君の隣にいさせて初めは少しの違和感だった。
いつも綺麗に畳むようにしているYシャツやローブが、くしゃりと縒れている事がある。
枕も朝整えているのに頭の形に凹んでいる事もあり、んんん…?と首を傾げる事が増えた。
マッシュくんの方を見てもスヤァ…と寝ている様子を見て、そんなことあるわけないか…、と浮かんだ考えを首を振って消していく。
「う~ん…まぁいっか」
「むにゃ…」
「ほら、マッシュくん起きて!」
ーーー今日も騒がしい1日が始まる予感に、笑みが零れた。
「いやぁ、今日も1日平和でしたな」
ファーン、という効果音を背負いながらシュークリームを頬張っていく。
フィンはランスとドットと一緒に買い物へ行き、マッシュはこの後のお茶会の為のシュークリームを作る為、自室に戻ってから調理室へ行こうと廊下を歩いていく。
課題もやらなければいけないが、5人で集まってお茶会をする時間が何よりも大切だ。
初めての友だちと一緒に居られる事が嬉しくて表情には出ないが思わず浮足立ってしまう。
「あれ…押し戸だっけ?引き戸だっけ…?」
「…まぁいっか」
カチャリ、と押してみると上手く開いた事に安堵する。
ほっと一息つくと仄かな匂いが鼻を掠める。
「…」
フラフラと匂いがするYシャツに手を伸ばして、ふわり、と広がる気持ちの良い手触りと暖かなお日様のような香りが身体を満たしていく。
「スーッ…ッハァ…」
「…いいにおい、」
ギュッと抱き締めたり、誰もいないのを確認して袖を通してみたり、ふふ、と口元を緩んでしまうのが分かる。
「あ、もう行かないとシュークリームが…」
急いで脱ぎ、元にあった場所へと戻す。
バババッと必要な物を持って自室を後にする。
ーーーーーー見られていたことに気付かずに。
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「ただいま~」
「お、おかえりなさい。もうすぐでシュークリーム出来上がりますぞ」
「相変わらずスゲェな、マッシュのシュークリームは」
「アンナに少し貰っていってもいいか?」
「いいよ」
「私も!部屋で食べるように少し貰いたいです!」
「じゃあこっちが持ち帰り用で、こっちがお茶会用ね」
「ああ、ありがとう」
ワイワイと騒ぎながらお茶会の準備を進めていくと、ふと人影が見えた。
「あ、レインくん」
「マッシュ・バーンデッド、来い」
「ごめん、ちょっと待ってて」
「兄様…?あ、うん、わかったよマッシュくん」
エプロンを脱いでフィンに手渡すとレインの元へ小走りで駆け寄るマッシュ。
その様子に何故かモヤモヤしてしまう。
(え、いやいや…相手は兄様だよ?)
3人は気にせずお茶会の用意をしているのに、僕だけがじっとレインとマッシュを見つめてしまう。
動こう、と目を逸らそうとした時に、レインがマッシュに耳打ちをした。
バッと離れて真っ赤な顔をしているマッシュに、雷に打たれたような感覚に陥る。
(…え、マッシュくん、あんな顔するんだ…)
ぽかぽかと叩こうとする手を除けながらレインも楽しそうに話している。
何を話しているのか、距離がある為分からないがさっきよりも胸がズキズキしている。
(そうだよね、僕と話すよりも兄様と話していた方が楽しいよね…)
ぐるぐると身体の中で駆け巡る。なんで、どうして、僕の…
「ぼく、の…?」
そこまで考えて思考が停止する。
僕は今、何を思ったんだろう。
レインは兄様で、マッシュは初めての友達で。
大切な存在で、2人とも好き…で…。
「フィン、…フィン?」
「…ぇ、どうしたの、ランスくん」
「顔、紅くなったり青くなったりしてたぞ…大丈夫か?」
「そんなに!?…大丈夫だよ」
「なんだぁ?具合悪いのか?」
「そんなんじゃないと思うけど…」
「フィンくん、大丈夫ですか?お茶会、部屋の方が良いですかね…?」
「ううん、勉強道具も広げるならここの方が良いよね。大丈夫だよ、レモンちゃん」
スッと佇まいを正しながら、平静を装う。
大丈夫、…大丈夫。
笑いながらみんなの元へと戻っていく。
チラリとレインとマッシュの方を見る。
でも、兄様には取られたくない。
マッシュくんだけは、僕の隣にいてほしい。
…でも、伝えたら気まずくなるよね。
レモンちゃんみたいに、好きだよ、って言えたらどんなに楽だろうか。
ふー…と溜め息を吐く。
もう少し、もう少しだけ。
(…誰の物にもならないで)
