「タケミっちって天使みたいだよなぁ。」
万次郎は千冬や八戒に囲まれて笑っているタケミチをうっとりした目で見ながらそう言った、男が男に向かって「天使みたい」だなんて言ったら、茶化されるのが中学生の定めだが、相手がタケミチならそうはいかない。周りの人間たちは同意を示すようにウンウンと頷いた。
「この間なんてオレの方見て、メチャクチャ可愛い笑顔でさ手なんか振ってんの。」
きっとその時のことでも思い出しているのだろう、万次郎は両手で頬を押さえてニッコリしている。周りの人間たちは同じようにタケミチに関する話をし始めた。
どの話もタケミチは可愛くて優しくて、良い子で勇気があって、男気があって。そんなタケミチの人柄を表すような話ばかりだ、なんて可愛いんだ、なんて優しんだ。総長代理は確実に天使だ、比喩として使っている人間もいれば、本気で羽の生えた生き物だと思っていてもおかしくない信仰者までいそうだ。
面倒の擬人化である春千夜はタケミチのことを会ってすぐに、マイキーに引っ付いてたガキと言うイメージから、大好きなヤツにシフトチェンジした。潔癖に理解を示して、兄としての重荷を下ろしてくれた。春千夜はタケミチのことを「運命」と呼んで、傷のない綺麗な顔を歪ませては、携帯の中に入っている隠し撮りを眺める。
じゃじゃ馬の生まれ変わりである灰谷兄弟も、タケミチのお人好しなところや折れないところを痛く気に入っている。天竺が東卍の傘下に入る前、まだまだ睨み合ってバチバチの時だが蘭が六本木で後ろから殴られそうになったところを助けた。何で敵である自分を助けたのかと聞いたが、卑怯な真似は許せないっス、と歯を見せて笑った。この時、昼間でもなかった、夕日なんて六本木に差すわけが無い。それなのにとても輝いていた。
弟である竜胆も同じように人の恨みを買いやすい、そこを助けられて心を奪われてしまった。
「やっぱり、天使なんだろうなぁ。」
ゆるりと口角を上げた万次郎から発せられた言葉は、また先ほどと同じようにウンウンと同意を集めた。
タケミチはなぜか幹部たちの前で正座をさせられていた。理由は簡単、タクヤと部屋でキスをしていたのがバレたのだ。というよりもキスをしていたにも関わらず付き合ってない上に、タケミチが恋人はいないと言ったもんだから幼馴染との関係はどうなってるんだと詰め寄られている。
拷問だと勘違いしてしまいそうなほどのヤンキー特有の威圧の掛け方、しかしそれでも口を割らないタケミチ。案外譲らないところは譲らないし、変なところで強いのがこの男であり、好きなところでもある。
しかし言ってくれないと困るのだ、タクヤとは本当はどういう関係でどう思っているのか。失恋するかチャンスが見込めるか一世一代の局面、その場にいる全員固唾を飲み込み、汗の滲む拳を握りしめる。
そしてタケミチも白状しようかをずっと迷いあぐねていた。
「なぁタケミチ、本当のこと教えてくれよ。付き合ってるからあの幼なじみとキスしてたんじゃねぇの?」
「うっ、ぐぐぐ…違うんです…!でも、あの、事情があってぇ…!」
「その事情を教えろよ。」
春千夜が詰めに詰める、タケミチは「えっとえっと」と言って本題までは長そうだ。春千夜が苛立ってさらに詰めようとした時、万次郎が「下手、退け。」と小声で春千夜を退かせた。
「オレたちはそんなに、タケミっちから信用されてなかった?」
「えっ。」
「ごめん、良いよ。オレたちも言いたくないことくらいあるしさ、無理に吐かせることでもないし。」
押してダメなら引いてみろ、信用されてないだの遠慮がちなワードを連発し、少しでもシクシクと悲しげな顔を見せればお人好しなタケミチはすぐに揺らぐ。
