寂しいわけでは、決して。##寂しいわけでは、決して
普段、眠れないわけでは無い。
ただ、今日は、月が綺麗だなと、ふと、海の音。細波が聞こえる縁側で少し晩酌でもしようと思った。それが、ほんの少しだけいけなかった。
1ヶ月と少し前だっただろうか。真島の兄さんがアサガオに訪れた。それは本当に突然で、朝一番。メールの着信音で起こされてなんだと眠気眼で携帯を見た。その文面に一気に目が覚めてしまった事はもう、当たり前だろう。
『今から2時間とちょいでそっち行くわ』
そのメール文に正しく兄さんが訪れた。
その時の月と同じ月を、ただ、部屋の窓から見ただけだ。
たったそれだけ。
月を見て、酒を飲み、お互い仄かに赤い顔で視線を絡ませて。それで…
それで。
つい、この場所に居ない男に焦がれてしまった。
寂しいわけでは無い。ただ、焦がれた。心が、あの日の男の目を思い出し焦げついた。
それはちりちりと自分の心に熱を宿した。それだけだ。
寂しくは無い。ただ、その熱で眠れないだけだ。
「……」
ふと、緩い動きで携帯に腕を伸ばした。
のろりと。まるで、〝別に〟と誰に言うわけでも無い言い訳をするように。
「兄さん」
小さく言葉が漏れた。その言葉と同じように文字を打っていた。
「どないしたん」
と、間を置かず返された返事にほんのりと笑みが浮かんでしまった。なんだよ、まるで俺からのメッセージを待っていたみたいじゃねえかと心がふやける。
「いや」
べつに。 と、そっけなく返事をしてしまったのは自分の中の幼さが出たのだろう。それは、この男の前でだけ出てしまう幼さ。なのだろうが。
この歳になって幼さを自負するだなんて、なんて己はこの真島と言う男に甘ったれているのだろう。
「眠れへんの?」
、甘い声で甘やかされている気がする。こんなにも離れているのに、男のまろさが伝わってくるのだから不思議で仕方がない。一言で、心のじりじりとした焦げ付きが優しいほむらとなるのだ。
ーーーーー♪
着信を知らせる音に、とくりとくりと心が優しく脈打った。
(この時代にスマホは無いがそこは大きな心で)