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    コウト

    @7787bamboo

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    コウト

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    もだもだする鋼くんとからりとしている荒船さん。
    荒受けオンリー開催おめでとうございます。

    #村荒
    villageDesert

    ひかりのおちるおと轟く稲光が空を割るたび、隣の身体がピクリと揺れる。
    大仰に驚いているわけでは無く、そこまで顔に出るタイプでも無いためわかりにくいが、肩が触れ合うほどの距離で並んで座っているのだから否応なしに伝わってくる。
    初めの数回は見逃したが、何度も繰り返されるその反応にもしやと顔を覗き込む。
    「もしかして、雷は苦手か?」
    「いや? なんでだ?」
    言葉を遮って、また一つ、先ほどよりも近くで大気が鳴く。
    「でもほら、さっきから反応してるだろ」
    「ああ、爆発音みたいでテンション上がるよな」
    次、アクション映画にしようぜ、と。
    エンドロールに差し掛かっている画面に向けられた横顔が綻ぶ。
    「なんだ、そっちか」
    「笑うな」
    「笑ってない。荒船らしいと思っただけだ」
    恐れではなく高揚だったのだと解り、安堵に一つ息を吐く。
    誰しも、苦手なものはある。例え荒船が雷を苦手としていたからと言って、それを揶揄うつもりは毛頭なかった。
    ただ、この男の心が少しでも穏やかであればと願って止まない俺のエゴが、問いを口にさせただけで。
    弱さを暴きたかったわけではなく、あわよくば頼られたいと言う下心のあったそれは、荒船のからりとした言葉により収束していく。

    「……荒船は、何か怖いものとかあるのか?」
    そんな気持ちを見透かされないようにと雑談を振れば、間髪入れずに応えが返る。
    「犬」
    「はは、それは知ってる」
    大きさに関係なく犬が苦手なのも、海や川のような大きな水辺が不得手なのも知っている。
    苦手な以上、平気だというわけではない。ただ、それを恥だと思ってはいないから、この男前な師匠は苦手なものは苦手だと口に出す。
    己の弱さを臆面もなく曝け出せるのは強さだと思う。
    そんな彼の器の大きさに触れるたび、その反動で自身の矮小さに思い至る。

    「だが実際、あんなのが落ちてきたら怖くないか? 攻撃手はともかく、狙撃手はよく高台にいるだろう」
    悪天候の日に近界民の襲撃がないとも限らない。
    今日のような暴風雨の中でも弾丸が湿気ることが無いのはトリガー武器の有り難さだが、視界の悪さや悪天候がこちらの不利に働くことも有り得るだろう。
    そんな最中で、避雷針になり得る高所にいることの危険性を憂いてみれば、
    「トリオン体なら、最悪雷が落ちたとしても死にはしないだろ」
    平然とした返答は肝が据わっていて苦笑が滲む。
    そんな下手を打つつもりはない、と言外に含ませつつも「少し興味はあるな」と空恐ろしいことを呟く映画好きの男に、縁起でもないと息を吐く。
    「やらねえよ」と揶揄う声音が面白そうに応えるが、けれど勉学のストレスの発散だと訓練中によく高層ビルから飛び降りる悪癖を持つことを思い出せば、あながち冗談にも聞こえない。
    もしや、との疑念をもって「心臓に悪いからやめてくれ」と釘を刺しておく。
    これは俺の心の平穏のためだ。

    「お前は?」
    エンドロールが終わってメニュー画面に戻ったからか、こちらに向き直り、雑談に付き合う気になってくれたようだった。
    「鋼も、なんか怖ぇものあるのか?」
    換装時のトレードマークである帽子もオフの今はなく、形の良い額にさらりとした前髪が流れている。
    ソファに隣り合う姿勢から、少し首を傾げて覗き込んでくる仕草はどこか幼い。
    そちらに意識が向き、言葉はころりとこぼれ落ちる。
    「饅頭が怖いな」
    「……落語か?」
    一拍置いて反応が返る。
    薄明の色が意外そうに瞬くものだから、羞恥が湧いた。
    「あ、いや、その…オチるものが良いかと思って……」
    「なんだ、頓知だったのか」
    「いや、そう言うわけでもないんだが、」
    この間、水上に勧められた落語の音源の内容が浮かんだのだと話しながら、居た堪れずに目を逸らす。
    友人が好きだと言うものに興味を持ってみようと思って借りたもので、結果、それなりに面白かったからか、記憶に引っかかっていたらしい。
    そんなことを言い訳がましく口にすると、くつくつと喉を鳴らして笑う。
    「俺の鋼にそんなもんを仕込むなんざ、アイツは悪影響だな」
    カゲと穂刈に見張らせなきゃな、なんて。
    その言葉のどこになんと返せば良いのか分かりかねて、結局は口をつぐんだ。
    言いたいことは沢山あるはずなのに、どれかを言葉にしたら他の何かを取りこぼしてしまいそうで、形にできなかったものをそのまま置き去りにしてしまいそうで、喉元で止めてしまう。
    選ぶべきものを、選び損なう。
    自分はいつも、そうして間違えて来た。
    欲しいものを欲しがってしまうと、誰かの大事なものを奪ってしまったから。
    間違えることが、奪うことが、怖かった。