目がウロウロしている、聞きたい事を聞き出す。そんなやり方なんて五万とある中で、こんな簡単な手段でコロッと揺らいでくれる。そんな優しい奴だ。万次郎は心の中で少し笑って、そのままゆっくり立ち上がった。
「マイキー?」
「帰ろうぜ、そんな無理に聞き出すようなこともないだろ。」
ほぼトドメみたいなものだ、すぐさまその意図を察したのか、周りの男たちも次々に立ち上がって部屋から出ていった。
ゾロゾロと出ていく男たちの背中の、哀愁を感じてタケミチは隠し事と自分の信用度を天秤にかけ、ついには決心する時が来た。
「あっ、あの!」
馬鹿でお人好しで、その上優しくてありがとう、花垣タケミチ。そのおかげで今こうして秘密を知ることができる、もしも頭のキレる男であったなら、きっとこれが罠だと気がついてこのまま万次郎たちを帰らせていただろう。
ニヤつきそうな頬を押さえて振り返る。
「なに?タケミっち。」
「…話します、本当のこと……。」
タケミチがそう言って、ギュッと拳を握りしめる。万次郎は部屋に戻ってタケミチの前に座った、一緒にタイムリープしている万次郎にまで隠したかったタケミチの秘密、きっと重大な事なのだろう。でも、きっと聞いたところで自分たちの恋路は上手くいかないことだろうから、本当は付き合ってますだなんて言われて儚くこの恋は散っていく。
「オレ…。」
ああ、タケミチが勇気を振り絞っている、それは男どもの恋を無自覚に終わらせるための勇気なので、秘密ごとを打ち明けるその心意気天晴れ、しかしなんて憎たらしい。
「…淫魔なんです!タクヤからは精気分けてもらってました!」
頭からケツまでの一言一句を脳みそが完璧に拒否した、そんなことが起こる日は今日まで生きていて一日たりとも迎えたことはない。《Congratulations》 実績解除だ、脳みそがショートするという体験ができておめでとう。
頭の中でグルグル読み込んでもタケミチが何を言ったのか全く理解できない、どういうことなんだ、という顔を浮かべているとその顔を見てタケミチが恥ずかしそうにモジモジしながら、再度発言について説明してくれた。
「えっと、オレとタクヤ元々向こうの生まれで、人間の精気を食って生きる悪魔なんです。それで、オレ燃費悪いからタクヤの精気少し分けてもらってたんスよ…。」
「えーっと、人間じゃないってこと?」
「ハイ…。」
イマイチ掴めないが、少しずつ理解してきたところで一虎がズイッと押入ってくる。
「その精気って、どうやって食ってんの?」
「き、キスとか…その、えーっと、えっちしたりとか…。」
「ふーん?」
淫魔のくせにセックスというのが恥ずかしいのか、口をとんがらせながら尻すぼみな声で精気を食べる方法を答えた。一虎はニヤリとしてタケミチの顎を掴んだと思ったらチュ、と唇を重ねた。この男、基本的に命知らずなのである。
「ん、ふっ、ンン…!」
舌が絡み合う、ピンク色の肉厚なタンは撫で合うように艶かしく動いて、互いの唾液がぐちゃぐちゃに混ざり合っている。いやらしい音がシーンとした室内に響いて周りの男たちは黙り込んで、一虎とタケミチがキスしている、その様子を眺めることしかできない。
しばらくして一虎の唇が離れていく。
「うわっ、本当にちょっと疲れた気ぃする。」
「え、マジ?」
万次郎がそう言うと、口の端から溢れた唾液をペロリと舐め取っているタケミチの顎を掴んで、先と同じように唇を重ねて舌を絡ませる。
「んむむむむ!」
「…ホントだ、ちょっと疲れた。」
その発言に物珍しさと人助けを建前とした、タケミチに対するキスの嵐が起こる。