人のような道具、道具のような人「おや、雫さん」
「アンタ、ここに来れたんだな」
「主が力をつけましたのでぇそれでぇ、案内をお願いしても?」
「誰もいなからないいぞ」
「ありがとうございます。雫さんはお優しいですねぇ」
そこから、不思議な屋敷を雫が先導して咒を案内した。広間、空いている個室、すでに居る鬼哭の個室、厨、厠、風呂場、広すぎる庭、道場、ありすぎるほどだった。それでも、咒は他の鬼哭の呼名と顔を一致させるのに必死だ。
「殆どのお方がローさんに似ている」
「そうか」
「なぜでしょうねぇ。まぁどうでもいいかぁ武器であることは変わりないですし」
「アンタ……」
「はぁ、だってわたくしたちは武器でしょう? 主の為ならば折れることも視野にいれてますよぉ」
咒は何を言ってるんだと言いたげに雫を見上げた。さも、あなたもでしょう? と、言いたげに目を細めて笑っていた。雫にはそれを否定するわけではないが、それなんだ寂しいと思うヤツが居るのではないかと感じたのもしれない。
「おれなんが烏滸がましいかもしれないが」
「はい」
「それは寂しい考えだと思うヤツが居ると……おれは思う」
「そいうもんですかねぇ。まぁ確かにそれだといいですねぇ」
咒は納得したのか、表情を変えず声音が少し柔らかくして雫に問いかけた。
「お次は何処へ案内したしてくださるんですか?」
「必要な所は終わった」
「そうなんですか、では厨にもう一度案内していただけませんか?」
「何が目的だ」
「お礼にちょっとしたお菓子でもと思って」
「いい、おれは味の好みがない」
「食えないわけではないのでしょう?」
「そうだが」
「では、見て楽しむ菓子で作りましょう。一緒に他の鬼哭に配ってくださるとありがたいです」
「はぁ、しかたない良いぞ」
「ありがとうございます」
二人は厨に戻って咒は雫に使っていけない食材はないか聞いてからいくつかの調味料と食紅、寒天粉、こしあんを出して深めの底が抜ける木枠を選び取ってから咒は左足にあるポーチからヘアゴムを取り結い上げて狩衣を小さく畳んで邪魔にならない位置に置いた。
鍋に水を沸かして粉寒天を入れて混ぜてから、弱火にして砂糖と食紅をほんの少しだけを入れ煮詰め咒の手にはどこからともなくアラザンがありそれをいれほんの少し溶かして、粗熱取ってから底を入れた木枠にゆっくりと注ぎ冷蔵庫に入れから、咒は大きめの水筒を見つけ出したらしくそれを片手に雫に質問をした。
「こちら使っても平気でしょうかぁ? こちらの茶葉も」
「平気だ」
「あらぁ、良かったでは少々お時間頂きますねぇ。羊羹を作ってますので、お茶もご一緒に」
そう言ってから茶葉適量を水筒に入れて蓋が閉まる程度の水を入れ蓋を占めた。そこから咒は水筒を立てて放置して再度雫に話しかけた。
「ここはなんのでしょうか?」
「知らん。おれたちみたいなのが『居る場所』だ」
「わたくしたちみたいなの『ある場所』ですかぁ。雫さんは優しい方ですねぇ」
「おれなんが優しいわけ無いだろ」
「左様ですか」
羊羹を固める時間があるので会話して時間を潰そうとしたが、すぐに終わってしまったので、咒は筆と短冊の形をした色紙を出して筆の紐がある部分を顎で潰して考える姿勢をとりしばらく固まった後、サラサラと文字を書いた。
〖他を思い 己省みず 他に思われるが 己のみ知らず 他が憂い 己も憂う〗
「うーん違いますねぇ」
そう言って墨が乾いてから手裏返してテーブルの端に色紙を置いてもう一度考える。
〖黒衣の君 多くに 青きエゾギク贈られ 紅い瞳丸め 黒衣の君 他に花を飾られる〗
「これですかねぇ。おや丁度」