    恐れること自体は生きていればそれなりにある。
    あまり物事に動じなさそうだと評されるが、それは心を動かす範囲を極力狭めようと努めてきたからだ。
    好きなものが増えると、欲しくなってしまう。
    欲しがってしまうと、俺の持つ力のせいで、同じものを好きだった人が去っていってしまったから。
    こんな力があるからだと嘆いた日々の先で、それをお前の才能だと認めてくれる場所に来れたことは、俺の数少ない正しい選択の内の一つだと思う。
    そこで出会った目の前の男もまた、俺が求めてやまない存在になった。
    手に入れたと思ったことはない。荒船が差し出してくれた手に、離したくないと縋り付いているだけだ。
    いつだって俺は、明日が怖い。

    「こわいこと、あるぞ」
    だって、もしかしたら明日になったら目を覚ましてしまうかもしれない。
    「俺は、荒船がいなくなることが怖い」
    こんな俺に愛想を尽かして、離れていってしまうかもしれないから。
    ぱたり、と隣で静かな瞬きの音がする。
    ほんの僅かなその葉擦れが、どうしてだか外で落ちている轟音よりも鮮明に聞こえて。
    「ーー覚えてるか?」
    「……何を?」
    荒船に関わることを俺が忘れるはずがないと思ったけれど、飲み込んで続きを促した。
    夜明けを溶かした色の瞳が、凪いだ水面として俺を映す。
    その静謐さに、浸りたいと思ったから。
    「俺がお前のこと好きだって伝えた時、お前はその感情が怖いって言った」

    ーーそうだ。
    俺ばかりが荒船を好きなのだと思っていて、報われないだろうと決めつけて、ーーなのに他の誰かのものになってしまうことは嫌で。
    そんな重苦しく拗れた感情を飼い殺しながら、出来のいい弟子であろうとした。気の置けない友人である努力をした。
    なのに、本当に僅かな綻びから溢れ出てしまった好きだという感情をもう止めることができなくて、断罪を待つ心地で頭を垂れた俺に、荒船が「俺もだ」と、そんな風に返したから。

    ーー俺も、鋼が好きだ。

    その言葉は、初めて刃を交わした日、遠慮も何もなく心臓を貫いて来た一太刀に似て。
    怖いと思う間もなく、ただその迷いのない太刀筋とその奥の瞳を見て、綺麗だと感じたその記憶を呼び起こして、震えた。

    貫かれた左胸が熱いと感じたのを覚えている。トリオン器官が鳴いた衝動が、すぐ傍の心臓にも流れ込んだのかもしれないと思うほどに。
    あの時からずっと、荒船が残した熱が、心臓の隣で燃えていた。
    そうして、その熱に他の名前があると気付いた時、また間違えたと絶望した。
    大切な友人であり、尊敬する師に、肉欲を持った自分が厭わしかった。
    雷に打たれたように、だとか。
    そんなドラマチックな常套句の甘い痺れなどなく、ただ、己の腹の底で焼ける劣情を飼い慣らすことに注力した。
    容易ではなかったけれど、気付かれて距離を置かれ、見離されることを思えば耐えられた。
    時折、誰かから好意を寄せられる側になることもあった。
    そんな時、相手の身の内にもそんな熱があるのかと考え、そうして、もし己が抱えるものと同様の熱量を差し出そうとしているのならと、恐ろしくなった。
    こんなにも重たくて、必死なものを、俺なんかが受け取ることが怖かった。
    それが荒船からの想いであったから、なおさら。

    荒船が差し出してくれたものを受け取ると言うことは、俺も差し出さなければいけないと言うことだった。
    既に好きだと告げた後で、今更何をと思われたとしても、腹の底の澱みまでを丸ごと曝け出せるほどの覚悟は無かった。
    そんな俺に、荒船は手を伸ばしてくれた。
    触れることを躊躇うなと。
    お前の“それ”が欲しくて応えたのだと。
    ーーそう言う意味で好きだって伝えたんだから、お前も腹を括れ
    手に取る武器は変わっても、変わらぬ美しさと正しい強さで。
    あの初めの一撃と同じ場所に、もう一度、熱を穿つ。
    掴んだ手に縋りながら泣き崩れた俺を見て笑った荒船は、しゃんとしろよと叱ってくれた。


    あれからずっと、俺は怖い。
    「今でも怖いか」
    「怖いさ」
    心臓の隣に置いたその熱量を、失うときが怖い。
    こんな風に注がれて、満たされて、それを絶たれた時が怖い。
    「荒船は、もう少し、俺の気持ちの重さを知った方が良い」
    何度心の底を告げても、思い知れと時にぶつけても、いつだってこの美しく聡明な男は、そうか、と頷き一つで受け入れる。
    泳げないと言うくせに、こんな濁流じみた感情の中を、涼しい顔をして漂ってみせる。
    そうして、己の感情に溺れてしまう俺を引き上げて、呼吸を思い出させてくれる。

    「鋼は、俺を失くすことが、怖いんだな」
    「そうだ」
    だから、と。
    「いなくならないでくれ」
    こんな、戦いが日常になった世界で。
    迷い、間違えてばかりの俺だけれど。
    雷を恐れて泣く子供よりも幼稚な、そんな願いを口にした俺を笑わず、伸ばした指先が触れるのを受け入れてくれる。
    頬の形を辿って、瞼の色を見つめて、唇の温度を知る。
    鋼、と俺を呼ぶその声音の奥に、同じ感情を見つけて泣きそうになる。
    「あらふね、」
    美しいいのちの輪郭をなぞる。
    そんな俺に、また一つ頷いて。

    わかった、と。
    全てを許し、受け止めるその瞳に射抜かれる時、俺の胸には光が落ちる。
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