わせてたんだろ、俺は俺で──」
「良いよな?弦!」
「うん!むしろ怜音くんが居てくれたら沢山取れそうだから、き、来てほしいな……!」
「はぁ!?ちょ、ちょっと待て!」
僕もその提案に同意すると、永介は怜音くんの腕を強引に掴んで『じゃあ早速行こうぜ〜!』と引き連れ出した。
一方の怜音くんはそんな僕らに対し怒鳴りながら永介の手を振り払おうとしていたが、どうも今日の彼からはどれだけ怒っても声を荒げても、全く恐怖なんて感じられなかった───。