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    マグネモ

    創作の文や設定まとめ

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    マグネモ

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    創作 エィエスと鶏の話

    「他の肉が食べたい」
    とある日の昼下がり——この霧と蒸気に包まれた薄暗いリバサイド・ディストリクトには温度上昇も日射量の増加もないが———薄汚れたテラス席に座る女がフォークで鶏肉をつつきながら言った。彼女の名はエステラ。ローズマリーとレモン汁、それと少しの胡椒が効いていて生臭さを感じさせないように仕上がっているこの料理に舌鼓を打っている。これは階級的にほぼ最下層にいる彼女にとっては贅沢品である。
    「なぜだ」
    彼女の問いに答えたのは、向かいに座っている額に大きな傷のある痩せ身の色黒長身男。彼の名はエィジ。PMC、クリベッジのコード7789、長期戦闘任務専門の腕利きの兵である。彼は何も頼まずに、ただ背筋を正してエステラが食べているのをじっと見ている。
    「かなりのお金を出しておいてアレだけど、添え物以外はいつもと同じもの食べてるから…いつも鶏肉けれど、飽きないの」
    「タンパク質とナイアシンが入っている。…メチオニンもあるからお前にもいいだろう」
    エステラは眉間を抑えた。このままでは平行線である。なぜならエステラは栄養の話ではなく味や食感の話をしたいからだ。エィジは食について恐ろしい程にこだわりがない。
    「亜鉛が少ないから…」
    「卵でとれる」
    淀みなくエィジが答えた。エステラは彼と付き合い始めてから、精一杯遅めの食育を施してきたが未だ効果は出ていないらしい。1時間粘り続けてやっとパーチとコイの違いをわからせることができた程なのである。
    「そうだけど。そうだけどそういうことじゃない」
    「では何だ」
    「味と食感の話よ」
    「そうか」
    それきりエィジは黙ってしまった。本当に興味がないのかな、あまり無理強いするのも良くないなとエステラは考えて目の前の食事に集中した。普段食べている鶏肉より砂が少なく、食べた後の不快感も薄い。口に入れた瞬間口鼻をくすぐる香り。彼も少しは食の楽しみに目覚めれば良いのにな、とエステラは残念に思った。


     3日後、就寝前の自由時間にて。
    「この間の話のことだが」
    エィジが腕いっぱいに帳簿を抱えてエステラに近づいてきた。
    「この間の話って?」
    「味」
    そう言いながら、エィジは帳簿をパラパラめくった。
    「確かに同じではないな。1号から70号までには雑穀の餌を与えていたのだが、その後の米を混ぜた方が肉質が良いとカネスが言っていた。なんでも脂身が減って肉のキメが細かくなったらしい。あとカネスがふざけて酒を飲ませた93号は肉がやわらかかったと書いてある。…」
     淡々と話し続ける己の恋人に、エステラは頭が痛くなってきた。エステラとエィジは付き合ってまだ半月であるし、食事を共にしたことも数回しかない。ちなみに同衾もまだである。彼が食事に興味がないということはわかっていたが、まさかこれほどとは。エステラは頭を掻きむしりたい衝動に駆られたが、放出できる分の感情エネルギーがキャパオーバーして項垂れることしかできなかった。
     「…それで食料給仕に聞いてみたら、その年のものにはロード・アイランドレッドの兼用種の混血だったらしい。確かに脂肪球は細かかった気がする。ジャクサは卵用タイプの純血を飼っているそうだが….」
    「ちがうのよエィジ、そうじゃないのよ…」
    「そうか、気分を害したのなら謝ろう」
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