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その後はレインは仕事へと戻り、マッシュも戻ってきたのでお茶会を始めた。
香りの良い紅茶とシュークリームを楽しみながら、マッシュの頭が爆発しながらも課題を何とか終わらせることが出来た。
一息ついていると、もう夕方になり、夕焼けの色で室内が染まってきた。
「そろそろ片付けて戻るか」
「うん、じゃあこっちは僕が片付ける」
「あ、私も手伝いま~す!」
「俺は紅茶を仕舞ってくる」
「じゃあ僕、調理室のカギを最後に返してくるよ」
テキパキと片付けるものを分担して調理室を元の状態に戻していく。ちょうりしつをもとのかたちにも
魔法で綺麗にすることも出来るが、それをしないのは暗黙の了解だ。
だって、手で出来る事だと1人がやっているのに僕たちがやらないわけがない。
今日も楽しかったな、と上機嫌に部屋へと戻っていく。
扉が少し開いていたので、名前を呼びながら入ろうとした。
「マッシュく…ん…」
尻すぼみに声が小さくなっていった為、マッシュには聞こえなかったようだ。
マッシュくんが、僕のYシャツを着ながら僕のベットに寝転がっている。
その姿を見て、ようやく納得がいった。
縒れていた服に、いつもと違う枕の形。少しの違和感。
それが全部、マッシュによるものだったなんて。
確かにいつも、そうだったらいいな、とは思っていた。
でもきっとそんな事があったとしても、間違っただけなんだろうな、と。
しかし、今の状況はどうだろう。
僕のYシャツを着ながら、マッシュくんのベットに寝ているならまだしも、僕のベットに寝転がっている。
それに、頭を枕に擦り付けて、ふぃんくん、と小さな小さな甘い声で呼んでいる。
ドクドクと、血の巡る音が大きくなっていくにも関わらず、僕はその場から駆け出した。
「っは、っはぁ、…はぁ、っふぅ、」
久しぶりにこんなに全力で走り、息が整わない。
心臓が痛い。激しい動悸のせいか、息の苦しさか。
それとも…。
「ひどいよ、マッシュくん…」
(あんな、事して…。期待、しちゃうじゃないか)
「もう…振り回さないでほしい…」
夕暮れが沈もうとして辺り一面が暗闇に包まれる時。
僕の顔色を隠してくれる事が、何よりも有り難かった。
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それから数日が経った。
僕はまだ、マッシュくんに真相を聞いていないけどあれからもたまに僕のローブに手を通したり、布団に顔を埋めたりしている。
その様子を見て僕は、優越感を感じている。
同室の僕だけが見られる、僕を感じているマッシュくん。
それはなんて甘美な物なのだろうか。
だけど、それを追求してしまうと彼は止めてしまうのではないか。
それに、僕が知っている事を言ったら、気持ち悪いって言われるかな。
…好きだって言ったら、どんな顔をするのかな。
兄様みたいに向けた紅い顔は、見せてくれないのかな。
あの時から僕の中には独占欲と嫉妬が渦巻いている。
友達に対しての情じゃない事なんてわかってる。
(でも、こわい)
言ってしまったら確実にこの関係は続けられない。
同室で、初めてできた友達なのに。
そんなのは嫌だから、もう少しだけ僕は…。
(隣に居させて。)
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最近のフィンはおかしい。
マッシュの方を見るたびに苦しそうに息を飲んだり、ぎゅっと胸の辺りを掴んだりしている。
笑顔を浮かべているがほんの少しの迷いが見え隠れしている。
「…フィン、どうしたんだ」
「えっ?」
「お前、最近何か悩んでるのか?」
「いや…」
「何かあったんですか?力になりますよ!」
「うん、ありがとうレモンちゃん…」
そう言って黙るフィンに3人は困った表情をして視線を合わせる。
「っあ~~~!フィン!」
「…っなに、ドットくん、」
「わりぃ、でもこれだけは言わせてくれ」
「…俺たちは”何があっても友達”だからな!」
「~~っっ」
ニカッと笑いながら言うドット、微笑みながら頷いているランスとレモンに目頭が熱くなる。
そうだ、僕はもう一人じゃない。
きっと彼も、同じことを言ってくれるだろう。
「いつでもお話聞きますからね~!」
「話したくなったら、いつでも来い。ドットが紅茶を入れる」
「俺かよ!?まぁいいけど…」
ふはっ、と声を漏らしながら笑ってしまう。
「うん、僕頑張るよ。ありがとう!」
