愛と後悔「先ず、一番重要な点から伺います。……カキツバタくんは、死んだんですか?」
僕が念の為覚悟を胸に静かに問うと、スグリが怖い顔になり、アカマツくんがギュッとフライパンを握り締めた。
アイリスさんはそんな僕達を順に見て、言葉を選ぶように暫し沈黙して考え込む。
数分にも数時間にも感じた静寂が過ぎ去った後、飛んだ答えはこれまた不可解だった。
「私も、死んだのだと聞かされました。でも生きてると思う」
僕達三人は視線を交わらせる。
そんなアイコンタクトには気付いているのだろう。イッシュの女王は大きく息を吐き出して続けた。
「ご存知か分からないけど、私はソウリュウシティの出身でもドラゴン使いの一族の生まれでもないの。竜の里という場所から来た、所謂"余所者"。お祖父ちゃんの後継者だからって、そこは変わらない。だから……一族の仕来りにはまだあまり詳しくなくて。関わることが無かったわけじゃないけど、仲間外れにされることも多いの。あくまで"後継者"で本当に当主になる日も決まってないから、尚更」
「…………その言い草」
「やっぱり先輩、『仕来り』に従って、居なくなっちゃったの……?」
恐らくは、と彼女は肯く。
一族。仕来り。死亡扱い。アカデミーでのハッサク先生の一件や今回の話の発端により、僕の中での竜の一族への評価はとうに奈落に落ちていて。
ロクな予感がしない。きっと僕達の仲間は今も何処かで苦しんでる。そう拳を握った。
アイリスさんもなんとなく悟っているのだろう。けれど、それでもと俯いてしまった。
「私は、この町が、この一族が大好き。お祖父ちゃんが、仲間達が大好き。……皆がカキツバタに酷いことをしてるかもなんて、あまり思いたくないの」
「でも、現に彼は音信不通になっている。ブルーベリー学園を出て実家に帰った直後に。しかも退学届けまで出していました」
「……!退学……あの子も、相当な覚悟を持って学園を出ていたんだね………」
……アイリスさんは、きっと心からツバっさんのことを想ってくれてるのだろう。それは信じてあげたい。
でも同時に一族への愛情も本物だ。嘘は吐かないだろうけど、完全な味方とは見做せなかった。
もし選択を迫られたら、彼女は多分どちらを取るか迷う。
そして僕達は迷い無く仲間を選ぶ。
その時点で分かり合うのは無茶な話だった。
「貴女は一族と良好な関係を築き、心から愛し合ったのでしょう。だから信じたくないのは仕方ありません。そこは責めませんよ」
僕達と彼女では、立場も目線もなにもかも違う。仕方のないことだ。なのに糾弾するほど僕は理不尽じゃない。
しかし、それとこれとはまた話は別でもある。
「責めはしません。でも、カキツバタくんは……悩んで悩んで、苦しんで、その末に消えてしまった。僕にはそう思えてならない」
「……………………」
「いつもそうなんです。なんでもない振りして、傷付いてないよう振る舞って、一人でフラフラしてふざけているように見せかけて。かと思ったら、気付いたら全部彼の掌の上だった。彼がどれだけ狡賢く、……優しいかは、僕はよく知っています。僕達を突き放したのも、貴女に助けを求めなかったのも、理由がある筈なんです」
彼が認めるかは分からないが、僕は彼と親友だと思ってる。ライバルだとも思ってる。
だって彼は一番に、なりふり構わず僕を使った。頼ってくれたんだ。そして全てが終わった後、強さを磨いて一度僕を打ち負かしたのだ。
なによりバトルを心から楽しんでいる。ポケモン達を大切にしている。彼のような人間こそ、僕やネモやオモダカさんが理想とする存在で。
なのに、全部まだまだこれからだったのに、消えるなんて。
「あの人が、自らポケモン達を置いていくなんて有り得ない。理由が無いとおかしい。事故だと想定しても、辻褄が合わない」
だから、僕まで救ってくれなくていいから、対価を払えと言うならなんでもするから。
「見つけたいんです。助けてあげたい。……ポケモン達と、再会させてやりたいんです」
生きてると思うなら、探してあげてよ。
お姉さんなんでしょ?家族なんでしょ?
このまま、居なくなったまま本当に死んでしまったら、貴女も僕達も必ず後悔する。
「…………話せることは全部話す、って、私言ったよね」
「!」
「カキツバタも嬉しいだろうなあ。こんなに想ってくれて、向き合ってくれる優しい友達が出来て。あんなに人見知りだったのに、いつの間に……本当に……っ」
アイリスさんも沢山の葛藤があったのだろう。遂には泣き出してしまった。
スグリが慌ててハンカチを差し出すと、歪んだ笑顔で突き返す。
「いいの、大丈夫。私、貴方達に優しくされる資格、無いから」
「優しさに資格もなにも無いべ」
「オレにはよく分かんないけどさ。無理して笑わないでよ、アイリスさん……」
彼女は誤魔化すかのように笑い、頷き。
それから涙を拭きつつスマホロトムを取り出した。
「カキツバタと私のお祖父ちゃん、シャガに会いたいんだったよね?」
徐に飛ばされた質問に首肯する。アイリスさんも詳しく知らないのであれば、本格的に彼くらいしか当てが無い。
そう言えば彼女は僕にもスマホを出すよう指示する。
「本当に申し訳ないんだけど、直接会いに行っても多分無理だと思うの」
「えっ!?なんで!?」
「もしかして、さっき僕が一族の人と衝突したから……?」
「うん……もう知られてる可能性は高いよ。あの人の体調が悪いのは事実だし、私の名前を貸しても難しいかも。だからお祖父ちゃんの連絡先を教えるね」
「連絡先……!!」
まあ直に対面出来ずとも、話せればなんでもいい。
僕達は有難く受け取ることにして、アイリスさんのスマホから送られた情報を登録した。
「お祖父ちゃんはきっとなにかを知っている。私もそう思います」
「………………」
「でも、これだけは信じて。……お祖父ちゃんは、カキツバタのことを大事にしてた。きっと今でも愛してくれてるんです……」
はらはら泣きながら言われてしまっては、流石に弱る。
「……憶えてはおきます」
僕は……そう答えて立ち上がった。
彼女のことを考えれば、きっと長居するのは色んな意味で良くなさそうだ。
「行こう、二人共」
「あ………」
「で、でもハルト……」
「私のことは気にしないで。どうか行ってください」
「だけどさ」
「…………カキツバタをよろしくね」
優しい友人達は、このまま淡白に立ち去るのが嫌みたいだけど。
アイリスさんの最後の一言で頭を下げてから起立した。
「ありがとうございました。またそのうち、何処かで」
「うん。こちらこそありがとう。またね」
いつかなんの縛りも憂いも無く再会したい。その時はどうか、バトルを。
その願いは到底口には出来ず、僕は仲間と共にその場を後にしたのだった。
「どうするハルト?このまま直ぐにシャガさんに電話するか?」
「いや……その前に一旦タロちゃんに連絡しよう。向こうでまたなにか起きたかもしれないし、出来る限り細かく報告した方がいいだろうから」
「そうだね!任せたハルト!」
「丸投げするなあ……僕だってそこまで整理得意じゃないんだけど」
とにかく僕達は一応ソウリュウを出てから学園の仲間と話すことを決め、僕のコライドンに乗り空を飛んだ。