君が恋を知る前に 姉の産んだ子どもを抱いた時、コハクは初めて姉のことを羨ましいと思った。憧れや信頼、切望や祈りではなく羨ましいと思ったのはその時が初めてで、かき消すように笑って赤子の小さな小さな手のひらに自らの小指を乗せて「おお、意外と握る力が強いのだな」とはしゃいでみせた。たぶん、隣にいたゲンだけがコハクの心の変化に気付いていた。
「コハクちゃんさあ、結婚に興味ないの」
ゲンは外交ツアーから戻ってくるたびに髪が伸びていて、今ではコハクよりも長い。腰まである髪はひとまとめに結ばれて老いた犬の尾のようにゆっくり揺れる。
「なんだ、ゲン。藪から棒に」
「声、上擦ってる」
コハクの髪も今では腰まである。育児の際に赤子に掴まれると危ないという理由で髪を切ったルリと髪型を交換したような見た目になった。
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