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    vitasf311

    @vitasf311

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    vitasf311

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    記憶喪失ボ主(ハピエン)

    そして彼女は「彼女」がいなくなってからどれくらいの年月が経ったのだろう。

    僕はこのメトロシティが一望できる高台に登り、持ち込んだりんごを齧りながら木陰で物思いに耽っていた。
    僕は以前の記憶があやふやである。
    唯一覚えているのは、大きい試合に出場したことと、おそらくその時に握手したのだろう、誰かの手の温もりだけだ。
    しかもそれが誰の手であったのかは分からない。
    何の試合だったのかも覚えていないし、勝ったのか負けたのか、それも覚えていない。
    自分の名前も、自分が何者であったのかも、何も分からない。
    何故か僕は大怪我をしていて、目が覚めてすぐに医者に記憶を無くしたのでは、と言われたがどこか他人の事のように感じている。

    「………」

    初夏の心地よい風が頬を撫でていく。
    目を瞑ると、ふといなくなった「彼女」のことを思い出した。

    僕が長い眠りから目醒めた時、初めて会った「彼女」に声をかけた瞬間の、笑顔が消え翡翠色の大きな瞳からぼろぼろと涙がこぼれ落ちた光景が忘れられなかった。
    「彼女」は入院している他人の僕の元を毎日訪れていろんな話をしてくれていたが、ある時からぷつ、と病室に来なくなってしまった。
    ルーク教官に聞いても何も答えてくれず、何故か悲しい顔をするだけだった。

    「彼女」がいなくなってからしばらくして、僕は「彼女」を探すことにした。
    しかしトレーニングセンターのみんなも、よく行くピザ屋の店員も、中華街の人たちも、誰も何も知らなかった。
    唯一、中華街にいるリーフェンという女の人は何かを知っているようで、「彼女」の名前を言うと苦しそうな顔をして首を縦にも横にも振らなかった。

    僕は「彼女」の写真をルーク教官にもらった。
    僕たちが出会ってすぐに撮った写真だと言う。
    「彼女」は僕の横でにこりと笑っている。
    そこまで仲良くなかったのだろうか、2人の距離は少しあるように見えた。

    写真を貰ってからと言うものの、トレーニングをしていても、好きなピザを食べていても、自分の部屋でなにをしていても「彼女」の泣き顔が頭から離れなくなった。

    ルーク教官に頼み込んで、彼女が行ったことのある国をいくつか教えてもらった。
    彼女はイギリス、日本、インド、ジャマイカなど沢山の国に師匠がいたらしい。
    ルーク教官は少し困った顔をしながら、僕がその国を巡ることを勧めてきた。
    僕は休暇を貰ってその国々を回り「彼女」の師匠達に会いに行く事を決めた。
    ルーク教官には「ナイシャールには絶対に行くな。もし行かなければならない時は顔を必ず隠すように」と釘を刺された。
    ナイシャールと言う小国には馴染みがなかった。

    それから僕は「彼女」の師匠達に会ったが、誰一人として「彼女」の行方を知る者はいなかった。
    イギリスに行った時に「彼女」をよく知るデルタレッドを名乗る女の人に会ったが何故か戦いを挑まれて納得いくまで相手をしたのだった。
    その女の人は「ナイシャールに行け」とだけ教えてくれた。
    これは「彼女」に繋がる唯一の情報だった。

    僕は意を決してナイシャールに入国した。
    ルーク教官に言われた通り顔と素性を隠して。
    しばらく市場や駅を探索した後、やはり夜に動いた方がいいと思い直し夜まで山の方で時間を潰すことにした。

    ……覚えがある、この登山道の景色。

    ふと、いつの事か分からない景色がぼやけて思い出される。

    僕は、この国の事をよく知っているのではないだろうか?

    夜になり僕はまた街の方に降りて行った。
    途中よそ見をして誰かに盛大にぶつかってしまい、大袈裟に尻餅をついてしまった。

    「…いって……!!」
    「……!」

    ぶつかってしまった相手は背の高い女の人だった。
    僕と同じようにフードを深く被りこの国の民族衣装を着ている。
    この国の人だろうか。
    彼女は尻餅をついた僕に駆け寄って手を伸ばしてくれた。
    その手はこの国の人たちのとは違い、白く絹のように透き通っていた。

