アイラブユーを叫べ。※虎於38歳、トウマ37歳
※名前の無いモブが出てきますが、トウマに片思い(?)している描写があります。
※全年齢
お互いに恋をして、その想いを通じ合わせて15年が経とうとしていた春のこと。そういえば、若い頃に演じたカイドウは春の似合う男だったな、トウマは道路に散る桜の花びらを見て思った。
虎於が23、トウマが22になる年に2人は交際を始めた。同性同士、トウマのアイドルに対する思い、色々な壁を乗り越えて2人は交際にまで至った。2人だけの秘密の恋は年数を重ねる毎に、巳波と悠との4人の秘密に、そして5年が経つ頃には宇都木と了にも共有される秘密となった。
全員に祝福される恋ではない事は十分に理解していたが、自分たちの大切な人達に祝福されるこの恋を虎於とトウマは好ましく思っていた。
休みの日はお互いの家を行き来し、同じベッドで眠り、互いの体を貪る。朝になれば身綺麗にされた体を引き摺り、トウマが枯れた声で虎於の名を呼ぶのだ。キッチンに用意された焦げたベーコンと目玉焼きの匂いは、世辞にも美味しそうとは言えないが2人にとっては幸せの匂いでもあった。
絡む指先に光るシルバーリング、虎於の家に増えるトウマの私物、玄関先に置かれた虎と犬のぬいぐるみ。
何をとっても幸せの4文字以外有り得なかった。
しかし2人が交際を始め、15年の月日が流れた春、2人の関係が初々しさを無くした頃、トウマはある異変に気付いてしまったのだ。
先日、虎於が38の誕生日を迎えた。
もう40近い2人だ、若い頃のように毎晩体を重ねることもなければ、初々しい頃のように毎朝のキスが交わされる訳でもない。
しかし、トウマは少なからず期待もしていたのだろう。誕生日の時くらいは自分を求めてくれるのではないかと、20代の時のように激しく抱いてくれるのではないかと。だが、誕生日の夜も虎於はトウマを抱くことはなく、挙句の果てにはキス1つすらない夜だった。
トウマの目から大粒の涙がこぼれ、恋人が隣で枕を濡らしていた事に虎於は気付いていたのだろうか。
そして翌日の朝、トウマが午後から仕事で虎於は朝から仕事だった。トウマが用意を済ませた虎於の後を追い玄関先へと向かう。
トウマが小さな声で虎於の名を呼んだ。
「トラ」
「…どうしたんだ、トウマ?」
「あ…、いや、その…最近…ちゅーしてねぇなって思ってさ」
トウマは正直に虎於へ思いを伝えた。
昔から虎於はトウマの願いを叶えようとしてくれる。その願いが小さいものでも大きいものでも、虎於は叶えようとしてくれるのだ。トウマは玄関先で立つ虎於の顔を見ることが出来ず、視線は柔らかなマットの敷かれる床へと注がれる。数秒も経たずに虎於の笑う声が聞こえた。
「ふはっ、トウマどうしたんだ?行ってきますのキスなんて…俺たちもうそんな歳じゃないだろ?」
「…あ……、そ、そうだよな。ご、ごめん…」
虎於からの言葉に思わず顔を赤くするトウマ、虎於の「行ってくる」の声が遠くに聞こえたが、振り絞るように「行ってらっしゃい」とトウマは作り笑いを浮かべた。しっかり笑うことが出来ていただろうか、虎於が外に出て行ったと同時にトウマは玄関先に蹲る。
付き合った頃はこんな風ではなかった。
今とは真逆で、玄関先でキスをすればそのまま深いものに。縺れるように体を押し倒されたことだってある。
日を開けずに体を繋げ、起きた時に虎於の熱がトウマのナカに埋まったままの時もあった。
――あの頃の魅力は既にトウマにはないのだろう。
トウマが33を超えた頃からそういった夜の営みが減った。性行為はおろか、行ってきますのキスが減り、人目を盗むように繋いでいた手のひらを繋ぐことがなくなった。原因はトウマは知るはずもなかったが、確かに虎於から触れられる事がなくなったのだ。
そして決定的な言葉を突きつけられた今、トウマの心はボロボロだった。
「俺ッ…もうおじさんだもんなぁッ……!」
玄関先に置いてある姿見を眺め、トウマは自嘲するように笑う。皺の増えた首筋、顔の皺、手のひらを鏡へ向ければ若さの失われた皮膚が目に入った。芸能人だから人以上のメンテナンスはしているが、明らかに20代の頃より老けたと感じられる己にトウマが歯を食いしばる。
夜からはトウマも仕事で化粧品の撮影がある。撮影場所は違うが、虎於と同じスタジオだ。夜までに調子を取り戻さなくては。
「…昼飯は……食わなくていっか…」
虎於は年齢を重ね色気が出てきた。そういった恋愛ドラマに出ることも若い頃より増え、撮影などでも年齢に見合わない肉体美を見せつけている。
己はどうか、とトウマが姿見の前でシャツを捲る。筋肉が落ち細くなった腰、真っ白な素肌は男らしいとは言えない。
虎於に抱かれたい女性は未だにたくさんいるだろう。トウマだってその1人だ。
「……俺って性欲強いのかな…」
仕事の時間まで寝ようとトウマは虎於との寝室へと向かう。ぼすっ、と大きなサイズのベッドへと倒れれば虎於の匂いがトウマの鼻腔を擽った。
虎於の普段から使っている枕を抱き締めれば、香水の匂いでは無い虎於の匂いがする。この匂いに最後抱かれたのはいつだっただろうか。薄ら、トウマの瞳に涙が滲み、虎於の枕を濡らす。
「……もう、魅力なんてないよな、俺」
落ちていく意識の中、思い出すのは虎於の笑顔ばかりだった。