カキツバタが失踪した。
俺スグリが荒らしてしまったものの元の形に戻っていったブルーベリー学園で、その一報が広まるのは早かった。
皆進級と卒業が決まって、俺も次年度からブルベリーグに復帰しようと沢山の人が応援してくれてて。友達も、仲間も、家族も、全部上手く行ってて幸せだった中。消えてしまった。
たった一人。それでも大きな存在であったカキツバタが、ポケモンも荷物もなにもかも置いて、気付けば居なくなっていた。
勿論俺達は探した。アレで手持ちを大事にしていたアイツが彼らさえ置き去りにするなんて有り得ない。スマホもパスポートも財布も持たずに消えるなんて容易ではない。きっと彼の身になにかがあったのだと。あんな男でも流石に疑いようがなかった。
彼の家族やイッシュとパルデアのリーグも加わって、探して、捜して、駆け回って。
そして結局見つかることは無かった。発見に至らないまま時は過ぎ、あの留年生を置いて俺やアカマツも学園を卒業してしまった。
(何度か考えた。アイツが帰って来た時の為に、俺も留年してしまおうか、と)
(でも、何処かで油売ってるアイツにも同じ時が流れてしまっているのだろう。なら俺が残っても意味なんて)
そうこうしているうちに彼の失踪から七年も経過していて、気付けば俺達は大人になり。
ウザくて煩くて愉快だった仲間は子供のまま、死んだものとして届出が出された。
それでも彼の祖父や姉はまだ諦めていないと聞く。家族なのだから当たり前だろう。俺だって、もしねーちゃんが急に居なくなったら……
「………………………………」
大人になった俺は、現在パルデアリーグに籍を置いている。カキツバタが居なくなってからどうにも張り合いが無くて、退屈で、でもバトルが好きなのは変わらなかったから、トップチャンピオンオモダカさんからスカウトを受けて直ぐに決めた。
「カキツバタだったら、どうしたかな」
勝負のことで詰まった時。仕事で面倒な案件が回った時。トラブルが起きた時。よくそう考えていた。尊敬出来るような男ではなかったが、それでも頭は回り要領が良かった。ただ不器用で、嫌われ役を買って出て損をしていただけで、アイツは馬鹿でなければ鈍臭くもない。一応、ある程度は参考になった。
自分事ながら『過去の先輩の死をいつまで引き摺ってんだ』『いつもイメージするとか粘着質過ぎる』『女々しい。俺は面倒な彼女か』とかそんな風に思わないでもないが。今日も気付けば彼がよく買っては食いかけを押し付けてきていたあのチョコレートを手に取っていた。
「甘……」
乱雑に一枚食べながら、本日の仕事場であるエリアゼロの関門ゼロゲートへ向かう。外で、しかも歩きながらとか、姉にバレたら「行儀が悪い!!」とゲンコツされるだろう。まあ姉はここに居ないし俺ももう子供ではないのでいいけど。
ゴミとチョコの残りを鞄に突っ込み、エレベーターで移動して、パルデアの大穴を覗き込むと。
ふと強い風と共に巨大な影が真上へ飛び上がってきた。
「……!?」
ポケモン!?エリアゼロから飛び出したのか!とりあえず捕獲、
「おーっ!?その髪と目の色は、もしかしてえ!?」
「………………は、」
しかし予想に反してポケモン(なんか違う気がするけど、多分ウォーグル?)は襲い掛かること無く降下してきて。
その背には、見覚えがあると言うにはよく思い出していた白髪が乗っていた。
「やーっぱりスグリだ!へっへー!久しぶりだねぃ、元チャンピオン!」
「カキ、ツバタ……!?」
余りにも記憶の中そのままの姿に愕然とする。
しかしこの嫌味ったらしい呼び方は、まさにあのいけ好かない男でしか有り得なかったのだ。
置き去った男
「ほ、本当の本当に、カキツバタ!?カキツバタなんだよな!?イタズラだったらポケモンっこの仕業でも本気で怒るべ!!!本物でいいんだよな!?!?」
「モノホンよお、正真正銘ツバっさん!あれ?スグリ背伸びた?」
