龍ダイ小話4「…あれ?ここは?」
目の前に広がる見慣れない景色。
辺りには日本庭園でよく見かける石で囲われた大きな池や綺麗に剪定された木が植えてある。
その奥には和風の大きな屋敷が見える。
どうやら自分はどこかの庭のようだ。
「…ま、ちょっと探索してみるか」
呑気に考える思考に任せて足を踏み出そうとしたその時、何かの音が耳に入った。
風に煽られた木の葉の擦れる音や、池の魚が跳ねた時の水音とは違う、まるで声を抑えながら泣くようなそんな音だ。
「…誰かいる?」
人様の庭園に勝手に入ってる自分が言えたことでは無いが、そこにいる人物を確認しなければ。
そう思い、後ろに生い茂ってる草むらを少しかき分けて声の元を覗いた。すると…
「うっ……、グスっ……」
「! 龍…?」
「っ、だれ!?」
そこには体育座りをして佇む、幼い黒の竜人がいた。
驚いてこちらを振り向く顔の目元は透明な粒が乗っかっており、少し赤く腫らしてもいた。
その顔には、自身の恋人の面影が多少あるような気がした。
「し、しんにゅうしゃ!?」
「あ、えーっと、そうじゃなくて、気が付いたらここに居たんだ。そしたら泣き声みたいなのが聞こえたから…」
「…本当?」
先ほどの泣き顔はどこへいったのやら、今は目の前の怪しき人物に警戒の眼差しを向けている。
その目つきも、彼そっくりだ。
もしかしなくてもこの子は…
「本当。けど、初対面の人は中々信じれないから仕方ないか」
「…うん」
「あっはは、正直でよろしい。その警戒心は大事だからちゃんと持っておきなさいね」
「う、うん」
こちらの言葉が予想外だったのか、少し面食らったような表情を見せる龍。
その様子さえもとても可愛らしいな。
「それで、どうしてこんなところで泣いてたの?何か嫌なことがあった?」
「あ、えっと…」
「ゆっくりでいいよ。一個ずつ聞かせて」
おどおどしだした彼を優しく宥め、ゆっくり話すよう促す。
こちらを少し信用してくれたのか、応えるように龍がコクッと頷き、ポツポツと打ち明けてくれた。
「…しようにんの人たちが話してるのをきいたんだ。『あのごしそくに近づくのがこわい』、『くろいりゅうじんがなにをしでかすか、考えただけでもおそろしい』って…。しようにんだけじゃない、みんなそう言うんだ。おれ、何にもしてないのに…」
「……」
「父さまと母さまはそんなことないって、気にしないでいいって言ってくれる。けど、父さまたち以外はみんなおれをこわがってる。おれ分かるんだ、みんながどんな気持ちなのか、おれのことをどう思ってるのかが…。だから、それがいやになって、ここに逃げてきたんだ…」
少しずつ、彼の目に透明な粒が浮かんでくる。
「…っおれ、生まれない方がよかったのかな…?父さまたちに心配かけて、みんなからきらわれてて…べんきょうしたりするの、むだなのかな…?」
溜まった粒が崩壊し、彼の頬を伝って零れ落ちる。
そして声を抑えるように顔を埋め、押し殺したような泣き声を上げ始めた。
「うっ…、うぅ……、グスッ…」
小さいながらも悲痛さを隠せないその泣き声に、思わず胸を締め付けられてしまう。
(俺は黒竜、更に曰く付きの目を持ってるしな。子供の頃は周りから色々言われたよ。もう慣れちまったがな)
そう語った彼の表情を思い出す。
笑ってはいたが、隠しきれない何かを抱えているような表情だった。
その理由が今ようやく判明した。
きっと、その幼い体で、数えきれない理不尽を身に受けてきたのだろう。
「そっか…辛かったね」
少しでも慰めになるようにと頭を優しく撫でる。
すると埋めた顔を少し上げ、撫でられるのを素直に受け入れてくれた。
「ありがとう…」
「…僕は黒竜だろうが、人の感情を読み取れる瞳を持っていようが、君のことが好きだな」
「!…本当?」
「うん、本当。嘘じゃないの、君なら分かるでしょ?」
大げさに腕を広げて見せる。
彼の瞳ならば、こちらの感情は全部お見通しのはずだ。
「…でも、みんなはこわいって言うよ…?なんで?」
「だって、龍はかっこいいもん。それに、水色の瞳って綺麗じゃん。だから好き」
「…!」
恥ずかしげもなくそう告げるダイキを龍はポカンとした表情で見つめた。
「僕は竜人達の間にある言い伝えとか俗説は知らない。だから、第一印象でその人を判断してるの。黒い竜人が不吉だとか、そんなのは一切気にしないよ」
「……」
「それに、龍が勉強や鍛錬に一生懸命取り組んでるのは知ってる。皆の役に立とうって思ってることもね」
「!…お兄ちゃん、なんでそれを…?」
「…君を一番愛してるからだよ、八重 龍くん」
彼の顔へ腕を伸ばし、頬に手を添える。
「頑張れ。今はまだ辛いかもしれない。けど、いつの日かその努力が必ず報われるから」
「…必ず?」
「うん。そして、ご両親以外にも君を大切に想う人物がここにいること、忘れないで」
言葉を贈りながら、次第に周りが白んでいくのが感じ取れた。
「僕は君をずっと応援してるからね。それじゃ…」
「待って! お兄ちゃんは…誰なの?」
「…僕の名前は─」
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目を覚ますと、見知った天井が視界に入る。
障子からは白んだ朝日が優しく入り込んできていた。
「夢か。不思議な夢だったな…」
体を起こし、目をゴシゴシと擦る。
腕を真上に上げてグイ~っと伸ばしていると、隣に眠る人物が目を覚ました。
「あ、おはよう龍」
「ん…朝か。おはようダイキ…」
欠伸を交えながら朝の挨拶をする龍。
竜人らしい大きな口を開けてする欠伸にフフッと少し笑ってしまう。
「…ん?どうした?何か変か?」
「いや、何でもないよ。顔洗ってくる」
布団から立ち上がって洗面所に向かおうとした時、龍がそうそう、と話始めた。
「不思議な夢を見たんだ。ぼんやりとしか覚えてないけど…」
「フーン、どんな夢?」
「んー何か、小さい俺が周りから色々言われて泣いてるのを、誰かが慰めてくれてたような夢だったな」
「…へぇ~」
「そんぐらいかな。あ、あと、その誰かが何となくお前に似てたような気が…」
腕を組みながらうーん、と首を傾げて考え込む龍。
そんな彼にダイキは一言、微笑みながら投げかけた。
「きっとその人、龍のことを見守ってくれてるんだね」
~終~