くっつかないカキアオブルーベリー学園。人気の少ないテラリウムドーム内ポーラスクエアにて。
「カキツバタ先輩っ!!好きです!!この世で一番愛しています!!結婚を前提に付き合ってください!!」
「!?!? ごめんなさいっ!?」
私アオイの初恋の人への一世一代の大告白は、秒で打ち砕かれた。
私の交換留学期間が終わる、一週間前の出来事だった。
初めての恋。初めての告白。そして初めての失恋。
それらを怒涛の勢いで体験した私は、ちょっとだけ落ち込みはしたけど。
「そう来たか……ならば私にも考えがある!!」
皆に頑固だの主人公だの諦めが悪いだの言われがちは私は、即座に持ち直して大好きでターゲットであるカキツバタ先輩を指差した。
当の本人は、とりあえず断りはしたけど困惑してますって感じで。
「いやあの、キョーダイ?その前になんでオイラ?え?好きって?え??ケッコン???」
「首を洗って待っていてください先輩!!私は絶対諦めませんから!!この学園を出て行くまでの一週間で、必ずや貴方を落としてみせます!!!」
「あ、お、おお、そう、なんですねぃ……?」
どうやら状況が飲み込めていないらしいけど、知ったことではなかった。
早速大好きな人を自分に惚れさせる作戦を立てるべく、相棒のコライドンを繰り出してライドする。
「それではご機嫌よう!!いつか生涯を共にすると言わせてみせます!!」
「言わないぜぃ……?気を付けて帰りな……?」
「優しいーっ!!好きでーすっ!!!」
「ごめんなさーーい!!!」
「えーん!!」
また告白と拒否のやり取りをして、私はその場を立ち去った。それはもう全速力で帰った。
そしてリーグ部部室へと帰還し、自動ドアを壊す勢いで通過した。
「クソーーーっ!!!!」
「わぎゃぁ!?!?」
「ど、どうしたアオイ!?なんかあったのか!?」
流石にちょっと悔しくはあったので叫んだら、部屋で寛いでいた友人達に心配された。
そりゃそうだ。急に人が駆け込んできて急に大声を上げたら皆ビックリするし不安になる。
私は呼吸を整えてなんとか精神も落ち着けて、キリッとした顔になった。
「ごめん。なんでもない」
「なんでもない人の叫び方じゃなかったよ!?」
「なんかあったの?誰かにいじめられた?あたしが制裁しに行ってあげるわよ?」
「ついでにうちが社会的に殺すけど」
「いじめとかじゃないから大丈夫。その物騒な手とハッキング用のパソコンは仕舞ってね」
一先ず助けようとしてくれたゼイユの拳と特別講師として来ていたボタンのパソコンを下ろさせて、もう大丈夫だと笑う。
が、ボタン同様私に呼ばれて来ていたペパーがおろおろとお菓子を差し出した。
「いやいや、マジでなんで叫んだんだ?大丈夫って言うけどなんかあったんだろ?相談くらい乗るし、話してみてくれないか?」
「そうだべ……アオイがそんな悔しそうにしてるとこ、初めて見たし」
「ネリネも心配です。アオイはバトルに負けた時でさえ楽しそうなのに」
とりあえずお菓子は受け取りながら、迷った末に頭を掻く。
「いやあ、大したことじゃないっていうか。本当プライベートなことなんだけど」
「なになに?好きな男でもできた!?」
「ゼイユさん…………そういうの良くないと思います」
「あはっ、冗談よ冗談!本当はどうしたのよアオイ?SNSのアカウントが親にバレたとか?」
「ねーちゃんっ!!もうっ!!アオイはこんな真剣に…………!!」
「……………………………ソウデス」
「「「えっ??????」」」
私は改めて皆に認識されると思うと恥ずかしくなり、モジモジ指先をイジる。
ゼイユ達は固まった。
「えっ!?アンタSNSやってたの!?なんで黙ってたの、教えなさいよ!!」
「そっちじゃなくて!!」
「ソッチジャナクテ?どっち?」
うぅ、多分反対されるしもっと心配されるだろうけど。
でも、外堀から埋めてしまうのもアリか?と私は意を決した。
「好きな人!!できました!!ていうか大分前からちょっと気になってました!!」
「「「……………!?!?な、ななな、なんだってぇ!?!?」」」
全員の絶叫が部室内に響き渡った。
ゼイユスグリ姉弟はガクガク震え始めるし、タロちゃんとボタンは目を輝かせるし、ペパーは理解した瞬間鬼の形相になるし、アカマツくんとネリネさんは色々心当たりがあるのか忙しなくなった。
「え……えっ!?好きな人!?アオイに!?」
「一体何者ちゃんなんだその男は!!!オレ知らなかったぜ!?」
「誰?誰?誰なん?面白そうじゃん。詳しく聞かせろし」
「恋するアオイさん可愛い……じゃなくて!私も気になります!」
うーん想定以上の食い付き。
ただここで言ってしまえば先輩も逃げづらくなる!羞恥心に負けるな、アオイ!さっきの告白の勢いを思い出せ!
