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    エマたちに再会する前のノーマンとヴィンセントの話。
    他の面々は名前だけ出てくる状態の、ほぼふたりだけの話。

    #約束のネバーランド
    neverlandOfPromise
    #ラムダ組
    #ノーマン
    norman.
    #ヴィンセント
    vincent.

    優しい感傷 どうして無茶するの! と涙を湛えた緑色の瞳で僕を見ながら、ベッドの脇で抗議するオレンジ色の髪の少女。
     お前は絶対寝込むんだから無茶すんな、と呆れたように溜息を吐いて肩を竦める黒髪黒瞳の少年。
     思い出したのは、あの緑に囲まれたハウスにいた、まだ秘密になど知る由もなかった頃の光景。
     確か、少し高い岩の上から川に落ちそうになった少女を咄嗟に手を掴んで引き上げて助けて、代わりに自分が落ちた――その後のことだ。
     受け身を取り損ねてゴツゴツとした浅い川底の石や地面に強かに体を打った挙げ句、ずぶ濡れになったために風邪をひいてハウスの医務室のベッドに長く居座ることになった。
     熱が下がるのに数日要した後、ママに面会を許可されたらすぐに飛んできたのがそのふたりで、無事を確認された途端に涙目で抗議されたのだ。
     ――僕だって無茶でも助けられる時は手を伸ばしたいよ。
     そう言ったら、それまで耐えていたのだろうオレンジの髪の少女はくしゃりと顔を歪ませると、そのままベッドに伏せて泣き出してしまい、ベッドに沈んでいたノーマンが慌てて身を起こしてしまって怒られたのは言うまでもないのだが、何故今――それを思い出したのか。
     ふと、そんなことを思った瞬間だった。


    「――ボス!」
     大声で呼ばれて、ノーマンはハッと息を呑みながら目を覚ました。
     開いているはずなのに、水の中にいるときのようにぼやけて見える視界。そこに映るものは不明瞭で、けれど顔を覗き込んでくる人物が目を覚ました自分に思い切り安堵したらしいことは、ほーっと大きく吐かれた溜息の音から察することができた。
    「……ヴィンセント?」
     だんだんと明瞭になっていく視界に映る褐色の肌と彼のトレードマークにもなっている銀縁の眼鏡。
     その男の先に見えるのは見慣れた執務室の天井で、ノーマンは自分がその部屋に誂えられている革張りのソファに毛布を掛けられて横になっていることにようやく気付いた。
     そもそも何で自分はここで眠っていたのか。そこまでまだ頭が回らない。
    「あぁ、私だ。……気分はどうだ?」
     気分、とノーマンは小さく呟く。
     聞かれなければいけない気分とは何だったか。記憶を掘り返そうと目を閉じると、暗闇の中、ぐるり、と目が回るような感覚が襲ってくる。体が沈み込んでいくような――。 
    「……気持ち悪い」
     思わず呟けば、そうだろうな、と言うヴィンセントの相槌が間髪入れず届く。
    「熱はまだ下がっていないし傷も勿論まだ治っていない。それで気分良いなんて言われたらどうしようかと思ったよ」
    「傷? ……熱?」
     言われて意識すれば、脇腹のあたりからズキズキとした熱い痛みが全身に広がるのに気付き、同時に、起き上がるのが億劫だと感じるくらいに体は重く、熱っていた。
    「今回ほど、要らないと言われてもこの部屋周りにベッドを据え付けなかったことを後悔したことはないぞ」
     寝そべるノーマンの額に濡れたタオルを置きながらヴィンセントは呆れたように言う。この冷やりとした感触は夢現の中でも感じていたものだった。きっとノーマンが目を覚ますまでの間も、彼が定期的に変えてくれていたのだろう。
     ありがとう、と僅かに微笑むノーマンとは逆にヴィンセントは強く口元を引き締めると、ソファに寝そべる部屋の主の襟首を鷲掴んで半身を浮かせるようにして、至近距離から強い眼差しで彼を睨み据えた。
    「ボス。何故――私たちを庇った」  
    「……っ」
     痛みに漏れそうになる呻きは何とか噛み殺し、唸るように溢された彼の言葉をノーマンは反芻する。
     庇った。そう呟いた瞬間、ノーマンの記憶は一気に遡っていった。

