セラと、たわしの物語「よお、そこのおまえ!俺と酒代賭けて、腕相撲しないか?」
酒房「コッファー&コフィン」で、仕事終わりの逞しい鉱夫たちに声をかけるセラだが、誰も相手にしない。
「冗談じゃない。もう騙されねえぞ。ここいらの酒場でお前と力比べするバカはもういないだろうよ」
「どうせお前、今日もギル持ってねえんだろ?人に奢ってもらう事を前提に飲みに来るんじゃねえよ」
図星だった。ポケットに入っている小銭では、今日の飲み代には全然足りない。だからいつもの手で酒代を稼ごうと思っていたのに。
長い髪に童顔で中性的な顔立ち、青白い肌と小柄で華奢な体つき。たいていはこの見た目で甘くみられる。
そんなセラフィタが、筋肉隆々の傭兵や採掘師たちと腕相撲の勝負をし、勝ちまくってタダ酒タダ飯にありつく姿は有名だった。
「ふん……つまんねえ。図体だけはデカい男が揃いに揃って、腰抜けばっかだなあ!まあ貴様らごときがこの俺に敵うはずもねえか!」
店の外にやってくる汚いキキルンでも追い払ってやる代わりに、今日の分はツケにしてもらうか……などと考えていると。
一匹の小さなスプリガンがよろよろと店に飛び込んできた。泥と埃だらけで汚れていて、つぶらな目からはポロポロと涙をこぼしている。
セラフィタの足元にやってくると、舌足らずな言葉遣いで助けを求めてきた。
「オレ ヨワイ。イツモ イジメレレル。オマエ ツヨイ! タスケテ……」
他の個体より小さくて弱いそのスプリガンは、同族から馬鹿にされ見下されていた。
自分が見つけた鉱石をいつも誰かに横取りされて、代わりに腐った生ゴミを投げつけられて、嗤われてばかり。
そんな時、銅山で採掘師たちが仕事の合間に噂をしていた。
―― セラフィタには誰も敵わない。女みたいな見た目してるくせに、自分よりも大柄な男を簡単に力でねじ伏せる。
スプリガンは、後生大事に持っていたアメジストのかけらを報酬に、セラに依頼をしてきたのだ。
何日も鉱石を食べていないから、おなかがぐ~ぐ~鳴っている。
「へえ、ちょうど良かった。酒代に困ってたんだ。今夜はこれで支払うとするぜ」
ひとかけらのアメジストは、彫金師が加工の際に捨てた二束三文の価値もない廃石。
どう見ても酒一杯分にもならないガラクタだったが、セラはその依頼を受けた。
「だが……。誰かに助けを求めるんじゃなく、テメエで強くなってアイツら見返してやれ!お前、今日から俺の弟子だ」
「セラ、オレノ シショー!」
セラはこの小さなスプリガンにモンクの技を教え、弟子にすることにした。
「弟子にすんなら、なんか名前つけねえとなあ」
「カックイイ ナマエ シテ!」
「……たわし」
「タワシ??」
「黒くてゴワゴワで、台所のたわしみたいだよなあ。よし!今日からテメエの名前は『たわし』だ!」
しかし弟子入りしたものの、たわしに与えられる修業は、風呂掃除や皿洗いばかりだった。
お掃除使い魔スポンジシルキーのように、自分の体に洗剤をつけて、全身を使って大きな鍋の中に飛び込んで焦げを落としている。
たわしは毎日、文句ひとつ言わず、くるくるとよく働いた。家じゅうをピカピカに掃除して、鍋もフライパンも新品のように磨いた。
そして冒険者として戦う師匠の後ろをどこでもついて回った。
わかってる。弟子は師匠の背を見て学べという事だな。技は見て盗めということか。具体的な事は何も教えてくれないけど、目の前で師匠の華麗な動きを見て、たわしも細い手足を振り回して素振りする。
そして決戦の日がやってきた。
シラディハ遺跡の前で、スプリガンの軍団と対峙するセラフィタとたわし。
「テメエらか!うちの たわしをいじめてたヤツらってのは。さあ、たわし!鍛え上げたその技で、ヤツらを絶望の淵に落としてやろうぜ!」
