エープリルフール(2021)「やっぱりそっちの国ではエイプリルフールは嘘をつくんですか?」
⠀酒のツマミにそんな単純な疑問を降谷が尋ねる。
「あぁ、そうだな。確かに4月1日は気を抜けないが、それなりにわかりやすい嘘をつくよ。これでもFBlだからな。本気でやったら嘘か見分けがつかなくなる」
⠀確かに一理ある。ビールを煽り、降谷が続ける。
「あなたもつくんですか?⠀嘘」
「いや、あまり考えたことはないな。アカデミーの頃はやったこともあったが」
「ふ〜ん。ねぇ、なんかついてみませんか?⠀嘘」
「君も一緒に、か?」
「ええ。FBlを騙すなんて楽しそうだし」
「まぁ、君がエイプリルフールだからと嘘をつくとは思わないから、騙されやすいだろうな」
「でしょう?⠀よしっ、やりましょう」
「何か策があるのか?」
「う〜ん、そうですね。あ、じゃあ僕達が付き合い始めたってのはどうです?」
⠀キラキラとした瞳でさも名案だとでも言うように降谷が語り出す。
「1日限定で恋人のフリ。どうです?⠀楽しそうじゃないですか?」
「俺は構わないが、いいのか?」
「えぇ。存分にイチャついてやりましょう」
⠀完全に酔ってるな……まぁ、明日になればやっぱりやめよう、と言い出すだろう。赤井はそう思い降谷の提案にとりあえず承諾した。
「そうと決まれば今日はこのまま泊まります。いいですよね?」
「もとからそのつもりだろう?」
⠀飲むというのに降谷は車で赤井の家までやってきた。イコール泊まっていくということ。いつの間にか出来た暗黙のルールだった。気づけばお互いの家には部屋着やスーツなどが常備されていた。
※※
「おはようございます。今日は1日お願いしますね、秀一さん」
「グホッ!」
「わっ、もう、汚いなぁ」
⠀降谷の焙れてくれたコーヒーを盛大に噎せた。それを降谷がダスターで拭く。
「もう、そんなんじゃ騙せないですよ?」
「君、昨日のあれ、本気なのか?」
「?⠀えぇ、もちろん。赤井もそのつもりで」
「だが、その、いきなり名前呼びは……」
「え?⠀変ですか?」
「昨日の今日でそれは……それに君のキャラじゃないだろう?」
「う〜ん。じゃあ今まで通り『赤井』で」
「あぁ、それで頼む」
⠀恋人のフリは構わないが、名前呼びは心臓に悪い。赤井は安請け合いしたことを後悔し始めていた。
「よし、それじゃ行きますか」
「待て待て待て、何で助手席に座る?」
「え?⠀どうせ一緒の場所に行くんですから、乗せてって下さいよ」
「……これも『嘘』のためか?」
「えぇ、信憑性が増すでしょ?」
⠀ふふん、と得意げにシートベルトを締める降谷に溜息をつき、あかいは諦めて警察庁に向かった。
⠀庁舎につき車を降りると降谷から腕を絡めてくる。あぁ、これはあからさますぎてみんな嘘だと気づくな、と安心した赤井は、降谷の本気を見誤っていた。
⠀庁舎に入る直前にパッと腕を離す。急にいつのも距離感に戻った降谷のことを赤井は少し寂しく思った。
⠀正面から降谷の部下が歩いてくるのが見えて、あぁ、やっぱり無理だよな、とそう思った。ところが腕は離したが、右手で軽く赤井のジャケットの裾を掴む。その事でいつもより近い2人の距離に降谷の部下も一瞬驚いたようだったが、そこはお互いポーカーフェイスを貫いていた。
⠀変わったのはFBl側のメンバーと会った時だった。
⠀自分のオフィスに行く前に一緒にFBlのオフィスに顔を出す。「おはようございます」なんて普通に声をかけたが、降谷の手は依然ジャケットを握ったまま。それに気づかないビュロウじゃない。
「おはよう、フルヤ。朝から来るのは珍しいな」
「シュウと一緒に来たのか?⠀相変わらず仲がいいな」
「もしかしてやっと付き合い始めたのか?」
⠀赤井と降谷が2人で飲む仲なのは有名だ。だけど一緒に登庁してきたことは1度も無い。
⠀それに加え今の距離感。何かあったんだとしても不思議じゃない。とはいえからかい半分で聞いた言葉に否定の言葉が返ってくるとばかり思っていた。
「あ、えっと……///」
「おいおい?⠀マジで?」
「ちょっと、シュウ、どういうことだ!?」
「おいおいおい、フルヤ、顔真っ赤だぞ?」
