そのときはどうぞよろしく「いいわよ、追いかけても」
「え、いいの?!」
心底嬉しそうな笑顔に、歌姫も苦笑いだ。自分の膝に頬杖をついて、男の顔を見上げる。
世界に必要な人間だ。おためごかしの、抽象的な話ではなくて、真実この世界に、人々に必要不可欠な人間だ。五条がいなければ倒せない呪霊、見つからない術式、助けられない人、喪われる命がごまんと増えるだろう。
でも、それでも。
歌姫を愛していると言う五条を、歌姫がいなくなったら生きていけないと嘯く五条を、置いていってしまうとき、彼自身が、一緒に行きたい、寂しいのだと頑是なく泣くのなら、その手を引いてあげよう、と思ってしまうのだ。ほかの誰が許さなくても、歌姫だけは、世界より五条を選ぶ。
だからね、硝子。
そう言って笑った硝子の先輩は、いつものように優しかったし、そして厳しかった。
あなたが、どうか間に合ってね。世界に愛されて、人に愛されて、人を愛している五条を、お願いね。
「……私、太く短く生きる予定だったんですよ」
「あら、だめよ。硝子だって人生を謳歌しなきゃ」
「無理難題すぎませんか」
「そう? 硝子ならきっとできるわ」
「あいつがやろうって決めたことを止められた試しがないんですよねぇ」
「ねぇ、硝子」
「はい」
「わがままでごめんね。先輩失格だわ」
そう言った笑った硝子の先輩は、いつものように優しかったし、ひどくて、かわいかった。
間違っているとわかっている。こんなこと、世界の至宝五条悟に対してだけでなく、誰にでもしてはならないことだ。
でも、でもでもでもでも、嬉しいと思ってしまった。歌姫の喪失を嘆く五条悟の心が。
そして、いやだと思ってしまった。歌姫がいない世界で、歌姫が知りえない何かを五条悟が手にするのが。
歌姫が許しを与えて、喜ぶ五条の顔が見たかった。ありがとう、と抱きついて、甘えてほしかった。いい格好をしたかったのだ。好きだと思ってほしかった。
手を取り合って生きていきたかった。無理だと知っていた。お互い、きっと知らないところで死んでしまうのだろうと分かってはいた。
ただこんなに早い、静かなものになるとまでは思っていなかったのだ、と歌姫は青い青い息を吐いて、目を閉じる。
もう二度とこの目が開かなくなった、そのときは、