ついに、覚えた技を試す時が来た。
細い手でポコポコと連撃を打ち込む たわし。
でも結局は、師匠の壊神脚いっぱつで、スプリガンの群れは全員吹き飛んでしまう。
セラフィタに恐れをなしたスプリガンたちは、耳と頭を地にひれ伏し持っていた鉱石も全部捧げて、魔王のように崇め奉った。
「フハハハハ!俺は気分が良い!だから特別に命だけは見逃してやるぜ。その代わり、希少な宝石を掘り起こしたら俺によこせよ?酒場でのツケがけっこう溜まってるんでな」
強くてカッコイイ師匠の姿に、たわしは改めて尊敬と憧れの念を覚え、一生この人について行こうと決めた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
セラは本当は、たわしのことなんて、どうだって良かった。真面目にモンクの技を教えようとも思っていなかった。
からかい半分の冗談で、掃除や皿洗いをさせたらよく働いたので、便利な使い魔が入ったぜ……くらいの気分でいた。
毎日泡だらけでよく頑張っていた、たわしの体はだんだんと痛んでしまった。
元からゴワゴワのバサバサだった毛並みだが、油分がすっかり抜けてしまいツヤがない。洗剤でかぶれた手がパンパンに腫れている。
それでもけなげにセラを信じて、師匠と呼んでくれた。そんな姿にいつしか愛着が生まれてくる。
「たわし、お風呂一緒に入ろうか」
「ナンデ?オレ ヨゴルテ ナイ。センザイデ カラダ アラッテレヨ」
「洗剤は体洗うもんじゃねえよ。いいから来いって」
修行と嘯いて掃除だけ押し付けてほったらかしだった、たわしにはじめて優しくしてやった。
髪や肌に良い薬湯を作って、丁寧にシャンプーとトリートメントして。お風呂から上がったらブラッシング。荒れた手には、塗り薬をつけてやる。
仕事終わりに毎日ちゃんとお手入れしていたら、たわしのゴワゴワだった毛並みは、ふわっふわのサラサラになって柔らかくなった。
セラは、ラザハンの「アルキミヤ製薬堂」である物を制作していた。
試行錯誤の上、ようやく完成したそれを、たわしの手に握らせてやる。
とても立派なアメジスト!……によく似た石鹸である。
洗浄力はあるが、手肌に優しい成分だけで作られているから絶対に手荒れしない。使えば使うほど毛並みがツヤを増すのだ。
バニラみたいな甘くて良い匂いがする。ヘリオトープという紫色の花を材料に使っているからだ。花言葉は「献身的な愛」だという。
「鉱石じゃないから、間違って石鹸を食うなよ。おまえが食べる石ころなら、ちゃんと用意してやるからな」
そして小瓶にいっぱい詰め込んだ、ドロップみたいに色とりどりの小石をあげた。
セラは旅先で見つけた綺麗な石や貝殻を収集する癖がある。世界中のいろんな地域で拾った旅の思い出が詰まっていた。
おやつ代わりに渡す度、その旅のエピソードを教えてもらう。
海の味、山の味、雪の味、月の味……。
たわしは、その石ころを齧りながら、師匠の旅路をまるで自分が経験した大冒険のように空想するのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ある時、たわしは大きくて重いパスタ鍋に水を入れて、よいしょよいしょと運んでいた。
スプリガンは力持ちである。あの細い手脚で、体と大きな長い耳を支えて歩きながら、鉱石を常に持っているのだから。
あるスプリガンは自分の体より何倍も大きな水晶の塊を運搬していることもあるくらいだ。
「おお~、そんな重いもん運べるなんてすげえな。俺、そのパスタ鍋、中身入った状態で運べねえんだわ。いつもアレックスに手伝ってもらってる」
たわしは首を傾げた。あんなに強い師匠が?腕相撲でも戦いでも、人並外れた怪力を誇るセラが?