⠀俯き顔を染めた降谷は一歩下がりさり気なく赤井の後ろに隠れる。その仕草に赤井もドキッとする。
「ま、そういうことだ」
「ヒュー!⠀何だよ、やっとかよ」
「いつになったらくっつくのかこっちはやきもきしてたんだぜ?」
「シュウのこと、よろしく頼むな、フルヤ!」
「あ、はぃ……」
⠀嬉しそうに微笑む降谷に、これは本当なんじゃないかとさえ思った。
「あ、あの、赤井。お弁当作ってきたから一緒に食べれますか?」
「あ、あぁ、もちろんだ」
「よかった。それじゃまた、お昼に。失礼します」
⠀綺麗なお辞儀をして降谷が去った後、赤井はFBlメンバーに質問攻めにされた。
※※
「上手く行きましたね」
「俺は君が恐ろしいよ」
「ふふ、FBIまで騙せるなんて僕もまだ潜入捜査官としてやっていけますね」
⠀2人でランチをとると知っているメンバーにそうそうにオフィスを追い出され、近くの公園で降谷の作った弁当を食べていた。
「これが嘘だって知ったらどうしますかね、みなさん」
「とりあえず俺は怒られるだろうな」
「ま、エープリルフールですから。騙してなんぼでしょう。今日の帰りにでもネタばらししましょうね」
⠀そうやって降谷が笑っていられたのはここまでだった。
⠀ランチを終えてオフィスに戻った直後、大規模な爆破予告が警視庁に入り、降谷はそれの対応に追われた。組織関連ではないから赤井は関係ない。
「大丈夫か?」
「ええ、愉快犯ならいいのですが」
「無理はするなよ?⠀もし俺が手伝えるようなことがあったら言ってくれ。気をつけて、零」
⠀突然の名前呼びに目を見開いて赤井を見る。今はそんな時じゃない。そう訴える瞳を軽くいなし、頭をポンと軽く叩くと少しムッとした様な顔をした。それが余計に庇護欲を煽ると同時に2人の仲を決定づけたようだった。
⠀降谷の力もあり、爆発自体は未然に防ぐことが出来たが、爆弾の隠し場所が分かりにくかったり、犯人が巧妙に逃げるせいで、警察庁に戻ったのは日付が変わってからだった。
「お疲れ様」
「赤井、まだ残ってたんですか?」
「だって君、今日俺の車で来たから足がないだろう?」
「仮眠室でもタクシー拾うでも何とかしますよ」
「あぁ、でも俺は疲れた恋人を置いて1人帰宅なんて出来ないよ」
⠀おでこにチュっとキスを落とす。あぁ、まだ続いているのか……そう思い大人しく受け入れる。その様子を公安一同が見ていたのだが、一日中犯人を追跡したり爆弾解体したりと疲れ果てていた降谷は気づかなかった。
「さぁ、帰ろうか?⠀零くん」
「ん、すまない、あとは任せた」
⠀呆然とする部下たちにその後の処理を頼むと降谷は大人しく赤井に肩を抱かれて庁舎を後にした。
⠀赤井が沸かしてくれた風呂にゆっくり浸かり、ベッドルームに行くと、おいで、と言われ、ふらふらとベッドに潜り込む。
⠀一緒に布団に入り抱きしめられるとその居心地の良さに直ぐに眠りへと落ちていった。
⠀何だか凄くよく眠れた。カーテンから差し込む光に目が覚めた降谷は次の瞬間、目の前にある赤井の寝顔に叫びそうになった。
⠀寝起きの頭で昨日の夜のことを思い出す。
(そうだ、疲れてて赤井の言うがままに一緒に寝たんだ……)
⠀そっと自分の身なりを確認する。いつも赤井の家で寝る時のスウェットを来ていた事にほっと胸を撫で下ろす。
(いやいやいや、今何を考えたんだ?⠀僕は……)
「ん、起きたのか?」
「あ!⠀お、はよう、ございます」
「おはよう、零くん」
⠀またおでこにチュっとキスを落とす。
「な、な、な、あかい!?」
「ん?⠀どうした?」
「どうしかたって、おま、今、キス……」
「おはようのキスだ。それとも口が良かったか?」
⠀頬に手を添えて近づいてくる唇を手のひらで抑える。
「んなわけないだろう!⠀何するんだ!」
「恋人なんだからキスぐらいするだろう」
「 エイプリルフールはもう終わったの!!」
「あぁ。だけど、君と俺が恋人というのは事実だろう」
「は?すはぁ?」
「『恋人同士というのは嘘』というネタばらしはしてないからな」
「へ?⠀あ!?」
⠀昨日は午後から事件に手一杯ですっかり忘れていた降谷が焦る。
「ちょっと、待って、あなたは?⠀否定してないんですか?」
「してないよ」
