甲斐 夢「な〜」
ソファーに座った裕次郎が、ぽんぽんと座面を叩く。ここへ来て欲しいという彼特有のアピールだ。
「なーに?」
「ん〜?やー、別に…」
言う通り座ってあげると、すぐに腕が回って肩にずしりと重みがかかる。ふわふわとした髪が少しだけ首筋に触れる。迷いのない動作とは裏腹に歯切れの悪い返事にももう慣れた。
はじめの頃こそこうやって抱きつかれる度にドキドキと緊張して何かあったのか不安になったものだが、今はそうは思わない。裕次郎がこうする理由は、ただ本当に純粋な愛情表現と、安心感を得ることであるということが分かっているからだ。
同じシャンプー、同じ柔軟剤の香り越しにゆっくりとした心音が伝わってくる。こうしてくっついたままのんびりする時間は好きだ。でも自分から動いて身を寄せてくれる裕次郎が可愛くて愛おしくて、ちょっと尊敬している。私ならこんなに積極的にできないから。
ハグはストレスを軽減するって本当なのかもなあ、と思った時、脳裏に昼間読んだ雑誌のコラムがよぎった。
『ハグが好きなカレは少し甘えんぼさん気質✨』
その文章はすぐ裕次郎のことを連想させた。猪突猛進な大胆さを持ち合わせていながら、どこかにあどけなさがある。背中の重さがより一層心地良く感じる。
「…なんで頭撫でるんばー?」
「甘えたがりの誰かさんが可愛くて」
「甘えてないさぁ、何(ぬー)よ突然」
「ふふ。雑誌で読んだんだけど、ハグが好きな人は甘えん坊なんだって」
背後の裕次郎が唇を突き出して不満気な顔をしたことが、見なくてもなんとなくわかる。存外かっこよさにこだわる彼のことだから、甘えん坊なんて呼び方は不名誉極まりないのだろう。
「なんでわんが…」
「普段からこんなにハグしてるじゃん」
「ち、違うさー!わんが好きなのはハグじゃなくて!」
「ハグじゃなくて?」
「ハグじゃなくて……その…」
私の肩に顔を埋めた裕次郎は、その距離でギリギリ聞こえるくらいの声で囁いた。
「わんは…やーが好きなだけさぁ…くっつきたいのも、そのせいやし…」
叫ぶのを堪えたせいでぎゅ、と自分の喉から変な音がした。恐る恐る振り向くともう顔を上げた裕次郎が至近距離で私を見つめていて、きらきら輝く瞳に私が映り込んでいるのがわかる。頬は赤いのに何故かその表情は何時になくかっこよくて、心拍数が一気に上がっていく。固まったまま何も言えず目を泳がせていると、裕次郎は至極優しくキスをした。かっこよくて、ずるいなぁ。