渋谷の一件以前から祓い屋と呼ばれるニンゲンについては認識していた。適合者で刑事というのは動きやすいだろうが我々祟り屋と呼ばれる存在にとっては特別視するほどでもなかった。
般若面の男の人体実験を受けるまでは。
飛躍的なエーテル能力の上昇とそれを操る器用さとバケモノと渡り合える胆力。
祓い屋としては百年に一人と言えるほどの逸材だった。
その人間性を除けば。
以前の祓い屋であれば我らの場に引きずり込んだとしても協力を取り付けることは不可能だっただろう。
あの青年が男を変えた。
適合者ではあるが決して強くはない未熟な子どもが。
「あ、祟り屋さんだ」
寂れた地下街の一番奥の閉まりきらないシャッターを覗き込んだ青年がこちらに気付いて礼を示す。一番若いのが手を振り返すとさほど警戒することなく入ってくる。
「子狐の霊を見ませんでしたか?」
これくらいのと手で示す。
遂に管狐を使役するようになったかと思えば知らぬらしく首を傾ける。
その無防備な首に腕が回される。
「管狐っつーのは狐や鼬の姿をした妖怪で竹筒なんかで飼育すんだよ」
「KK!」
青年は気配を消して近づいてきた男に驚くが我々は既に把握していた。
「オマエ、本当に索敵ヘタクソだな……すぐ血童に突っ込むしよ」
「う……しょうがないだろ慣れてないんだから」
青年が慣れないのは魂だけの時から男が細やかに注意を促していたから。また男の気配に気付きにくいのもその存在に慣れきってしまっているからだ。
無論我々の誰も指摘はしないが。
「で、何で狐の霊を探すはずが祟り屋なんかを見つけちまったのかね、オマエは」
整髪したであろう頭を掻き回されて青年が文句を言う。しかし男の鋭い視線は我々三体に向いている。
それでもそれは明確な敵意とは違う。腕の中の青年を護るための威嚇だ。
確かに青年は元々の性質か一度男の魂をその身に宿した経験からか非常に向いている。男もわかっていて我々と接触させないようにしている。
ここに目的のものはないとわかると二人は挨拶をして去った。
「やれやれ、どうして結界を掻い潜って入ってくるのやら」
祓い屋さえ気付かない歪みに何故か青年は潜り込んでくる。邪気のなさ故か体質のお陰か。
「まるで猫のようだ」
「旦那のネコだけに?」
上手いことを言ったつもりらしい射手に恋仲ではなかろうと棒使いが諌める。
「でも旦那はネコに夢中でしょ。 捕獲して贄にしたら旦那も此方にこないかな?」
「アレは駄目だ」
アレは猫の存在で自我を保てている。一度怒りに我を忘れれば悪鬼と化しこの世のみならず彼岸をも喰らい尽くすだろう。
「猫を依代にする方が良いだろう。 祓い屋に接触された時の反応からして好意があるが自己肯定感が低い」
確かにそこを利用すればこの世を祟るようになるだろう。
何しろ相棒や妹のいない世界を呪って書き換えたのだから。
「現段階でも利用価値は高い。 藪に手は出さぬものだ」
棒使いは素直に、射手はやや不満げに同意して我々再び儀式を始めた。
子どもは大人の言うことを聞かないものだ。やれやれと肩を竦めながら戦況を見守る。
男が大きな攻撃で注目を集め的確に防御や回避しながら異形を一ヵ所に集める。
「今だ暁人!」
合図にあわせて隠れていた青年が極限まで冷却した水のエーテルを放つ。それは空気をも凍りつかせ異形の動きを止める。
「よしっ!」
直ぐ様男が火のエーテルを放つ。急激な温度の変化に爆発が起き、弱い異形はその衝撃で弾け飛ぶ。
辛うじて残った大型の核を青年がワイヤーで絡め破壊しようとする。しかし咆哮し抵抗するバケモノに決定打を与えられず逆に引きずられそうになる。
「暁人!」
その身体を男が後ろから引き寄せ、指を絡めるように手を取ってワイヤーを引く。
咆哮は絶叫に変わり、核は砕け散りエーテルに変換される。それらを吸収して青年は詰めていた息を吐いた。
「ありがとうKK、助かったよ」
男は青年の爆発のせいか乱れた頭を整えるように撫で、自然に頬に手を移動させる。
「言っておくが助かってるのはオレの方だからな」
オマエがいなきゃオレ一人であの数と戦う羽目になっていた。オマエのお陰でほぼ無傷でエーテルもさほど消費せずに済ませられた。それに二人だとド派手な技が使えて気持ちいいだろ。
それらの事実は青年の不安を拭うため、結果的に男を信頼させるために労力を払って語られる。
事実最後の言葉になんだそれと笑った青年はもっと頑張るよと宣言して男の手に自ら擦りよった。
以前であれば意図や距離感を掴めず困惑していたが、今は微笑みを浮かべて男を見つめ返す。
こちらも魔性の素質がある。感心していると殺気を感じた。
言うまでもない祓い屋の男だ。
我々も出歯亀を望んではいない。
「洋画ならこのまま濃厚なキスをしてベッドシーンなのに」
懲りない子どもの頭に棒が飛ぶ。
「あの感情で動く男があれだけ慎重に動いているんだ。 あるいは未だだろう」
「男でも純潔って価値が上が」
飛んできた矢を防御陣で受け止める。
言うまでもない祓い屋の青年だ。
憤怒からか羞恥からか真っ赤になって震えている。
「見世物じゃないんだからな!」
「ウチの恥ずかしがりは人前じゃさせてくれねえんだから引っ込んでろ」
「当たり前だろ!」
キャンキャンと吠える仔犬を宥める男の表情は悪鬼には程遠い。
「猫じゃなかったのか」
「使い分けるから良いのだろう」
あの二人がお互いに夢中な内に消えるぞ。
今度こそ二人とも大人しく従った。