「え、えと、絶対皆知ってる人なんですけど……」
「えっ!?もしかしてこの中に居たり!?」
「この中ではないけど、リーグ部員……」
「なにぃ!?!?」
「あれ?待ってください。今ここに居ないリーグ部員で、私達全員が絶対知ってて、大分前からアオイさんと一緒に居た男の子と言ったら……」
流石タロちゃん。察しが良い。
皆が勝手に悟るより前に、私は息を吸い込んで堂々と宣言した。
「そうです!!カキツバタ先輩です!!」
「「「なんだってえぇぇ!?!?!?」」」
「ちなみにさっき告白して一瞬でフラれました!!!!だから叫びました!!!!」
「「「えええぇぇぇっっ!?!?!?」」」
皆はひっくり返る勢いで驚愕する。
そりゃあそうだ。今の今までそんな素振り見せてなかったし、私は最年少で先輩は最年長。驚くのも無理ない。
だけど、でも、「勘違いだ」とは誰にも言わせたくないので畳み掛けた。
「ずっと、ちょっと気になってたんだ。確かに先輩は私を利用したし、不真面目だし、飄々とし過ぎてて掴み所が無いけど……でも、あの優しさは嘘じゃないし、それに、それにえと、…………私って人間を、いつも『ただのアオイ』として見てくれてるから。いつだって楽しそうに勝負してくれるから。それが嬉しくて、くすぐったくて………昨日ふと考えてみて、ああ好きなんだなって…………」
私が本気なのは伝わったのだろう。一部はキラキラとしたエフェクトが飛んでそうなくらい興奮して、一部は信じられないと言いたげに頭を抱えた。
「アオイさんが可愛過ぎる……!!相手がカキツバタなのは不安ですが、私は応援しますよ!!」
「アオイにもついに春が来たかあ。あ、ネモに報告報告。ついでにトップ達にも言っちゃお」
「是非!!報告して!!外堀埋めたいから!!」
「流石アオイ……ロックオンしてから行動が早いね」
「ネリネは、その……恋慕には疎いですが。必要であれば手を貸しましょう」
「いやいやいや!!アンタらなに雰囲気に流されてんの!!」
「カキツバタだけは止めとけアオイ!!ぜってえロクなことにならん!!」
「そ、そうだそうだ!!そもそも年齢差ってやつがだな!!」
「いや私告白してフラれた側だからそんなこと言われても」
「「そうだったーっ!!!」」
「ま、まあ、アイツにも最低限の良識はあるのね…………」
止めとけと言われるのは分かってたけど、意外に応援すると言ってくれる割合も多くて。
これは私の青春も明るいかもしれない、とうんうん頷いた。
「とりあえず玉砕されてきたから、留学が終わるまでの残りの一週間で必ず落とす。絶対好きになってもらう。気付いたからには逃がさない」
「あら、急に捕食者の顔」
「んん?もしかして心配するべきなのカキツバタの方か?」
「アオイは欲しいモンなんでも手に入れっからな…………頑張れカキツバタ」
「人聞きの悪い。私はただちょっと欲深いだけの恋する普通の女の子だよ」
「「「ふつ、う……?????」」」
「普通ってワード初めて聞いたのかな?」
なんだか分かんないけど止めとけ派の声が小さくなった。その方が都合が良いので気にしないことにした。
「というか、スグとペパーはもっと落ち込んだりするのかと。思ったよりは聞き分けいいわね。思ったよりは」
「??? 落ち込むもなにも、オレとアオイは親友だぜ?」
「確かにまあ色々思うとこはあっけど、もう俺は人のモンさ無理矢理奪うの止めたから。心配だけど、アオイがそこまで言うならこれ以上の口出しはしないべ」
「大人になったじゃないの」
さてと。
どうやら場の全員が味方になったと言っても過言じゃないらしい。
「うーん、どうすればカキツバタ先輩は私のこと好きになってくれるかなあ」
「そもそも顔が良いし愛想も良いし強いしで、モテそうだしね。生半可なのじゃ靡かないような……」
「まあライバルが現れるものなら全然戦うつもりだけど」
「その戦うってポケモン勝負のことじゃないよな?」
「勘弁してやってくれ。可哀想だから」
「そうねえ。ご飯とかプレゼントが違うのは確かだわ。アレはそういうの無関心だから」
「でも先輩って甘い物好きだよ?手作りお菓子とかあげたら案外喜ぶんじゃない?」
「可愛いお洋服とかはどうでしょうか?」
「男性にはデートというものも効果的かと」
自然にワイワイキャッキャと作戦会議が始まり、私は感激した。
友達って有難い!私は恋愛初心者だから普通に助かります!ありがとう!