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部屋へ戻ると、マッシュが出掛ける準備をしている所だった。
「あれ、マッシュくんどこいくの?」
「ちょっとレインくんの所に行ってくる」
「兄様の所に?」
「うん、シュークリームを渡す約束をしてて」
「…へぇ、」
「行ってくるね」
脇をするりと抜けていく彼に、ドロリとした嫉妬心が溢れ出す。
ドンッ
いきなりの衝撃に、大事なシュークリームはトサッ、と落ちてしまう。
両手首が壁に縫い付けられている状況に頭が追い付かず、目の前の黄色い瞳を見つめる事しか許されない。
「…フィンくん?」
「…いで。」
「え?」
「…行かないでよ…マッシュくん…!」
「ふぃん、く」
ん、と最後の音は口の中に仕舞われてしまった。
回らない頭では何をされたのかが分からない。
ただ、温かくて、柔らかくて、気持ちよかった。
呆けていると熱い吐息を漏らすフィンがもう一度近付いてくる。
「マッシュくん…」
「ん、ふ、」
ちゅ、ちゅ、と可愛らしいリップ音を立てていくと目の前の彼は蕩けたような瞳を返してくる。
嫉妬で目の前が染まっていく。
もう、何も考えられない。
ただ、目の前の男が欲しくて。
言葉よりも先に身体が動いてしまう。
蜂蜜を溶かしたような色に僅かな熱が灯るのが嬉しくて、唇に舌を這わす。
「ね、口開けて…?」
「ふ、ぁ…」
「ふふ、良い子…」
「んく、むぅ…っ」
何度か角度を変えて口付けるとカクリ、と力が抜けたマッシュに合わせてズルズルと座り込む。
ぎゅう、と抱き締めたまま、ごめんね、と謝る。
「なん、で…」
「マッシュくん、僕ね…。」
君が好きだよ。
小さな声だった。
掠れていて、情けなかったと思う。
でも、伝えたかった。
「…フィンくん。」
「…なぁに、マッシュくん」
身体を離されて、むに、と両頬を包むマッシュに顔を見られた。
やってしまった罪悪感と、伝えることが出来た安堵感。
きっと僕の顔はぐちゃぐちゃだと思う。
それでもマッシュくんが真っ直ぐにこっちを見てくれるから。
僕も目を逸らすことは、出来ない。
「…フィンくん、僕も、好きです」
「…え、」
「いつも、フィンくんの匂いがないと落ち着かなくて。」
「う、ん、」
「近くにいない時は匂いを探していたんだよ」
…知ってた?
首を傾げながら少し紅く染まった頬に高揚していく。
コツリ、とおでこを合わせて僕もマッシュくんの頬を包んでいく。
「…マッシュくんが僕のYシャツや布団にいたこと、知ってたよ」
「…!…み、みみみみてたの…」
「うん、初めは間違ってやってるのかなって、思ってた」
「え、ええ、えええとそれはちがくて…」
「分かってるよ、だって」
僕の事、呼んでたでしょ。
あぁ、その顔。
兄様に見せていた時よりも紅く熟れたリンゴのような顔。
嬉しい、うれしい。
「ねぇ、マッシュくん」
「…なぁに、フィンくん」
「もう一回していい?」
「…?ちゅーのこと?」
「~~っかわ…」
「いい、よ、んむぁ…」
2人の間を紡ぐ銀糸が切れた時。
「…好きだよ、マッシュくん」
「僕も好きだよ、フィンくん」
マッシュくんがお揃いだね、なんて言うから。
嬉しくて笑い合いながら、もう一度口付けを贈った。
「しゅーくりーむ…」
「あああ、ごめんねマッシュくん!」
「ん、僕が食べるから大丈夫」
「…じゃあ兄様に渡す物は一緒に作ろう」
「うん!」
調理室でシュークリームを作ってから、1106号室にフィンとマッシュで訪れる。
「兄様、居ますか?」
「レインくん、届けに来ました」
「あぁ、今開ける」
「…」
「どうしたの、兄様?」
「いや、とりあえず入れ」
「はい、約束のシュークリームです」
レインが戸惑うのも無理はない。
2人は手を繋いでいるのだから。
シュークリームを受け取りながらじっと繋がれた手を見ていると、フィンはふふん、と得意げに鼻を鳴らしているのでついニヤニヤと口角を緩めてしまう。
その様子を見てマッシュは顔を紅く染めて俯く。
「どうした、マッシュ」
「あっ、兄様!だめだよ」
「ほぉ…?」
「マッシュくん、なんでそんな顔してるの!!」
「まぁ、とにかく良かったな」
ポンポン、と2人の頭を撫でていくと嬉しそうに微笑む様子にレインの表情も緩んでいく。
フィンはムッとしながら、マッシュを引き寄せて唇を耳に寄せる。
「え、」
「今日は仕方ないけど」
「ふぃんく、」
「…これからは僕だけに見せてね」