「なんで!?」
「する必要がないから」
「…………は?」
⠀わけがわからない、と降谷は頭を抱えた。
「さ、何か作るから、君はもう少し寝ててくれ。疲れてるだろう?」
「いやいやいや、なんで!?」
「ん?⠀昨日遅くまで頑張っていただろう?」
「そうじゃない!⠀なんで否定しないんだよ!⠀あれはエープリルフールの嘘だろ?」
⠀それを聞いた赤井が、なんでもないかのように、「あぁ」とベッドから立ち上がる。
「俺にはそれを否定する理由がないからな」
「だから、どういう意味だよ!」
⠀つられて立ち上がり、リビングへと行くが、赤井は微笑んだまま答えなかった。
⠀今日は別々に登庁するという降谷を半ば無理やり愛車の助手席に押し込み庁舎へと向かう。
「なんだ?⠀今日もこっちのオフィスに寄るのか?」
「当たり前でしょう?⠀皆さんにちゃんと話さないと!」
「……ムダだと思うがな」
⠀赤井の一言は降谷には届いていなかった。
「モーニン、フルヤ!」
「今日も仲がいいな」
「おはようございます。あ、その事ですがあれはウソですよ?⠀ほら、エープリルフールの」
「またまた〜」
「今日はもう2日だぜ?⠀種明かしならその日のうちにしなきゃ」
「フルヤも案外可愛いところあるんだな。照れ隠しにエープリルフールに報告するなんて」
⠀思わず赤井の方を振り返る。ニヤリと笑って近づき降谷の肩を抱いた。
「あまりからかってやるなよ?」
「おいおい、ベタ惚れかよ!⠀ゴチソウサマ」
「だ、だから違いますって!」
「まぁまぁ、フルヤがそんな可愛いウソつくわけないだろ?」
「そうそう、フルヤならもっとエゲツナイ嘘つきそうだもんな」
「違いない」
⠀豪快に笑う面々を見て、降谷は赤井に向き直る。
「あなた、何て言ったんですか?」
「ん?⠀『いつの間にそんな仲になったんだ』と聞かれたから『今日はエープリルフールだ』と答えただけだ。それを『嘘』ではなく『照れ隠し』と勝手に捉えたんだろう」
「それだけでそうなります?」
「実際なっているだろう?」
「まぁ、照れんなってフルヤ。シュウは前からフルヤのノロケ話ばっかりだったからなぁ」
「そうそう、『今日もフルヤ君はかわいい』とか『彼を尊敬している』とか」
「フルヤと飲みに行く日なんてあれだけ嫌いなデスクワークあっという間に終わらせるしな」
「翌日気持ち悪いくらい上機嫌だし」
「いっそ一緒に住んだらいいんじゃないか?」
⠀なおも盛り上がる面々に降谷は動揺を隠せないまま赤井をフロアの外に連れ出す。
「どういうことですか?」
「そのままだよ。俺は君が好きだということだ」
「……初耳、ですけど」
「まぁ、言ってはいないな。行動で示したつもりだったけど」
⠀そう言われて今までの赤井を思い出す。特に甘い雰囲気になったりしたことはなかったはず、そんな疑問が顔に出ていたらしい。
「俺は好きでもない人を家に招いたり、私物を置いたり泊まらせたりもしない。ましてやエープリルフールだからって恋人のフリなんてしないよ」
⠀たしかに赤井はそれがハニートラップだとしても相手に対して真剣だった。
「だからいい機会だな、って君の提案に乗ったんだ。まさかこんなに上手くいくとはな。わかったら、観念して本当の俺の恋人になってくれ」
「ちょ、ちょっと待って、理解が追いつかない」
「あぁ、ゆっくり考えてくれればいいよ」
⠀またおでこにキスをしたところに、運悪く風見が通りかかる。
「あっ……ち、ちがうんだ、風見」
「はい、自分は何も見ていませんから」
⠀即答する部下に慌てる降谷の腰を抱きよせる。
「忙しくないなら今日は早めに一緒に帰ろう昨日遅くまで無理していたからな」
「はぁ!?⠀違うぞ!⠀風見!!」
「あ、降谷さん、大丈夫です。自分は何も見せませんし、聞いていませんから」
⠀そう言って去っていった部下のメガネの奥に困惑の色が入っていたことを降谷は見逃さなかった。
「何でみんな僕の言うことを信じないんだ!?」
「信じてるからこうなったんだろう?⠀エイプリルフールとはいえ君が嘘をつくはずがない、と」
⠀赤井の策にハマった自分と、慣れないことをした自分の行いに降谷は頭を抱えた。
⠀本当の恋人になるまであと数時間。