咒が納得いく歌ができたらしく、顔を上げ筆はいつの間にか消え短冊を重ねて置いた。筆を取ったので手を洗い羊羹の様子を見てある程度固まったのを確認してから、再度鍋に水を入れ湯を沸かし粉寒天を入れてから砂糖とこしあんを入れてから中火で熱して混ぜ合わせてから火からおろして粗熱を取ってから冷蔵庫から取り出した羊羹に再度流し込んでもう一度冷蔵庫にしまった。
そして、無言で二人は向かい合ったまま、咒ニコニコとして雫は若干不信感を抱いた視線を送っているが気にする様子はまるでない。
「おれなんかを見てて楽しいか」
「ええ、楽しいですよ。構って頂けますから」
「おれは別に…構ってなんか…いない」
「でしたらぁ、爺の勘違いですねぇ」
またもや、会話は打ち切りになった。
「おい、後どの位だ」
「そうですねぇ。あと20分くらいでしょうかねぇ?」
「さっきはなにを書いてたんだ」
「ただ、興じたそれだけです」
「そうか」
「はい」
またもや打ち止めとなったので、二人はなぜかお見合い状態で時間がすぎるのを待った。
「丁度ですかねぇ」
咒は立ち上がって冷蔵庫の中にある木枠を揺らして表面が波打たない事を確認してから取り出してまな板の上に枠をひっくり返して枠を外して底の部分をそっと外して、一振りに二切れ渡るようにタンタンと包丁を鳴らしながら羊羹を切る。
「味見いたしますか? 信用できない爺ですし毒味が正解ですかねぇ」
「おれなんかの分もあるのか? 他のヤツ方が喜ぶぞ」
「不公平じゃないですかぁ。お近づきの印なのに一振りだけ無いのは。はい、お茶も入れますよぉ」
卑屈を無視して咒は皿に羊羹をずらして飾り付けてから、コップに水筒で作っていた水出しのお茶を注いだ。
「はいどぉぞ、爺特性天の川風羊羹です」
「……頂く」
「はぁい」
そこには水色とキラキラと模様がある羊羹が鎮座してるが、一口食ってみると極端に不味い訳ではない普通の羊羹だった。
「不味いとかありましたか?」
「おれなんかに感想を求めるな……不味くはなかった」
「それは良かったです。じゃぁ配り終わるまで手伝ってくださいな。爺は皆を把握できておりませんので」
「なッ」
「お願いします」
「はぁー、しかたない」
「ありがとうございます」
そして、皆に配り終え厨に戻ると若干人混みができていた。
「あらぁ、厨になんの御用でしょうねぇ皆様」
「知らん」
他の鬼哭の会話を盗み聞くに短冊が二枚だけ裏返しに置かれており名前がないかと確認したところ、綺麗な文章が書かれていたらしい。
「わたくし以外にも、歌を吟じる方がいるんですかぁ。ぜひ見てみたいなぁ」
そんな何気ない咒の一言でふたりの目の前に短冊を見せてもらった。
「本当にきれいな文だ」
雫が感心するようにつぶやいた瞬間、咒がアッとした表情を見せた。
「あ、これわたくしが雫さんを吟じたものですねぇ」
いやぁ、こんなに褒めてもらえるとは爺ビックリといった軽口をはたいてカラカラ笑いながら使用した食器を洗うために流しへと咒は消えて、雫はその場で赤面して固まった。
-終わり-
−青いエゾギクの花言葉あなたを信じているけど心配−
咒爺が吟じたものの解説(解説:咒)
他を思い 己省みず 他に思われるが 己のみ知らず 他が憂い 己も憂う
雫さんは他者をおもんばかる心はあるけれど自分を顧みない性格ですし、皆の不安や悲しみが移るでしょう? それに対して雫さんは他者を憂うのでしょうねぇ。己を顧みる大切さを学んでほしいですねぇ
黒衣の君 多くに 青きエゾギク贈られ 紅い瞳丸め 黒衣の君 他に花を飾られる
雫さんは真っ黒い服を着ているのでぇそれに、ほかの鬼哭に大変愛されてます。だから心配をされる。自己犠牲に走っていないかですから、いっそのこ心配が目に見える美しい形をしたら暫くは気にしてくださるではぁ? と思ってぇ