     五日前だったか、三日前だったか。
     いつもの五人で農園の開放に出掛けたその帰りの道すがら、暗い茂みから前触れもなく野良鬼が襲撃してきた。
     木々を薙ぎ倒す轟音。それを迎える皆が態勢を整えるまでには一瞬の虚があった。
     いつでも誰にでもありえる束の間のそれはしかし、その醜い巨体を迎え撃つにはあってはならないものだった。
     ざわりと揺れる闇。それににハッと一瞬息を呑んだノーマンは、地を蹴り、弾かれたように走り出した。
     ノーマンがその中の誰より早く、その気配に気づいたのだ。
     そして、鬼の黒光りする鋭い爪が皆に届くより早く――彼らと鬼の間に、その身を投げ出した。
     瞬間体を貫いた、焼けるような激痛。
     鬼の腕が振り上げられると同時に、ずるり、と貫いたそれが体から引き抜かれ、支えを失った体が地面に落ちたのが分かった。
     熱い、と感じる腹。激痛。自分を抱え起こす強い腕。頬を叩く手。ボス! と呼ぶ大声。
     朧げな記憶。それらを最後に何も憶えていないから、きっとそのまま気を失ってしまったのだろう。
     それが今に至るまで続いていた――と云うわけだ。

    「……幸い毒はなかった。だが貫かれた怪我は当然深く、あと少しここへの到着が遅ければ死の可能性もあった」
     ヴィンセントは浮かせていたノーマンの体をソファに戻しながら襟元から手を離し、その意味が分かるか、と怒りを込めた、けれど静かな声で続けた。
     降ってくる真剣な眼差し。痛みに跳ねる息を抑えながらそんな彼を真直ぐに見つめ、分かっている、と小さく呟いたノーマンは青い瞳を僅かに伏せた。
    「……僕たちが僕たちを、瓦解させるわけには、いかない」
    「分かっているなら、頼むから無茶はしないでくれ、ボス」
     手荒にして悪かった、とまた静かに言いながら毛布を掛け直してくるヴィンセントにノーマンは静かに微笑む。
    「肝に命じておくよ。……でも僕も守られるばかりではなく、君たちを守りたいのだということも覚えておいて欲しい」
    「覚えてはおくが、無茶を容認することにはならんぞ」

     ――お前の気持ちも分かるけど、無茶を褒めるような口は持ってないからな。

     ヴィンセントの言葉に重なるように思い出したのは、既に懐かしくさえ感じる黒髪黒瞳の少年の声で。
     あぁ――と、ノーマンは僅かに目を細めた。
     薄らと憶えている彼らを庇った時の表情に、感傷に似た光景を思い出した訳を見出す。
     似ているのだ。驚いているようにも、泣きそうにも見えた表情が。オレンジの髪の少女と黒髪の少年が自分に向けてきたものと、よく――似ていた。
     愛しく優しく、そして懐かしい、感傷の記憶。
     ともすれば溢れかえりそうになる思い出たちを胸の内に閉じ込めて、ノーマンはヴィンセントの顔を見上げた。
    「……シスロとバーバラは?」
    「怪我ひとつない。この世の終わりを迎えたような顔でこの部屋の前にずっと座り込んでいるから、見廻りに行ってこいと叩き出したところだ」
    「ザジは――」
    「動くと思うか?」
     自分の言葉を継ぐように言って溜息を吐くヴィンセントに、そうだね、とノーマンは苦笑する。
     それから口元を覆って何度か咳をして、それが落ち着くと、ヴィンセント、とあらためて名を呼んだ。
    「ザジを入れてやって。戻ってきたら、シスロとバーバラも」 
    「…………長時間はまだ無理だからな」
     何もさせず休ませたいのだろう彼の苦虫を噛んだような顔に目許だけで苦笑して見せると、ヴィンセントは真剣な眼差しでノーマンを見据えてきた。
    「今は気を張るな。休める時にしっかり休め、”ノーマン”」
    「――」
     ノーマンは目を見開く。それは、ここではもう誰も呼ばない自分の名。
     一番呼んで欲しい声はここにはいない。けれど久しぶりに呼ばれたそれに、浸っている感傷がまた深くなるのをノーマンは感じた。
    「……分かっているよ」
     遠ざかっていく背に呟いて口元を押えていた手を離せば手のひらに見える、暗い赤の色。
     ――分かっている。
     ノーマンはドアの開く音に重ねるように、その赤を隠すように、ぎゅっと手を拳に握り締める。
     じわじわと心を浸蝕するのは、恐怖とも諦めともつかない思い。
     それを優しい感傷の中に沈めて、ノーマンは束の間目を閉じる。   

     大丈夫――大丈夫。僕はまだ頑張れる。

     意識に刷り込むように、または呪文のように。これまで幾度と繰り返してきた言葉。
     目的があるから。焦がれるほどに逢いたい笑顔に、まだ再会できていないから。
     息が出来ないくらい苦しい咳に襲われても、割れそうなくらいの激しい頭痛に襲われても。

     エマ。レイ。僕は、まだ――。

    [終]
    護られる側であったと思うノーマンも、きっと体を張って仲間を護りたかっただろうな、と思ったところから書き始めた話。
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