閉じた世界 4コンコン、と扉を叩いてから「失礼しまーす」と言い病室にお邪魔した。
ツバっさんの見舞い、というか暇してると踏んで構いに来てあげた僕とハッサク先生は、そこで首を傾げることになる。
「あれ?」
ツバっさん居ない。もしかして部屋間違えた?
いや、一つベッドが空いてるし、そこのシーツは乱れてるから……恐らくさっきまで居たのだろうと考えられる。
「失礼。カキツバタくん……金色の目に白髪の少年を知りませんか?こちらに居た筈なのですが」
ハッサク先生の姿に驚いていた同室の患者さんは、途端に困惑を滲ませる。
「それがあの兄ちゃん、家族に連れられてどっか行っちまって」
は?家族!?
僕達は顔を見合わせた。僕も学園の皆も本人が嫌がってたのを知ってるから伝えてない。先生やトップ達にも配慮して欲しいと言った記憶がある。
なのに、家族が来た!?どうやって今回のことやここに居ることを知って……!?
「どちらに向かったかは分かりますか?」
「いやあ、流石に………」
「でも、あの子って目が不自由なんだろう?連れ出したんなら許可は取ってると思うが、誰かに伝えようかって話してたところなんだ」
敷地外にまでは出てないと信じたいが。そう言われて僕は考え込んだ。
とりあえず、先にアカデミーに行くとついて来なかったゼイユにも伝えて、疑いたくはないけど皆にも念の為確認して……それから……
いや、その前に彼らにもう一つ訊かないと。
「やってきたご家族って、どんな方でした?親御さん?兄弟?」
「祖父って言ってたな。あの兄ちゃんとはあんま似てなかったが、髪と目の色は同じでムキムキで、立派な髭を貯えてたよ」
「……!!シャガさん…………」
どうやら現れたのは、ハッサク先生もよく知る例のシャガという人物らしい。
ジムリーダーって話だし、信用したいけど。でもツバっさんは、彼に知られたくないと言っていた。以前の先生との会話からしても仲良しとは言い難いと推察される。
『目の負担になり得る行為は当然として。ストレスが大きいかもって』
彼らを二人きりにするのは良くない予感がする。
早く探して見つけてあげないと。
「なあ、カキツバタって言うんだっけ?あの子大丈夫なのかい?」
「なんかお祖父さん来ても嬉しそうじゃなかったし、むしろ、なんというか……」
「…………もしかして、虐待とか、」
「そんな筈はありません!!シャガさんは」
「ハッサク先生」
先生の方はそれなりに親しいらしい。患者さんへ大声で怒るので僕がすかさず止めた。
「とにかく二人を探しましょう。僕は上の階に行くので、ハッサク先生は下へ」
「…………分かりましたですよ」
「ぼ、僕達も手伝おうか?」
「いえ、大丈夫です。怪我や病気に障ってはいけませんから。それに彼が戻って来た時に誰も居なかったら驚かせてしまうかと」
「……あの兄ちゃんといい坊主といい、最近の子供は凄えなあ……」
ここで時間を使ってる場合じゃない。急がなければ。
大人達を納得させて、ハッサク先生の背を押した。
「じゃあ失礼します!カキツバタくんが戻って来たら、僕達が探してたと伝えてください!」
こうして大慌てで飛び出し、それでも病院内だからと走り出したい気持ちを抑えて動いた。
先生と別れて広い建物を進む。
「…………ツバっさん……」
何処からか情報が漏れたとして、なんでシャガさんはこんな突然、誰にも言わずに直接来たんだろう?
ただ孫が心配だったから、連絡する余裕が無かったから。色々考えられるけど、やっぱり嫌な予感がする。
(ツバっさん、居なくなったりしないよね?)
目が見えない状態では、バトルや授業どころか日常生活もままならない。突然なってしまったのなら尚更で。
それは確かに明らかだった。
でも、もしそれを口実にあの人が……手の届かないところまで攫われてしまったら?