「とりあえず、ストレートに好きなこととその理由も伝え続けた方がいんじゃね?」
「そうだね。あの人そういう部分アホそうだから、先ず好きって感情をぶつけまくる!逃げても追う!どうよアオイ?」
「採用!」
「アオイにピッタリな作戦だな。カキツバタにはちょっと悪いけど……」
「執念深いだろうしねえ、アオイって」
「失礼な!心が強いって言ってよ!」
押して押して押しまくりながら、並行して好感度を稼ぐアピールもする。シンプルでありきたりだけどそれが一番だ。
よっしゃ、やってやんよ!二回フラれた程度で諦める私じゃないからね!!
そこで、背後から自動ドアの開く音が。
「おーっす、皆やってっか…………あ」
「あ」
「「「あ」」」
入ってきたのは、カキツバタ先輩だった。
「先輩!!」
「やっべ!!」
「逃がしませんよ!!コライドン!!」
「アギャ!?」
彼は私を見た瞬間逃げようとするので、私は即コライドンで通行止めをした。コライドンは困惑気味だ。
「先輩!!私先輩のことが、」
「だぁーっ!!待て待てここでそれはヤベーぜキョーダイ!!皆に知られたらオイラがボコボコにされるだろぃ!?」
「大丈夫!!もう話した!!」
「話したの!?」
「ほらカキツバタ、男なら誠実に受け止めてやりなさいよ」
「アオイがこんなに好きになってくれるなんて名誉なことだべ」
「よっ!色男!」
「ヒューヒュー!」
「でもって意外と肯定的だねぃ!?なんで!?」
私も皆の反応にはそこそこビックリしたけど、先輩は私以上に理解が追いついてなさそうで。
まあそれはともかく!!
私は物語の中の王子様のように片膝をつき、先輩の片手を取った。
「先輩!!私の気持ちはまだ変わっていません!!好きです!!付き合ってください!!」
「ごめんなさい!!!」
「好きです!!!」
「だからごめんなさいって言ったよ!?ごめんなさい!!」
「絶対幸せにします!!!」
「えっなにこの子ゴリ押す気なの!?ごめんなさいっ!!!」
「どうしてダメなんですか!?!?」
「キョーダイのことそういう目で見れないからですけど!?年齢差考えて!?」
「たった六歳程度でしょう!!」
「六年ってデケーだろ普通に!!キョーダイの半生!!オイラの三分の一!!」
「好きです!!!」
「ごめんなさいっ!!!!」
人目もある中で私達は攻防を繰り返し、やがてお互いゼーゼー息を切らして黙った。
「思ったよりもどっちもガチだし……」
「こりゃあ残りの一週間が怖えなあ………」
「平行線なようなので、とりあえず一旦仕切り直しですね」
カキツバタ先輩をタロちゃんが、私をペパーが回収してここは一度武器を納めることになった。
「フッ、命拾いしましたね先輩……」
「オイラ暗殺されそうになってんの?マジでなに?怖…………」
「とりあえず二人共、うん。授業にでも行きましょうか。お話はまたそれからで」
「今ばかりは授業に救われるわ…………」
はぁーやれやれと先輩はタロちゃんに連れられて去っていき、私はそれを笑顔で見送った。
時には引き際も大事だ。困らせたいわけじゃないからまあここは一旦ね。一旦。
先輩が居なくなってから、無表情になって深刻さを時差で痛感した。
「手応え………無っ………!!」
「ど、ドンマイ」
「確かにまーだちょっと本気で受け止めてないわよね、アイツ。ヘタレとか一番許せないわ」
「で、でもまだまだ始まったばかりだべ!」
「そうそう!それにアオイはこの程度じゃへこたれねえだろ?」
「勿論!!玉砕上等!!死ぬまで追い回すよ!!」
「愛が重い」
ワハハと仲間達と笑い合い、私は再三カキツバタ先輩を必ず捕まえると誓ったのだった。
オイラはぼんやり授業を受けながら、不意に自分の手を見つめる。
「…………付き合って、ねぇ…………」
あの純粋無垢な目。よくあるただの年上への尊敬ともまた違うだろう、真っ直ぐな顔。
幾らチャンピオンだろうが修羅場を潜り抜けてようが、相手は子供だ。照れはするし確かに名誉な話だろうけど、嬉しい筈がない。
歳の近いスグリやアカマツなら微笑ましいモンだ。しかし成人も間近なオイラでは笑い話にもならねえ。
それに、
「オイラ、そこまで綺麗じゃないしなぁ……」
"そういう行為"への忌避感とか、トラウマとか、色々思い出されて普通にしんどい。
話せばキョーダイは『そういうところも引っくるめて愛してやる』って言いそうだけど。
「…………………………気持ち悪いなぁ…………」
"アイツ"とアオイとじゃ全てに於いて天と地ほど差があるだろうに、やっぱりオイラはダメダメだった。