エイプリルフールとメイド服/ちぎくに×××××××××××××××
「ふぁ……おはよ、くに…が…………」
眠い目を擦りながら、朝の光に包まれたリビングの扉を開ける。今日は國神が朝食当番の日。疑いようもなくキッチンに立っていた國神の、そこに飛び込んできた光景を見て。呼びかけた彼の名前が途中で止まった。
「お、おはよ……千切」
朝食の匂いに包まれたリビングで、國神が挨拶を返す。ぎこちなく目線を逸らす彼の頬は、恥ずかしげに朱が刺して……なんて、ことよりも。
特筆すべきはどう考えても、國神の身に付けているそれ。冗談のようなそれに、一瞬固まる身体。
たっぷりのフリルで縁取られた純白のメイドエプロン。柔らかな蜜柑色の髪に埋まりかけた、ふりふりのクラシカルなヘッドドレス。肩紐を残し、胸の部分だけが剥き出しの……エプロンの意味を果たしていないそれ。『やめときゃよかった』、という後悔が手に取るように分かる國神の表情。
すなわち、恋人のエロメイドコス。
……確か、この服は。酔った勢いで二人で買ったくせに、結局着るのを拒否した國神によってクローゼットへ押し込まれた曰く付きの品だ。
國神の惜しげも無く晒された肉体美と、甘く可愛らしいフリルの化学反応から目が離せない。されど、しっかりと下穿きをはいているのは彼らしいというかなんというか。
それを今、朝の光がやわらかく差し込むこの部屋で……國神が着用している。
「…………っ、」
なんか言えよ、という懇願にも似た圧を感じる。……が、俺は務めて冷静だった。全ては、このボーナスタイムを最大限活用するために。
昨日の夜、『明日、潔の誕生日だな。離れてるから直接お祝いは出来ねえけど……オンラインギフトでも送るか? 』……そんな会話をしたのを思い出す。つまり今日は4月1日。エイプリルフール。
「……朝飯の用意、できてるから……ほら」
反応を示さない俺に痺れを切らしたのか、はたまた照れ隠しか。國神が朝食へと俺の視線を誘導する。
食卓の上に並べられていたのは、ハムとレタスのクロワッサンサンドに、半熟のスクランブルエッグ。湯気が立ちのぼる野菜スープに、國神が今淹れたばかりのブラックコーヒー。
いつもならドアを開けるなり目に飛び込んできて、喉を鳴らすだろうそれですら、今は。優先順位でトップに躍り出ることは不可能だった。
ゆっくりとテーブルへと歩を進める。
國神の鍛え抜かれた豊かな胸筋と、つんと控えめに主張する可愛らしい乳首。愛おしい恋人の、エプロンからまろび出ているそれを見て……反応せずにいられるだろうか。いやいない、けれど。
國神は、自らのコーヒーをマグカップに注ぎ、俺の反応を若干不安げに見守っている。大方、エイプリルフールに併せて俺を驚かせようとしてくれたのだろう。
……嘘というか、ドッキリというか。つくづく、不器用で放っておけない恋人である。
とりあえず、今の問題は……この時間をどう引き伸ばすか、だ。
恐らく彼は驚いた俺を見て、ドッキリ大成功!といったベタな流れをやりたかったのだろうが。
……甘いな、國神。そう簡単にネタばらしはさせねーよ。
「なあ、國神。そういえば今日……エイプリルフール、だったよな?」
「……え、……おう?」
待ち望んだ単語と、けれど話の見えない俺の問いに。國神が小さく眉をひそめる。
「エイプリルフールってさ。ネタばらしすんの……午後らしーんだよ」
「え?…………! お、お前……ずりーって……!」
正確にはイギリスだけの風習、らしいけど。まあ、それも今はあまり関係ない。
分かっててやってるのも、ワガママを通そうとしてるのも、きっともうバレているハズなのに。それでも拒否しないのは、國神の甘さか、それとも……期待しているのか。
「ははっ、なんとでも言え?……俺がズルくてワガママなお陰で、今お前と一緒にいられんだからな」
「………あ…、…それ、は」
そう、俺はズルい。義理堅いコイツの弱いところに付け入るのも、わざわざこの日に愛を手渡すのも、きっと。
……二次セレクションの結果が出揃った後。実は少しだけ、怖かった。お前がもう手の届かない、俺の視界の外に放り出されてしまったようで。
「俺はお前から……絶対目を逸らさないから。これまでも、これからも」
だからこそ、帰ってきたお前をモニター越しに見た瞬間。ドイツ棟まで足を運んだあの日。意味もなく走り出したくなるくらい、燃えるように嬉しかったあの気持ちが……今も焼き付いて離れない。
だから、……ズルくて、ワガママで構わない。それが俺と、お前を繋いでくれるなら尚更。
「でもさ。いつでも……今のお前が。一番好きだよ、國神」
「……今日言うのか、それ?」
「ネタバラシは必要ねーよ、俺のは」
そう真っ直ぐに國神の瞳を見据えて言い放てば、じわりと赤く染っていく愛おしい彼の頬。やっぱ、ずりー…と小さく呟かれた國神の声は、テーブルの向かい側の俺にギリギリ届いて消えていった。
「まあ、それはそれとして。今日は休みだし? ゆっくりしような、國神♡」
「……っ、……もう、好きにしてくれ……」
諦めたように敗北宣言を掲げるフリフリのメイド姿の國神に、えも言われぬ感情が押し上がるのを止められない。このまま寝室へと連れ込みたいけれど、まずは國神の用意してくれた美味そうな朝食を味わってから。
漂う匂いに痺れを切らしたのか、グゥと小さく鳴いた國神の腹の虫に急かされて、俺もさっと椅子に座る。
「ふふっ……朝食。ありがとう、國神」
「あー……楽しそうでなにより。いただきます」
「いただきまーす!」
朝食を食べて、家事を片付けて……そしたら二度寝と洒落込もう。ごま油の香る優しい味わいのスープを啜りながら、そんなことを考えていた。
時計の針がてっぺんを指すのは、まだまだ先の話である。