先生の信頼する人を貶めたくはなかったが、『ドラゴン使いの一族』がどういう人間の集まりか、僕はある程度知っていた。きっと先生や先輩は例外なのだと…………
服をギュッと握り、歩く速度を上げて親友とその祖父を捜索した。
とにかく、シャガさんと話してみないと意図は分からない。一秒でも早く見つけ出そう!
グイグイと乱暴に手を引かれて、でも抵抗せずについて行く。
もっとゆっくり歩けねえのか、殆どなんも見えてねえんだからちょっとは気遣えよ、と言いたくても言えない。それだけの、言い表せない気まずさと恐ろしさは確かに頭にあって。
とはいえ、「場所を変えるか」と訊かれて頷いたのはオイラ自身だ。
あんな他人が居るところで喧嘩したくなかっただけとはいえ、同意の上だから仕方ない。誤解を招きたいワケでもない為、声を上げたりはしなかった。
「この先は階段がある。気を付けなさい」
「……何処まで行くんだよ」
「ただの病院の屋上だ。何処へも行かないさ」
一体どれくらい歩いて今自分がどんなとこに居るかも分からなかったが、言われて理解した。
祖父に従順になり続けて階段を上る。流石に苦労したが、落ちそうになれば直ぐに支えられて上がり切った。
(……こんなんでも見放してても、孫は孫ってか?体裁を保つのも大変だねぃ)
内心吐き捨てながらまた引っ張られる。
扉の開く音の直後に数歩歩かされて、今度は閉まる音が。ぬるい風が頬を撫でる。本当に外に、屋上に出たらしい。
「誰も居ないようだ。まあその方が都合も良いだろう」
「……………………」
「ベンチがある。座りなさい」
ほんの少しだけ明るくなった視界にボーッとしていれば、休憩所であろうそこの椅子に腰を下ろされた。
……あ、そういえば、白杖…………これ、一人じゃ戻れないんじゃ、
「コレを探しているのかい?」
「!!」
別に大して扱えてもない杖が無くてつい不安になっていれば、祖父に手渡された。
「いつの間に…………」
「きみの状態は聞いていた。当然だろう」
当然。当然ねえ。
ペースを合わせることも階段以外で声を掛けることも無かったクセに。相変わらず不器用で嘘が下手なこった。こんなんでよくジムリーダーと市長などやれるねえ。
「隣に座っても?」
「……好きにすりゃあいいだろ。どうせ何処に居られようが距離感も掴みづらくてよく分かんねえし」
事実だ。輪郭は見えてるとはいえ本当にかなりぼんやりとだし、そもそも光の認識さえ微妙なのである。耳も敏感になってる為、横に居られようが少し離れられようが同じだ。
祖父は「では好きにする」と真横に落ち着いたようだ。ベンチが体重で軋んで少し沈む。
「…………………………」
「…………………………」
さてと?めっちゃ気まずいねえ?一体なにを改まって話せってんだ?
今ここにはオイラ達二人だけ、らしいけど。意図してかそうでないかはオイラには知る由もなく。
これからなにを突きつけられ、なにをされるかも……
「……………………………………」
「……………………………………」
まあなるようになってしまえばいい。
良く言えば寡黙、悪く言えば口下手な祖父は言葉を探してるのかずっと静かだったので、こちらから切り出すことにした。
「なんの用だよ、ジジイ」
「…………来ては迷惑だったか」
「迷惑って言えば帰るのかぃ?」
「…………………………」
「こういう会話がしたいワケじゃねえんだろ。いいから質問に答えてくれや。オイラになんの用だ?わざわざ遠く離れたこのパルデアにまで来て、さぞ重要なお話があるんだろうな?」
「それは、……そうだ」
「ふぅん」
じゃあどうぞ、と言わなければ言えないのか?
