第一話 「起・全ては過ち、或いは正しかった」後編◇
皆で約束事を決めた後。
それぞれで教室の中を探索することになった。
でもいつも使う教室だから違いがあればわかるはずだ。おかしいとこなんて…
◇
軽く教室の全体を見渡す。いつも通りの教室だ。教卓に黒板。机が4つ。一つには花瓶が置いてある。
先生は他殺の可能性が高い。
そう結論づけるまでそう時間はかからなかった。
自殺じゃ腹部に包丁を刺す事はないだろう。包丁は家庭科室のものだとわかる。
危ないと思い包丁を抜いた。包丁によって空いた穴を埋めるようにそっと血が流れる。床に広がった血溜まりにぴちゃんぴちゃんと溢れた。
まだ、まだだ。
なにも見つけていない。進展がない。
焦りが胸を焦がす。
早く。早く。犯人を捕まえなければ。
◇
その机には必ず綺麗に咲いた花の花瓶が置かれて居る。
この机は誰の為の席なのだろう。
「先生はなぜこの机に花を?」
いつだか誰かが溢した疑問。
「だって寂しいでしょ?」
先生はいつも通り笑顔で答えた
沈黙の後搾り出すように言った言葉は
「それは…残酷ですね」
誰にも届かない
◇
なんとなく、自分の机を見た。身に覚えのないカッターが出てきて思わず驚く。
しかもそれは昔から自分が使って居るもので家から学校へ”持ち出していない“ものだ。
何かがおかしい。
何かが起きたそのことが紛れもない事実だと言うことがわかり顔を顰めた。
◇
真実は、きっと、僕たちが一番望まないものなのだと思う。でも僕らは前へ進んでしまった。引き返すことはできない。
◇
充分に調べ終わってから、崩れるように席につく。
他二人も終わったのか席に着く。
「これ知ってる?」
そう影慈が言う。
取り出したのは一冊の大学ノート。ぼろぼろだった。
表紙には丁寧な字で”みんなでやりたい事ノート“と書いてある。
突然よぎる知らない記憶。
「_______」
黒く塗り潰された人影が優しく微笑むようなそんな風に感じた。胸の奥が締め付けられるように痛む。
インクが水に垂れて水を黒く濁らせらせるように影響されるには十分すぎた。
さっきのはなんだ?知らない。
でも懐かしい。
彼は誰だろう…。彼?目の前がチカチカする。
◇
「あのね、_。これからも____。」
ごうごうと風が吹く。
君を消すように。
君の声が届かないように。
君が消えてしまう!
急いで手を伸ばす。
なにも掴めずに終わった。
暗転
君だけがいない。
◇
チカチカと視界が点灯する。ゆっくり現実に戻るように。気持ち悪い。
「大丈夫?二人とも変だけど」
影慈が心配そうにそう言った。
「二人は何か見つけた?」
「花瓶の席って誰の席なん?」
「そういえば…ずっと花瓶置いてあるね」
犀がスケッチブックを抱えながら言葉を溢す。
「なんのための花なんだろう…」
「こう、ポツンと置いてあると縁起悪く感じるんやけど…」
「同感」
と影慈はうなづく。
「先生の性格的に無意味に置くわけではないと思うんだけど」
犀の意見は最もだった。
どうして
ここに花瓶を置いて居るのだろうか?
生徒数はずっと三人だ。
いらない机なら仕舞うべきだ。
なのに先生は片付けなかった。
何故?
なんの為に?
◇
教室のドアが不自然に開く。
廊下には誰もいない。
話すべきことは山のようにある。
決めなければいけない事も。
真実に近づくためにも。
◇
開いたドアを呆然と見つめる。
今までどうやっても開かなかったのに。
どうして今?
「先生の死因だけど」
犀がそう切り開く。
「自殺じゃないと思う。」
そう続ける。
「だって、縄に先生が引っ掻いた後があるんだ。だからきっと」
だから
きっと
死にたくなかったんだと思う
心地いい声が響く。
◇
今ある情報から導き出されるのは
一つ、先生は死にたくなかった
一つ、先生はおそらく他殺で殺された
一つ、何故か教室のドアが開いた
一つ、花瓶のある席はなんの為のものかわからない
花瓶の机は保留。
先生を殺した犯人は学校の中にいて、教室を密室にしたのも先生を殺した犯人なんじゃ?
そんなことが頭に浮かぶ。
殺人犯が近くにいる可能性がある。
それは、恐怖心を抱くには充分すぎる情報だった。
◇
先生の死体の見栄えを良くして学校内を探索する事にした。極力単独行動は避けるようにそう取り決めをして。
先生、絶対先生の仇は取るからと誓いを立てて。
◇
認識論
認識という行為は、人間のあらゆる日常的、あるいは知的活動の根源にあり、認識の成立根拠と普遍妥当性を論ずることが認識論である。
◇
誰もいない筈の教室に話し声だけが響く。
「ねぇ先生。」
「…」
「皆はおれを見つけてくれるかな」
期待に満ちた声がそう言った。
花瓶のある机に座って足をぶらぶら子供のように揺らして。
「おれはね先生」
一人話しかけてた声が止まる。
誰もいない教室に風が吹く。何かの痕跡を無くすように。
_皆とずっと一緒にいたいんだ。いたかったんだ。
願いは誰にも届かない。
◇
夏の暑さで皮膚に滲んだ汗が気持ち悪い。
ジメジメとした熱気と澱んだ空気が教室の中に渦巻いていた。
「また明日!」
元気よく、爽やかに挨拶したのは先生だった。
優しくて笑顔の似合う先生。
教室で血溜まりをつくり倒れている先生。
同じ人物なのに脳が拒否したかのようにこれは先生ではないと訴えた。