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    sabasavasabasav

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    sabasavasabasav

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    カミュ坊。カミュー×坊ちゃんです。
    なんでもいいです!と言われると奇を衒いたくなる。
    でろんでろんに甘くしました。下手なR指定ものより恥ずかしい。

    #腐向け
    Rot
    #カミュ坊

        ▽         ▽

     頁を捲る。文字を辿る。
     時間を忘れられる本を読むという行為が、ティアは好きだった。


     言の葉は話半分に聞け。目で触れる情報は最大限集めろ。
     かの五将軍に属していたテオ・マクドールはその戦果と威厳とは裏腹に、息子に対して己と同様の人生を歩むことを強制しなかった。屋敷に滞在する時間は決して多くはなかったが、そんな貴重な時間を子供を諭し愛でることに最大限使用する、人としてできた父親だった。
     不明瞭さと、代え難い貴重なもの。ティアが父親から教えを受けた数少ない教訓の一つが、情報収集の重要性だった。
     それに倣い、時間を見付ければ足を運び、書物に目を通す癖がついた。
     リアンの元へいることが多い印象があるティアだが、デュナン城へ滞在している間は意外にも一人で過ごしていることが多かった。
     構い倒す勢いのリアンは仮にも同盟軍のリーダーであり、陣形会議や書類へのサイン等、軍主の意見が必要であったり軍主にしかできない仕事が山のようにある。それを掻い潜ろうとするのを毎回食い止めている同盟軍軍師は見事としか言いようがない。
     今のような、規模の大きい戦争が起きた後は幹部揃って大部屋に引き籠もってしまうのも珍しいことではない。
     戦争に参加することがないティアは本来、城内がきな臭くなってきた時点でグレッグミンスターへと帰ってしまっていたのだが、屋敷に戻ったところで特段何もすることはない。それに、数日前にここへ来たばかりだというのに蜻蛉返りする手間を考えると腰が重くなるというものだ。
     ならば彼らの目に触れないところにいようと、ティアはこうして図書館へ引き籠もっている。それならば会議へ参加を促されることもないだろう。
     頁を捲る。質の良い羊皮紙で作られた本には、グラスランドに眠るという真の紋章について記載されていた。この場でないと読むことが適わなかっただろう内容。
     得られる情報は国によって偏りがある。グレッグミンスターにも立派な図書室が拵えられているが、デュナン城に揃えられている書籍はほとんど別のものだ。あまり人が立ち入ることのない図書館は、ティアにとって宝の山としか言いようのない場所だった。
     そんな、時折誰かが本を借りに来るくらいで常に静寂に包まれた図書館で、硬質な革靴が床を叩く音が聞こえれば、いくら字面に集中していたティアであろうともその異様さに気が付いた。
     エミリアが応対している声が途切れ途切れに聞こえたが、その足音は一定のリズムを刻みながら迷うことなくティアの元へと近付いてくる。
    「こんなところまで態々ご足労いただくとは」
    「用事がある者が足を運ぶのは礼儀ですので。トランの英雄──ティア・マクドール殿」
     どことなく棘を感じる物言いに、次の頁を捲ろうとしていた手が止まる。
    「……私に御用がおありでしょうか。赤の騎士団長殿?」
     本を閉じ、ティアは口角を上げて見せた。