また黙り出すので心底面倒くさい。嘗てのスグリの方がまだコミュニケーションは取れていた。
突き放している自分にも原因があるとはいえ、一向に進展させようとしない態度に苛立つ。オイラはせっかちとかとは違うが、今ばかりはとっとと終わらせたい気持ちが強くまた口を開いた。
「相変わらず無口だな。自分から来たクセに、オイラとは話したくねえってかぃ?笑えるね」
「そんなことは」
食い気味な割に声に焦りなんて微塵も乗っていない。やはりこの人にとって自分はその程度なのだと。
顔が見えないから完璧には読み取れないが、きっといつもと丸っ切り同じ仏頂面で、涼しい顔して、
あの冷たい目で、こちらを見ているのだろう。
「……一旦質問を変えてやるよ。……誰から聞いた?」
「なにをだい」
「なにもかも。オイラの目のことも、今パルデアに居ることも。誰にも話すなって言ったんだけどなあ」
「犯人探しか。きみらしくもない」
「いいから答えろ、って何度言わせんだ。会話下手くそかよ」
トボけたり論点ズラしたり要らない茶化しを入れたり……オイラも人のこと言えたモンじゃねーけど。人にやられるとまあ面倒には面倒で。
それが分かってたから自分もよくやる。この人はある意味良い見本だった。
言ってもこの人は無自覚だろうし、オイラはもっと上手くやれてるだろうが。
「誰に聞いた?先生か?それともリーグ部?まさかタロやハッサクの旦那じゃねえだろうな」
とにかく質問を重ねた。祖父は答える。
「匿名だった。しかし『カキツバタの友人だ』と」
「匿名?」
「最初はイタズラ電話かと思ったが、学園に関わる人間しか知らないであろうことを口にしてね。近頃の内情や、"ステラ"というテラスタイプのポケモンのことや……色々と」
「だから信じたってか?アンタにしては軽率だな」
「かもしれない。しかしきみのことだったから」
素性を隠して、わざわざジジイに電話して、そしてオイラの話をしたってか……
それならリーグ部や先生ではなさそうだが。一体何者…………
「そんな目の状態で他の生徒に因縁をつけられたそうだな」
「…………!!」
その発言でハッとする。
『こんなモンが無えとマトモに歩けねえクセに』
『覚えてろよ!!』
成る程、アイツらがチクったみたいだな。全く、よくもまあこんな嫌がらせが思い付く。
確かに誰にも咎められずオイラにダメージを入れられる方法だが。そんなにもリーグ部が気に入らんのかね?
「何故言ってくれなかったんだい?その目のことも、生徒とのトラブルも……きみの所属する部活が荒れていたことも」
杖を握り締めて舌打ちを零す。
言うわけねえだろ。言ってなんになるんだ。どうせロクなことにしないクセに。どうせこっちなんて見向きもしないクセに。
どうせ、どうせ、期待なんてしてないクセに。
「電話を掛けてきた子はきみをとても心配していたよ。良い友人が作れたようでなによりだが、しかしきみは部のことで、目のことで傷付いたのだろう。言ってくれれば助けたのに………アイリスも心配、」
オイラは精一杯ジジイを睨みつけ、吐き捨てた。
「はあ?『良い友人』?何処をどう取ってそう思うんだよ。何年経ってもオイラのことなんて見えてねえんだな?」
祖父は押し黙って狼狽える。
見えない。見えない。アンタがオイラを見ないのと同じで、今オイラはアンタが見えない。はは、似た者同士じゃねえの。
「言ったよな?誰にも話すなって希望してたって。そらアンタらに対しても同じだ。知られたくなかった。知って欲しくなかった。来ないで欲しかった……なのにその匿名の誰かさんは漏らしたんだぜぃ?それの何処が良い友達なんだ?名前なんて聞かなくても分かる、ソイツぁオイラに突っ掛かってきた野郎張本人だよ。それでも『良い友人』なのか?」
「しかしカキツバタ、」
「ああ、百歩くらい譲ってやるよ。アンタは愚直に、無害な振りしたいじめっ子に騙されてやっただけだもんな」
だけど、でもよ。
「こりゃねえだろ。オイラが弱ってるからって、しょうもない情け掛けるなんてさ。そんなに外面が大事だったのか?」
こっちを向け、見てくれ、別にオイラ一人だけ見ろって言ってんじゃない、ただ姉と同じように、同じ目で、笑って、こっちを。
何度そう願っても懇願しても、今の今まで見向きもされなかった。とっくのとうにどうでもよかったんだ。
期待するのは止めた。なにを望んだって嫌われたって同じだった。だから、
「………………一度見放したなら、そのまま放っとけよ。なんで今来るんだよ」
どうでもいいくせに。
絞り出せば、なにか暖かいものに包まれていた。
直ぐに祖父に抱き締められていると気付く。
「放せよ」
「違う、違うんだカキツバタ。私は一度だってきみを見放してはいない」
「放せって」
「すまなかった。なにも気付いていなかった。まさかきみがそこまで私を嫌っていたとは。私は祖父失格だね…………」
「放せってば。なにも知らないくせに謝んな」
「そうだな、私はなにも知らない。……すまない」
うるさい、今更なんだ。
オイラが姉と比べられ詰られていた時も、一族に後ろ指差され嗤われてる時も、……町と一緒に凍った時も、家出同然に飛び出し続けて帰らなくなっても。いつだって放置してたアンタが、今更なんだよ。
別に嫌いではない。期待するのを止めただけだ。そんなことも分からないのか?
