夏五版ワンドロワンライ第66回お題「ライアー」 あれはきっと、社交辞令的な約束だったのだ。
だからきっと、口にした本人は憶えていない。その程度のことだった。
無理に行かなくていいと、担任は言った。大丈夫だからと答えたのは悟である。
近くを通り過ぎたことはあったが、実際に足を向けたのは初めてだった。閑静な住宅街の一角、いくつも並んでいる似たような形の2階建て家屋の1つ。いつもは静かなのだろうその場所は、黄色い規制テープが張り巡らされ風で小刻みに揺れていた。
すでに話は通っていたようで、玄関に立っていた制服姿の警察官は、無言のまま近づいた悟を一瞥しただけですぐに中に通してくれる。
土足のまま上がり込んで3歩進んだだけの廊下、開きっぱなしになっているのリビングへ繋がるスモークガラスの扉、半分が赤黒く染まっているダイニングのテーブル、倒れた2つの椅子―――惨状は、まだあちらこちらに色濃く残されている。
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