     突然としか言いようのないタイミングで訪れたカミューに、戦争や作戦に参加させる気かと始めは身構えていたティアだったが、それが何てことの無い、茶会への誘いだと知ると、途端に肩の力が抜けた。
     曰く、静かで人目も気にならず、それでいて焼き菓子が絶品な店があるという。菓子が好きらしいとリアン殿からお聞きしまして、とカミューは微笑んだ。
     菓子以上に甘い顔をしてみせる騎士団長に、ティアは何ともむず痒い心地がした。これが女性なら、頬の一つでも染めてみせるのだが、残念ながら目の前にいる己は紛う事なき男だ。
     もしかすると茶会を出しにしてトランに関する情報を引き出そうという魂胆かもしれないが、話術において簡単に出し抜かれるつもりはない。ならばお言葉に甘えて舌鼓を打ってやろうとティアは思っていた。
     城から離れ、案内された喫茶店は大通りから路地に入ったところにあるためか閑散としており、その存在を知る者があまりいないようだった。
     一見菓子を提供しているとは思えない重苦しい扉を開いた途端、店内に充満する芳しい香りに、ティアは目を丸くした。その顔を見られたらしい、扉を開けたまま笑みを深めるカミューが手を向け店内へと促してくる。
     事前に連絡されていたのか、たった二人だというのに個室へと通された。椅子に腰掛けるのに合わせてメニューが差し出される。記載されていた好んでいる紅茶の銘柄を口にすると、カミューは「私も同じもので」と言った。
    「紅茶、お好きなんですね」
    「飲む機会が多かったもので。騎士団長殿も?」
    「ええ。もっとも、私は家ではなく出先でではありますが。それと、私のことはカミューとお呼びください」
    「……では、カミュー殿、と」
     見た目の通り、女性に人気のある人なんだな。
    会話に割って入るように運び込まれた紅茶と焼き菓子に、ティアは笑みを零さずにはいられなかった。
    「……美味しい」
     焼き菓子を一口囓ったティアは、思わず感嘆の声を漏らした。
     騎士団長たっての御推薦、この店で提供されるものはどれも美味で、伸びる手が抑えきれないほどだった。
     焼き菓子がこれでもかとバスケットに乗せられてきたのを見たときは、何と贅沢なことをさせるものだと、己の経済状況を棚に上げて思ったものだった。どれも美味しい上に好みが分からなかったから全種類用意させたという。さすがに全てを食するには無理のある量だが、持ち帰れば済む話だ。
     ただ一つ、問題があるとすれば。
    「お口に合ったようで何よりです」
     カミューは紅茶に口を付けるのもそこそこに、こちらが照れてしまうほど整った笑みを浮かべている。頬に熱が篭もったティアはそれを取り繕う術を持たず、ひたすら俯くことしかできないでいた。
     そのお茶会は終始和やかなものだった。聞かれることと言えば家族とも呼べる従者の話や好きな食べ物、読んでいた本の内容で、疑念を持っていたティアですらこんな会話で良いのだろうかと拍子抜けしてしまうほどだった。
     だからこそ、ティアは外聞を取り繕うことが難しかった。
    「ほら、カミュー殿も召し上がってください。私一人では食べきれません」
    「すみません。つい、貴方が可愛らしくて」
    「……可愛いだなんて言われても、反応に困ります」
    「ほら、そういうところがですよ」
     カミューの表情と優しく響く声に居たたまれず、ティアはこうして気を紛らわせるしかなかった。
     機密情報を聞き出そうとすれば、スイッチが入るように仮面を被ることができるというのに、カミューはトラン共和国のことも、紋章のことも、解放軍のことも、使用している武器のことですら尋ねてこない。
     解放軍の首魁でもなく、トランの英雄でもなく、父親殺しでもない。ティア・マクドールと会話したいのだと伝わる所作。それが感じられる存在など、先の戦争が終結してから片手で数えきれるほどしかいない。
     これ以上は菓子の味が分からなくなってしまうと、ティアが席を立とうとした矢先に、カミューの含み笑む声が聞こえた。
    「この店は、私の隠れ家のような場所なんです」
     背もたれに寄りかかり、カミューは天井を仰いだ。先程までの甘ったるい空気が鳴りを潜めて、ティアはゆるゆると息を吐いた。
     それを見計らったように、カミューは自身の話をゆっくりと、はっきりと、紡いでいった。顔立ちが良いと自覚していること、周囲にいる人々は外見か肩書きのみ見る人が多いこと、人の視線に疲れるとこの店に立ち寄ること、視線に曝される辛さをティアと共有できるのではないかと思ったこと────
     話に耳を傾けつつ目の前の青年を見ると、見目麗しい顔立ちの中に僅かながらに疲労の色が見て取れた、そんな気がした。
    「隠れ家を、私に教えてしまって良かったんですか?」
    「ええ。教えても……マクドール殿は立ち寄れないでしょうから」
    「確かに軍主殿とは来れませんね」
     リアンがいれば同様に美味しいと喜んではくれるだろうが、城周辺の街では同盟軍軍主の顔は知れ渡ってしまっている。そんな彼とこの店に来てしまえば、途端に客が押し寄せ、カミューの隠れ家は確実に潰えてしまうだろう。
     それは己が望むことではないと、ティアはここへ誰かを連れ立って来店することはないことを伝えたつもりだったが、カミューに苦笑いを浮かべられてしまった。
     そういう意味ではなかったのですが、と青年が含み笑む。
    「まあ………ですので。是非また今度、私とご一緒していただけませんか?」
     寂しげに笑む姿にすっかり油断してしまっていた。
     細められた目は優しく、ティアを見詰めている。感情の滲むその瞳に、今度こそ絶えきれずにテーブルへと両手をついた。その視線をもう、真正面から受けたくない。全身の力が抜けてしまいそうだ。
     幸か不幸か、個室である空間で情けないその姿を見ている者は目の前の青年しかいない。
    「き、気持ちは受け取りますが……カミュー殿。その言葉は毒にも薬にもならない私にではなく、麗しき淑女の方々に向けられるべきでは?」
    「何故です?」
    「それは……ッ」
    「一目惚れをした、と私が言ったら。貴方はどうしますか?」
     身を乗り出し、テーブルに突いていた手を取ると、カミューは手の甲に唇を落とした。
     火に油を注いでしまったように、急激に顔に熱が篭もった。己がどんな表情をしているかなどと、考えたくもない。
     柔らかく包み込むように纏うカミューの視線の意味を知る。
    「マクドール殿?」
    「ま、まっ、まずは!僕のことを知ってもらって!カミューさんのことを、知らないと……ッ!」
    「でしたら──」
     思わず一人称と敬称を変えてしまったことなど、些事なことであった。
    「また今度、ここで。私の話をお聞きになり、貴方の話をお聞かせ願いたい…………二人きりで」
     手指の先まで愛おしむように両手で包み込まれて、ティアは今度こそ卒倒する思いがした。



     情報は力だと父は言う。
     しかし、こんな知識は知らない。今まで得る必要がなかったし、どんな本にも載っていなかった。情報を得なければ、今度こそあの空気に呑まれてしまう。
     下心のない純粋な愛情は、ティアにとっては猛毒のように感じられた。
     果たして恋愛の指南書などあるのだろうかと、図書館で本を手に一人考えあぐねるティアの姿を、胸の内など知る由もないエミリアだけが、真面目な方ね、とその後背を見て微笑んでいた。

         
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