……何処かでは分かってた。この強く気高い祖父は、陰口や悪事など赦す筈が無い。本当に気付かなかったか、気付いてても全て拾い切れていなかっただけなのかもしれない、と。
それでもオイラの中じゃあの頃が全てで、あの頃受けた仕打ちは忘れられなかった。今更謝られたって、もうどうだっていい。
戻って継いでも、逃げ出しても、同じだから。いつまでもなにも無い、こんな落ちこぼれなんて、しょうもない大人になって堕落する未来しか無いのだ。
「カキツバタ」
「…………もういいから、放せって…………」
「カキツバタ、聞いておくれ」
学園のお陰で忘れかけていて、思い出したくなかった感情。それらが湧いて渦巻いて絡み合う。
そんな自分の心の壁を祖父は叩こうとした。
「一度、家に帰って来てはくれないか」
……このタイミングでなんだそりゃ。
やっぱりこっちの気持ちなんて汲む気も持ち合わせてないじゃないか。
「聞きたい話が沢山ある。いつその目が治るかも不明確なのだろう。ならば、療養した方がいい。確かに家はきみにとって良い環境ではないのかもしれない。しかし学園に居続けるのは無理があるのでは?」
「…………別に。アンタの手を煩わせる程じゃない」
「カキツバタ。辞めろと言っているわけではない。単なる休学だ。きみは確かに留年しているが、どうにか掛け合って」
「だからそこまでしなくていいっての。休学しなくたってなんとかなる」
「学友に迷惑を掛けるのはきみも嫌なのでは?」
うるさい、そんなこと自分で一番分かってんだ。
どうしてこうもハッキリ言ってくれる?そんなにも学校に居させたくないって?
オイラなんかあの家に居ても居なくても同じだ。学園となにが変わる?むしろストレスで体調まで崩しそうだ。
帰らない。帰るつもりは無い。そう言おうとしたら、とうとう彼に現実を見せられてしまった。
「そんな目では、バトルも授業もままならないだろう。学園に居ても仕方ないんじゃないかい」
…………ああ、もう、
……………………むりだ。
「ハッ、そうかい。いいよもう」
「カキツバタ?」
「一応保護者はアンタだ。そのアンタが休学させたいってんなら先生にでも誰にでも言えよ。手続きもなにも勝手にしろ。オイラはもう知らねえ」
「なにを言って、これはきみが決めるべき問題だ」
「決めさせる気なんてハナから無えだろぃ」
どうせ自分は大人の決定に逆らえないのだから。もう好きにしてくれと投げ出した。
白杖を握って蹌踉めきながら立ち上がる。
「何処へ」
築き上げた失望は、そのままだ。ほんの一瞬、夢を見せられただけだった。
「オイラが何処へ行こうがオイラの勝手だろ」
フラフラとドアを探して手を彷徨わせる。
見つけてドアノブを掴んだら、祖父の影が動いた。
「その目では危ないだろう。私も一緒に、」
「いい。ついてくるな。放っといてくれ」
「だが」
「アンタ忙しいんだろ。とっとと帰ってお仕事に励めよ。アンタが一言言えば先生達も自分で動くだろ」
「カキツバタ!」
扉を開き、白杖で前方を確認しながら恐る恐る歩き出す。
だが、この先は当たり前のように階段だ。
「っ!!」
補助も無く、急く気持ちに任せて踏み出したオイラは早々にバランスを崩した。
「カキツバタっ!!!」
あ、ヤバい、落ちる、
悪足掻きで手すりに手を伸ばすも空振り、襲いくるだろう痛みに備えて目をギュッと瞑った。
瞬間、胴体を抱えられて落下が止まる。
うっかり手放した杖が下方で転がる音がした。なんだか乱暴な扱いを受けてばかりだな、あの相棒は。
「……………………」
ぼんやりふざけたことを考えていれば、引き寄せられて。
再び抱擁された。
「っ、ハァ、怪我は!?」
妙に切羽詰まった声が飛ぶ。この声は一体誰だ?