「……このマイペースさはカキツバタだな……」
とりあえずガオガエンの力を借りてガッチリ捕まえた俺は、発言の数々で確信と現実味を覚えて顔を覆った。
本物だ。ずっともう一度会いたいと、今度こそ手を掴み取りたいと思っていたあのカキツバタが、ここに居る。こんなあっさり、悪びれもせずなんでもないように現れた。
もうなにがなにやら。とりあえずハッサクさんに電話を掛ける。
「もしもし、ハッサクさん?」
『スグリくん!どうなさいましたか?今日はゼロゲートの定期メンテナンスに向かっている筈では?もしやトラブルでも、』
「いえあの。カキツバタが見つかったんです」
『ほう、カキツバタくん……、!?!?!?!?!?』
ガタガタと崩れ落ちなにかにぶつかる音が聞こえてくる。流石の彼でも驚き散らかしてしまったようだ。
余りの動揺振りに『俺も混乱してるとはいえ直球過ぎた』と少し反省した。
『か、カキツバタくんが見つかった!?!?!?』
『え!?なに、ハッサクさんどないしたん!?!?』
驚きは分かりますが鼓膜がイカれそうです。
そう耳に当てていたスマホを遠ざける。
『す、スグリくん!!彼の姿を!!』
偶々同室に居たらしいチリさんも加わり、ビデオ通話に切り替えカキツバタにカメラを向けた。
「おっ?おー!アンタはハッサクの旦那!チリさんもお久しぶりでーす!」
『ホンマにカキツバタくんやん!!!!なんでやねん!?!?』
「なんでとはシツレーだねぃ。オイラ悲しー」
『そ、そうではなく!!!……ん?カキツバタくん、少々あの頃のまま過ぎでは???本当に七年歳取りました???』
「え?七年?あれま、こっちではそんなに経ってたんだ。ちょっとアルセウスしばいてくるわ」
「待て待てエリアゼロに飛び込もうとすんな!!!ていうかアルセウスってなんのこと!?!?」
……一旦落ち着こう。
ケロリとしているカキツバタ除く全員で深呼吸をして、改めてカキツバタに訊く。
「エリアゼロから出て来たな?今まで何処でなにしてた?ずっと大穴に居た、わけじゃねえべ?」
「うーん、一言で語るにゃ複雑なんだがねぃ。ちょっくら時間旅行を!」
「じかんりょこう」
『それはつまり、過去、もしくは未来へ行っていたと?』
「そうなりまーす」
『軽っ。チリちゃんの言えたことやないけど軽過ぎるわ』
イェーイ、とピースするその腕には、夥しく包帯が巻かれてある。
パニックになっていて気付かなかったが、服装もいつものジャージと腰巻き以外古ぼけている。そのオラチフジャージも紫のマントも、随分ボロボロになっていた。
こんなノリだが相当大変な日々を過ごしてきたようだ。「ここでは七年も経っていたのか」という言い草とこの容姿からしても、信じ難いけれど時間軸のブレがありそうだし……
もっと早く見つけてあげたかった。
本人の意思で消えたわけじゃなくて、ちゃんと戻って来てくれて良かった。
様々な思いが綯い交ぜになる。
「と、とにかく病院さ行こう。生傷だらけだべ」
『シャガさん達にもお伝えしなければ……』
『ハルト達と、あとトップにも話してくるわ!とりあえずカキツバタくんは細かいこと気にせんといて!大人しく!スグリくんと一緒に病院な!』
「へーい。なあスグリ、腹減った」
「マイペースか!!チョコでいいべな!!」
「わーい」
お!オイラが好きなやつ!と無邪気にチョコを受け取るカキツバタをガオガエンに抱えさせる。
変わらない。変わってない。ここで、カキツバタだけがなにも変わっていない。
それが良いことなのか悪いことなのかは、きっと誰にだって分からなかった。
再会したばかりなのにぺらぺらよく口が回るバカをなんとか病院に押し込み検査させれば、その行動が大正解であることを知る。
彼の怪我は腕だけに留まらず、胴体や脚や頭や……とにかく全身にあったのだ。
