御礼拝 主が『ミサを行う事にする』と云うのは、いつもの思い付きだろう。屋敷には祈りの場など無いので、リビングに皆で集まる事になった。昼の12時を目安に、日曜は祈りや懺悔を行うのだ。
「それでは、この一週間の報告を、私から」
定例会の様な物だろう、と、執事たちは少し侮っていた。この主はかなりブッ飛んでいたのだ。
「私は今週、セフレを全切りしました」
馴染みの無い言葉にキョトンとする者も多い。その様子を見て、主は少し笑った。
「そうだね、この世界には“セックスフレンド”なんて感覚は無いかもね。私の世界は避妊術が発達していてね、性行為にリスクを負わない事ができるの。完全ではないけどね。」
淡々とした主の話す内容は、耳を塞ぎたくなる物だった。
「近い言葉は、売春婦、かな。まぁ、私は金銭の授受はしてないけどね。」
誰が、どんな基準で、主に触れる事を赦されるのだろうか。金銭が関係しないのであれば、それは我々では駄目なのだろうか。
「私は嫌いなんだよね、性行為。でもほら、不眠に効くかな、ってね。全然意味無かったから、切った」
主の世界では、不眠には薬で対処していると云う。それでも効かない時の、手段の1つなのだろう。
「でもね、不眠は、こっちに来て皆が添い寝してくれたら大丈夫になるから、もういいの。他人との接触は苦手なんだけどね、皆は違うね。」
続けて、主はにこやかに微笑む。
「そして、皆さんに朗報です。私は今回の件で、知人・友人が片手に収まるようになりました。私が向こうの世界に思い残す事なんて、殆ど無いんだ」
嬉しそうなその表情が、晴れ晴れとした心を表しているのかもしれない。
「私は基本的に存在価値が無いんだけど、皆にとっては必要なんだよね。だったら、私は必要とされる世界で過ごしたいなって。まぁ…皆が何でもやってくれるから楽、ってのも一理あるけどね。」
嗚呼、この御方は、と執事たちは内心溜息を吐く。こんな素直さに、絆されないわけがない。
「以上が私からの共有事項かな。個別にはあとから聞くから、全体共有はある?ベリアン、ハウレス、ルカス、ミヤジ、直近の報告はあるかな?」
「いえ、主様にお伝えすべき事は特に無いかと存じます」
ベリアンが静かに発言すると、ハウレスとルカスとミヤジもそれに同調した。
「わかった。あとは…うーん…個別にヒアリングを行なってゆこうかな。気になった人には声掛けるし、何かあったら私の部屋に来て。懺悔でも何でも、受け容れるよ。私は皆の主だからね。」
そう言って悪戯っぽく笑う。
「じゃあ、今日の“ミサ”は終わり。毎週、こんな感じで行うから、忘れずにね」
その場を閉幕しようとする主に
「あの、」
フェネスが声を上げた。
「主様、何故“ミサ”と呼ぶのですか?定例会、でも良いのでは…」
「それはね、」
少し、遠い目をした主は、声のトーンを落とす
「私が懺悔を行うためだよ。許しを乞うつもりは無いけど、罪は認めないとね。」
よく、わからなかった。大抵、主の言動は理解し難い事が多い。気にしては負けなのだ。
「懺悔があったら、私の部屋のベルを鳴らして。自室に居る事が少ないのは皆わかってると思うけど、呼んでくれれば飛んでゆくから。私の可愛い可愛い大切な執事のためだからね。」
主様を呼び立てるなんて、という呟きを圧し潰すように主は唇に人差し指を添える。
「私はこの屋敷で過ごす事を気に入ってるんだ。皆の事を護れるのは私だけだしね。私は皆を護りたいの。だからなるべくこの屋敷で過ごしたい。そして、皆の事を把握していたい。宜しくね。」
肯定しか許されない、そんな圧。なるほど、この主は、やはり抗う事は許さないのだ。執事を存分に甘やかし、自分だけが背負おうと云うのだ。その数ミリグラムさえ、持たせてはくれない。頑固だ、と、執事は思う。それが故に、支えていたいのだ。
各々が、心に何かを決めた、そんな日だった。
END 2023.09.30
改定 2023.10.25