「……だいじょうぶ………」
「〜〜〜っ、良かった……危ないところだった。もっと足元には気を付けなさい。大怪我をしてからでは遅いんだよ」
なーんでジジイが説教してくんだよ。
鬱陶しく思い、けれど膝が笑って立てなくて。振り払って今度こそ本当に落ちたら目も当てられないと動けなくて。
頭を撫でられてもされるがままでいた。
「何処かへ行きたいなら、やはり私と一緒に。邪魔はしない」
「勘弁して……もーいい。病室に、」
「ツバっさーん!?そこに居るんですか!?」
そんなタイミングで、あのよく知ったキョーダイの声が。
物音や話し声が聞こえたのか、軽やかに階段を踏む音がする。次には困惑気な大声が飛んだ。
「えっ、なんで杖ここに……!?え、ツバっさんもしかして階段から落ちそうになった!?」
白杖が転がっていることと、オイラ達が密着してることで分かっちまったらしい。察しの良い男だ。ジジイも見習って欲しいね。
「大丈夫でしたか!?怪我してない!?」
「おー、へーきへーき。ピンピンしてっぜ」
駆け寄ってくる影にへらりと笑った。ジジイと二人きりだった状況が変わって少し安堵する。
一方ジジイもジジイでなんか動揺していた。
「つば……?うん?まさかきみの渾名か」
「…………察しろぃ」
そういうこと訊くなよクソジジイ。
とまでは、ハルトの前なので言わなかった。
「えっと……もしかして、おじいさんがツバっさ……カキツバタくんの?」
「ああ、祖父だ。シャガという」
「は、初めまして!僕はオレンジアカデミーのハルトです!」
「ハルトくんか。初めまして。……学校も地方も違うようだが、孫とは一体どういう?」
「実は僕、交換留学生で………ブルーベリー学園にも度々お邪魔させていただいてるんです。そこで少し縁があって、今やカキツバタくんとは親友です!」
「ほう、親友」
「『キョーダイ』って呼ばれてます!」
「きょーだい」
いやなにちょっと盛り上がってんの?ていうかジジイそろそろ放せよ?