肋にはヒビが入っており、脚は過去の傷によるものか歪んでいて、腹に抉れたような傷が治りかけのまま残って、頭部にも裂傷が……腕さえも、平気で動かしてると思ってたのに片方折れていたらしい。その他傷跡もやたら多く、処置をしてくれた医者や看護師にかみなりを落とすようにブチギレられた。
流石に俺もカキツバタも事情は話せなかったので甘んじて説教を受け止め、やっと治療とお叱りが終わると、しょも……と落ち込んでいた筈のバカはスッといつもの胡散臭い笑顔に戻った。
「必中の"かみなり"みたいだったねい!」
似たようなことを考えていたので怒りづらかったが、「ふざけてる場合か!!」と怒鳴ってやった。しかし「病院ではお静かに〜」と受け流される。
カキツバタだ。躱し方も笑い方も。腹立つのに、ちくしょう、嬉しい。正直ちょっと泣きそうだ。
幸い内臓には損傷が無かったらしい。顔も綺麗だ。ただ、脚や腕には後遺症が残るかもしれないと。それでもなんだか、生きていてくれただけでなんでもよかった。
「お?どうした元チャンピオン?泣くか?泣くのか?」
自分の状況も、俺達がどんだけ心配して絶望したかも知らないでニヤニヤして。そんな存在に苛立ちながら縋り付く。身体に障らないよう、なるべく力は抜いて。
「えっ?ちょっ、スグリ?」
「生きててよかった」
「………………………………」
絞り出せば、流石に揶揄う声は無くなる。
「カキツバタ、急に居なくなって。何処にも居なくて。なんも分からんまま、俺達、卒業して大人になっちまって。皆、カキツバタは死んだんだって。でも俺、一人じゃつまらなくて」
「………………スグリ」
「お前はなんも知らねえんだろうな。皆がどんだけ泣いて苦しんで、見つけ出そうとしてたか。お前のじーちゃんもねーちゃんも、俺達も、どんな思いで……っ、」
そっと辛うじて折れていなかった左手を背に回される。
「でも、っ、生きてて、ぐす、よかった……!!傷だらけでも、諦めて、っなくて、よかったべ……!!」
ああもう、本気で泣いちまった。わや恥ずかしいし情けねえ。
せめて顔だけは見られないようしがみつき続けたら、やっと事の深刻さを、七年という時を理解したらしい。「ごめんな」という一言が震える声で降ってきた。
「色々、あったんだ。悪気が、あったんじゃ、なくて。ごめん。本気で泣かせる気は、無かった……」
「わかっ、てるよ!自分で、居なくなったんじゃねえんだろ!そこは謝らなくていい……いいんだ」
細かった筈の身体には少し筋肉がついている。あんなに動くのを嫌っていたカキツバタが。負傷といい、それだけ生きるのに必死だったのかもしれない。
「…………大変だったな。頑張ったな。見つけてやれなくて、ごめんな」
「なっ、え、……お前ホントにスグリ……?そんな大人みてえな」
「事実俺は大人でカキツバタは子供だ」
「んんーーっ屈辱ーーー」
「それでいい。屈辱噛み締めろ」
大きいと思っていた、大人だと思っていた筈の先輩が、こんなに小さい。
「カキツバタくん!!!」「ツバっさん!!!」「カキツバタさん!!!」
「わーっ、増えたぁ」
涙が止まってくれたタイミングで病室の扉が開き、ハルトやハッサクさん始めとするパルデアの仲間達が押し掛けてきた。あのオモダカさんさえ血相を変えている。
「うええええん!!!!い、生きてたああああ!!!!僕達、ずっと、っっ何年探したとおおおおお!!!!」
「うぼおぉいおいぉぉおおいい!!!!!!!」
「めっちゃ喧しくて草」
「ハッサク!ハルトさん!心中お察ししますが病院ではお静かに!」
大きな泣き声が響き渡る。気持ちは凄く分かるがそれにしたって流石にうるさい。
それでも、カキツバタがやっと緊張が解けたように笑ってくれたから、なんだってよかった。
まだまだやるべきこととか会わなきゃいけない人とか、山積みだけど。今はこの嘗ては年上だった少年のケアとサポートを、と俺は意気込んだのだった。