「俺、ぜんぜん筋力なんてねえぞ。この体、見りゃわかんだろ。ほんとは華奢で、か弱いんだよ」
これが俺の『普段の力』な、と言ってセラと腕相撲した。
たわしの小さくて細い手でも簡単に勝てた。
次に『チャクラを使った力』を用いると、木の机が壊れて床に叩きつけられるような勢いで倒された。
セラは生まれつき、チャクラを開花させる天賦の才に恵まれていた。
呪術師がエーテルで炎や氷や雷を生み出すのと同じように、セラはエーテルを圧力などに変換しているのだ。
普通の魔法を使うのは苦手だが、手で触れた果物なんかにエーテルを一気に流し込むと破裂させられる……なんて荒業も子供の頃からできた。
瞬発的に大きな力を出すことは得意だが、重たいものを運びながら歩くとかいうのは苦手。
「よし!今から出かけるぞ!!一人前のモンクになりたいなら、あそこに行かなきゃだな!」
セラは、たわしを連れてアラミゴの星導山寺院を訪れた。
修行用のゴーレムやギミック、解き放たれたクァールを難なく倒し、本殿までやってくる。
武人しか立ち入れないその聖域では、過去の英霊たちが漂っている。
導霊殿では、高名なモンクであるイヴォンの霊が修行者に挑んでくるという伝説があるが。
……セラの目の前に現れたのは、ガレマール帝国軍の兵装に身を包んだ老人だった。
セラは全力で対峙し、その英霊に打ち勝った。
『強くなったな……クソガキ』
「……全部テメエから受け継いだ技だぜ、クソジジイ」
英霊の姿がかき消えると、たわしは問いかけた。
「サッキノ ヒト ダレ?」
「俺の師匠」
「シショーノ シショー?」
セラはアラミゴで修業したモンクではない。
その技を仕込まれたのは遠く離れたガレマール帝国の軍隊の中。
アラミゴから徴兵されてきたモンクの老兵からだった。
腕相撲で勝ったり果実を破裂させたりなんていうエーテルの使い方は、本物のモンクからしたらただの手品だ。
身も心も研鑽を積み、チャクラを開いて己の身体能力を最大限に高めた、師匠の闘技はセラを魅了した。
チャクラを扱う才能には恵まれていたものの、セラの体躯は格闘家向きではなかった。
小柄で華奢で、筋肉の付きづらい体で、激しい修行に耐えるのは苦難の連続だ。
肉体のハンデがあろうが、厳しい師匠はいっさい躊躇してくれない。
戦場の前線で戦うよりも、師匠から課せられる厳しい訓練のせいで死にかけたほうが多いくらいだ。
それでもセラは必至で食いついた。強い人間になりたかった。心も体も強く……誰にも負けない強さが欲しかった。
「たわし!これからはテメエにも実践的な修行してくからな!泣き言いっても手加減しねえぞ。そしていつか一人前のモンクになったら、このソウルクリスタルを譲ってやんよ」
モンクの証であるソウルクリスタルはキラキラと輝いて、これまでに見たどんな鉱石よりも美しかった。
「オレ!シュギョウ ガンバル!イツカ キット ソノイシ ウケツグ!!」
もしそれが受け継がれる未来があったなら、そのクリスタルはどんなスプリガンも持っていない世界で一番かけがえのない石に違いないだろう。
たわしの小さな手と、拳を合わせて誓い合った。
師匠から弟子への一子相伝の奥義を後世まで残す事。『モンクの気高い意志を継げ』。それはあのクソジジイの師匠から与えられた使命でもあった。
その時は、「俺は弟子なんてとるガラじゃねえよ」と笑い飛ばしたが……。
スプリガンを弟子にするなんてモンクの歴史でも前代未聞だろう。
しかし、シラディハ遺跡の周辺にいる野生のスプリガンだって、モンクと同じ格闘技を使う。
あいつらが形だけでも夢幻闘舞の動きを見せたことには驚いたものだ。
もしかしたら遥か昔、誰かがスプリガンに教えたんじゃないか。
いや、もしかしたら人間のほうがスプリガンからあの技を教えられたのか?
そんな空想をしてセラは笑った。
「……クソジジイ。俺にもようやく弟子が出来たぜ。テメエから受け継いだもん、未来に残せると良いな」
■END■