多分ドヤ顔してるであろうキョーダイは、オイラの身内とはいえ興味を持たれたのが嬉しかったらしくオイラと自分の思い出を情熱的に語る。割と色々盛られてて止めたかった。
「四天王チャレンジなんて凄かったですよ!テラリウムドームのポケモンだけ使えって!アレはちょっと焦ったけど、でもとても面白くてバトル強豪校の最後の四天王に相応しくて……!!」
「成る程、貯金で勝ってはつまらないと。篩にかけるような内容だが、よく出来ている」
ジジイもジジイで何故か熱心に聞いてるし。なんでぃこの状況。帰りたい。
もう解放しろこの野郎、と祖父の腕をバシバシ叩くがスルーされた。
「バトルだって凄いんですよ!ブリジュラスのエレクトロビームが」
「あーお二人さん。その辺で止めてくれぃ」
「あっ!」
主にジジイに対して苛々してきて少し声を張ったら、やっとハルトは戻ってきた。
「ごめんなさい、なんか盛り上がっちゃって!」
「何故止めるんだい。良いところだったのに」
「はぁ〜〜〜〜っ…………何処がだよ。早く放せって」
もう何度目の訴えか辟易しながら再度腕を叩く。渋々といった動きで半ば拘束だったそれを解かれた。
キョーダイはちゃんと回収していたらしい杖をオイラの手に握らせる。いつもの軽いノリで感謝を述べた。
「じゃ、ジジイはお帰りくださーい。さっきも言ったけど休学させたいなら好きにしろぃ」
「えっ!?休学!?ツバっさん休学しちゃうの!?」
ハルトが「ヤダ!!折角スグリもゼイユも戻ったのに!!」と抱きついてくる。
しかしどうにもこうにもならないのだ。一族の子供で彼の孫である自分は、決定に逆らえない。
「…………カキツバタ」
そんな心情を悟ってるのかなんなのか、ジジイは言う。
「私は……きみに帰って来て欲しい。きみのことが心配なのだ。しかしきみが望まないのであれば強制はしたくない。どうすべきかではなく、従うしか無いではなく、きみ自身がどうしたいかを教えてくれまいか」
「さっき散々言ったろぃ。休学しなくても大丈夫だって。でもアンタは聞く気も無えんだろ」
「理由を教えて欲しい。話がしたいんだ。私はきみがそこまで故郷を拒絶する訳を、知らないから…………」
「それ、アンタが知る必要あるか?」
帰って欲しい?心配?強制はしない?
笑える。腹立つくらい清々しい虚言だった。
「どうでもいいくせに」
さっきも言った言葉をぶつければ、ジジイはまた黙ってしまった。
図星なんだろ。ちょっと人が好いだけで、こっちを向く気も愛する気も無いんだろ。オイラが要らない存在だってことはオイラが一番知ってる。だってあの家には、アンタもアイリスも居る。
要らないだろ。あれ以上、なにも。誰の期待にも添えないお荷物なんて尚更。
辺りがシンと静まり返る。痛いくらいの沈黙が続いた。
「ハルトー!」
「カキツバタくん!」
いつの間にかキョーダイが呼んでいたのかもしれない。そのうちゼイユとハッサクの旦那が現れた。
「ゼイユ、ハッサク先生。ちょっとツバっさんをお願いします」
「えっ?別にいいけど……」
「どうなされたのですか、ハルトくん」
キョーダイはオイラを立たせて二人に委ねて。
直ぐに、ジジイの傍に歩いた。
「ツバっさんのお祖父ちゃんと話してみたいんです。二人だけで」
ハルトはジジイを睨んでいるのかもしれない。ゼイユが緊張するようにオイラの肩を強く握った。
ハッサクの旦那はどうにも止めたいようだ。けど、止められないらしい。
なのでオイラから言ってやった。
「いいよキョーダイ。なに考えてるか知らねえが、オイラとジジイの間を取り持つつもりなら……お節介は程々にしてくれぃ」
明確な拒絶を伝えたつもりだった。少なくともリーグ部の連中だったらこれだけで引き下がる。
しかし、キョーダイは頑固で、決めたら聞かなくて、お人好しで、
残酷な男だから。
「嫌です。こんなところを見せられて見て見ぬ振りなんてしたくない」
我儘だって分かってる。傲慢だって分かってる。
そう続けながらも、折れる気は皆無みたいだ。
「出来ることは全部するって、決めたんだ。もう"あの時"みたいに後悔したくない。喧嘩別れなんてさせないから」
………………………。
「ゼイユ」
「わ、分かった。カキツバタ、行くわよ」
「足元に気を付けてくださいですよ」
ただ笑って承諾もなにも出来ずに居たら、ゼイユ達に連れられてジジイと引き離された。
あーあ、ホント…………ハルトは本当に
ジジイやアイリスと、同類の人間だよなあ。
目の前が幾分か暗くなった気がした。