    「あ…ありがとう…」

    僕は彼女の手を取り、そしてふと彼女の顔を覗き見た。
    その瞬間、霧が晴れたように、はっきりと思い出したのだ。


    俺は、この手の温もりと翡翠色の瞳を知っている。


    「………!!」

    ばち、と彼女と目が合ったが次の瞬間彼女は俺の手をぱっ、と離して後ろを向いて物凄い勢いで駆け出した。

    「まっ……待って!!」

    何が起きたか分からず俺は彼女を夢中で追いかけた。

    思い出した。
    俺はこの国にいた。
    強くならなくてはいけなかった。
    国を守るために。
    そのために妹を、友を、全てを巻き込んで自分を犠牲にして。
    アメリカで取り組んだトレーニングも中途半端に放棄して。
    爆弾と化したベルトをユアから奪い走ったその瞬間に見た、「彼女」の顔を……
    思い出した。

    俺は走った。
    思い出した情報を処理できず、ズキズキと痛む頭を抱えて走った。
    これを逃してしまえば「彼女」は確実に消えてしまう。
    俺は人目も憚らずに叫んだ。

    「待って!待ってくれ……!リーナ!!」

    「彼女」の名前を呼ぶと今まで颯の如く走っていた女の人の足がピタリと止まった。
    そして俺はやっとの思いで「彼女」に追いつきその腕を掴んだ。
    もう逃げられないように。

    「は、はぁ、はぁっ……リーナ、リーナ…っ」

    そしてその腕に縋り付く。
    俺は「彼女」が目深く被っているフードにそっと触れ、優しくそれを「彼女」から取り払った。

    美しい金色の長い髪が目の前に曝け出される。
    「彼女」の…リーナの翡翠色の瞳からは一筋の涙がこぼれ落ちた。
    彼女だ。
    随分と髪が伸びたんだな。
    彼女はずっと綺麗な短い髪をしていたのに。
    どうして、どうしてずっと忘れていたのだろう、彼女の事を。
    俺から「初めまして」と聞かされた時、どれだけ絶望したのだろう。
    記憶の中よりも随分と頬が痩せてしまった彼女を俺は思い切り抱きしめた。

    「ごめん…ごめん、リーナ、俺……」

    リーナは俺の背中をぽんぽん、と優しく叩くと背中に小さくゆっくりと指で文字を刻み出した。

    「…?」

    (おもいだしたの?)

    驚いてリーナの顔を見つめると、彼女は口をぱくぱくとさせた後に首を横に振った。
    まさか。

    「リーナ…声が……喋れないのか?」

    俺の問いかけに彼女は小さく頷いた。
    なんて事だ。
    彼女は次に俺の手のひらに指で文字を書き出した。

    (どうしてここにいるの?)

    「どうしてって…お前を探して……」
    「…!」

    彼女は酷く驚いた顔をして、また文字を書き始めた。

    (あいたかった)

    「……!!」

    俺は唇を噛み締め彼女を腕の中に思い切り抱きしめた。

    ーーーーーーー

    また幾月か時が経った。
    俺はメトロシティに帰り、また変わらない日常を過ごしていた。
    午前のトレーニングが終わり、買い物を済ませて新しく借りたアパートに帰る。

    「ただいま」

    部屋のドアを開けるや否や、部屋の奥からパタパタと軽快な足音が聞こえた。

    「ただいま、リーナ」

    彼女は、リーナはにこりと笑い俺に抱きついてきた。
    あれから俺たちはこっそりメトロシティに帰り、一緒に住むことにしたのだった。
    後から聞いたのだが、教官も彼女の行方が本当に分からず俺に知らせることができなかったと謝罪を受けた。
    さらに、リーナが話せなくなったことも知らず、ひどく驚き良い医者を紹介してくれた。

    彼女は長く伸ばした髪をばっさりと切り、昔のように短い髪に戻っていた。
    酷くこけた頬も最近は程よく肉がつき、より可愛くなっている。
    そして声を出すリハビリにも通っている。

    「リーナ、病院はどうだった?」

    そう俺が聞くと彼女は片手でサムズアップしてにっこりと笑った。
    リハビリは順調のようで俺は嬉しかった。

    しばらくして買い物の片付けも終わり、コーヒーでも淹れようと、俺は1人キッチンに立ち、それを彼女が後ろから眺めていた。
    いつもの光景だった。

    「…ュ…」

    なにか背中の方から音が聞こえ、俺は思わず振り返った。
    そこには少し苦しそうな顔をしたリーナが立っている。

    「リーナ…?」
    「……ュ……ボ…シュ…?」

    俺は思わず手に持っていたコーヒー豆の袋を落としてしまった。
    床に豆が散らばるのを横目に俺は彼女に駆け寄った。

    「リーナ!?声が……!」

    彼女の翡翠色の大きな瞳から宝石のような涙が次々とこぼれ落ちていた。

    「ボ、シュ………おかえ、り」

    嬉しかった。
    リーナの言葉が、声が聞こえたのだ。

    「…っ……ただいま、リーナ」
    「う、ん……!」

    俺たちはまた抱き合ってお互いにわんわん泣き明かした。

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