手の届く範囲「セト? どうしたの?」
「…………いや」
じゅうじゅうとフライパンの上で焼ける音に掻き消されるくらい小さな声で返事が返ってくる。じっと見つめてもそれ以上の返事はなかった。けれど火から目を離すわけにもいかず、また手元に視線を戻す。
背後に立っているのには気付いていた。何かキッチンに用があるのかと思っていたけれど、どうやらそうではないらしい。飲み物も軽くつまめるものもなんでもあるはずなのに、それに手を出す気配もない。
ただ黙ってこっちを見ている。
「お腹空いちゃった?」
「…………いや?」
これはまたわかりやすい。笑ってしまいそうなところをぐっと堪えて手を動かし続けた。さっきからずっと視線を感じていて、けれど何も言わずに見ているだけだった。どうやらちゃんと意味があったらしい。
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