アイコンタクト.
アイコンタクトとは
② 敵意を示す──威嚇する為に睨む。相手に敵対心やライバル心を持っていると凝視することがあり、これは相手から攻撃を受ける可能性があるときに目が離せなくなるという動物的本能からくるものだと考えられる。
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「茨ぁ〜、ここ一緒にやってくれません?」
新曲のダンスの通し練習を終え、各々個人練習を進めていた時のこと。
「いいですよ、どこをやります?」
「サビ前のあそこなんすけど……」
「あぁ、さっきジュンが躓いてたところですね!」
「それ言わないでくださいよぉ〜!」
タオルで汗を拭きながら応える茨は、確かにジュンと目を合わせて笑っていた。
ワンツースリーフォーファイブシックス……
カウントを取りながら、ジュンが自信の無いところを重点的に練習する。隣で踊っている茨はとても楽しそうで。その屈託のない笑顔を見ているだけで、心がじんわりと暖かくなっていたのだけれど。
「…………。」
ただ、最近はその笑顔の矛先が自分でないことを思い知る度、迫り上がる何かに気付かないふりをしている。
「うおっ!?」
キュッキュッ、とダンスシューズの奏でる音が1つ消えたと思うと、床にジュンが転がっていた。
「ジュンくん、何してるんだね」
「転がってますね」
「全く!自分の足が絡まって転んでるようじゃまだまだだね!」
「うぅ〜、ここのステップ難しいんすよぉ……」
「成功率は今のところ30パーセントくらいですよ、ジュン」
「問題点をしっかりと洗い出さないとだね。仕方ないから僕も練習に付き合ってあげる!」
「ほんとっすかぁ!?」
「殿下、素直じゃないですね」
「うるさいね茨!!」
日和くんと話すときの目も、柔らかな曲線を描いている。作ったものではない、自然な笑顔。……でも、私には、
「凪砂くん!もう1回みんなで通してみない?」
「…………あ、うん。わかった」
私が立ち上がると、全員の視線がこちらに向くのがわかる。深呼吸をして、ゆっくりと1人ずつ目を合わせた。日和くんはみんなで切磋琢磨しながら練習できることを喜んでいるようで、ジュンは練習に付き合わせることを少し申し訳なさそうに思っているような感じ。日和くんとジュンについては、その視線だけで何を考えているかすぐわかるけど。……茨は……、
「……っ、」
目が合った瞬間、ギラリと鋭い眼光に睨まれる。眼鏡の奥にある海色の瞳の、想像より激しい目付きに思わずたじろいでしまった。………どうして?
「……凪砂くん?」
「……あ、」
「ナギ先輩、少し顔色が悪くないですか?」
「……うん、大丈夫」
……分からない。いつも“こう”な訳ではないから余計に掴めないのだ。私にだって普通に会話をして、視線を合わせて、笑いかけてくれる時も勿論ある。……だけど、どうしてか。最近ふと目が合ったと思えば、茨は私のことを睨んでいて。
日和くん、ジュン。彼らにその視線を向けたことを見たことは1度だってないのに。……私だけ。私だけに、その激しい目付きで見据えるのは。ぐるぐると自分の中で沸き立つ感情に名前を付けることができない。悲しくて、寂しい。ねぇ……茨、どうして。
「……ごめんね。大丈夫だけど、少し気持ちが落ち着かなくて。外に出てくるね」
バタン
「…………、」
シン、と静まり返ったダンスルーム。
「茨」
「……、はい?」
「今のは誤解されても仕方ないね」
「見すぎですよ、茨」
……はて、どういうことでしょうか。
◇
アイコンタクトとは
①好意や関心を示す──人は好きな人を無意識的に見る。好意や関心、興味がある相手を見つめて好意を示す。意識的に見るのは、相手の好意を確かめようとするとき。
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奥底に仕舞っていた気持ちを認めた時、世界は確と色付いた。共に時間を過ごして、会話を交わして、同じ舞台の上で肩を並べて。今まで何とも思わなかった些細なことが、何事にも変え難いものへと変化していく。そうして膨らんで吐き出したくなる衝動を抑えながら日々を過ごしていたけど。余りに近過ぎて、その光に貪欲になってしまった俺が無意識の内にでた行動。それが“アイコンタクト”だった。
“目を合わせる”。たったそれだけのことで、得られるものはとても大きい。目を合わせれば彼の朱に捕らえられ、ゆるりと微笑むその美しいかんばせをじっくりと堪能することができた。触れる勇気も度胸もない俺にとってその手法は最も手軽で、何より好意が悟られづらいという点も素晴らしい。そう気付いてしまったら、強欲な俺はもっと、もっと、と。何時しかやめられなくなってしまったのだ。
「今のは誤解されても仕方ないね」
「見すぎですよ、茨」
「……?どういうことでしょう。それより閣下は大丈夫でしょうか?自分、様子を見に行った方が」
「ストップ!茨が行ったら意味がないね!」
「茨、何もわかってないみたいっすね」
俺が行ったら意味がない?どういうことだ。殿下とジュンは顔を見合わせて、「呆れた」とでも言わんばかりにため息をつく。……俺だけが理解できていないこの状況に、思わず眉を顰めて2人を見つめた。
「茨、その顔っすよぉ」
「は?」
「自覚していないようだから教えてあげるけど。自分の顔、鏡でよく見てごらん」
殿下が指を差した方向にくるりと体を向けると、ダンスルームの全面鏡に映された自分の顔に驚いた。
「げっ……目付き悪……」
「そうそう!その顔。それを凪砂くんにいつも向けてるんだからね!」
「はぁ?」
「はぁじゃないっすよ、ナギ先輩を見る時の目、最近はより凶悪になってるの気付いてなかったんですか?」
「は、はぁ……!?」
嘘だろ。2人から告げられた衝撃の事実に困惑する。……このクソ悪い目付きで、閣下を?最早、睨んでいると言っても過言ではないのに。まさか。
「凪砂くんが出て行った理由。分かるね?」
「相方にそんな目で日常的に見つめられたら、俺しんどいっすよぉ」
「…………。」
今日までの自分の行動を思い返して、背筋が凍る。見つめるだけ。何度も試しても怪しまれなかったそれに、調子に乗って最近頻度を増やしたのがいけなかった。レッスン中、楽屋、事務所、談話室。移動中や、リハの時も。彼の存在をいつも感じていたかった。一瞬足りとも逃したくなくて、じっくり目に焼き付けるように。そうしていく内に、目が悪いのも相まって眼光が鋭くなっていたに違いない。最近はアイコンタクトを取っても、笑顔の閣下を見ることが少なくなっていたことに今更気付くなんて。……だけど、気付いたのなら。嗚呼、今すぐ閣下の所へ行かなければ。
「私用を思い出しました。少し出ます」
会って何を話すのか。ノープランで戦略も何も立ててないのに飛び出すなど、全く無能のやることだと思うが。足を止めることはできなかった。理由は後から考えたって遅くない。最優先事項は何時だって、貴方ただ1人なのだから。
◇
「……正直、あんな熱烈な視線を浴びて気付かない凪砂くんも考えものだね」
「ほんとっすよ。あんなの、ほぼ好きって言ってるようなもんですからね」
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