花恋甘檻物語(1)――プロローグ――
××日目
暗闇のほうで、泣き声が聞こえてきた。
気になったので、俺は、泣き声がするほうへ足音を立てずに走る。
しばらく走っていると、暗闇の中にポツンと緑色が見えた。
俺がだんだんその、緑色に近づくにつれて、その緑色は、人、だと分かった。
緑色は、そいつの髪の毛の色だった。
緑色の髪の毛をした人は、紫色の瞳から、たくさんの水があふれ出ていた。
きれいだ。
欲しい、俺のものにしたい。
そう思った。
「おい、お前‥」
「ぎゃああああああああああああ]
「・・・・・・・!??」
緑の人は、俺の顔を見るなり、飛び跳ねて、叫びながら、走り出した。
なぜ?
「ま、待て!」
俺は緑の人を追いかけた。
絶対に捕まえてやる。
追いかけて、追いかけて、俺が、あと一歩で緑の人に届きそうになったところで、ふっと、暗くなった。
さっきまで、俺の目の前で走っていた緑の人が、いなくなっていた。
あと、もう少し、もう少しで捕まえられたのに…。
ガンっ!ガラララ....
八つ当たりのように、俺は、近くにあった岩を殴って壊した。
「チャンスはあと二回・・・・・・・・・。」
×××日目
緑の人が、去ってから、だいぶ日が経ちました。
私はあの日からずっと、あなたのことを恋しく思っております。
貴方のきれいな深緑色の髪の毛や、まるで宝石のように輝く紫色の瞳から、零れ落ちる、涙。
耳が痛くなるほどの、甲高い叫び声。
だいぶ昔のことのはずなのに、昨日のことのように、はっきりと思い出すことができます。
もし、また、貴方がここに迷い込んできたとしても、貴方が、決して寂しくないように、その、瞳から涙を流す必要がないように、私が優しく包み込んであげます。
貴方がずっとここにいたくなるように、私は、たくさん修行を重ねました。
優しい人に見えるように、言葉づかいを正しました。
魔法で、おいしいお菓子を作れるようになりました。
さあ、おいで。
おいしいお菓子をたくさん用意して、貴方をずっと、待っています。
――転校生――
「黒川 蓮花です。よろしくお願いします。」
転校生がやってきた。
教室の中がざわめく。
うるさい。
特に女子。
でも、まあ、彼女たちが、蓮花を見て騒いでしまうのも、しょうがないかもしれない。
だって、彼、黒川 蓮花、は、顔良し、ルックス良しの、イケメンなのだから。…
…しかも結構イケボ。
蓮花の席は、たまたま席が空いていた、私、緑川 紫苑の隣になった。
紫苑のことを見る、みんなの視線が、痛い。
やめて!皆、そんなに睨まないで!
「私は緑川 紫苑。よろしくね!」
[えっ...よろしくお願いします。紫苑さん」
――お弁当――
「あっ・・・・・・・・・・・・・。」
紫苑は手が滑って、お弁当箱をひっくり返してしまった。
まだ、一口しか食べていないのに…。
紫苑のおなかが、くうっと、音立ててなった。
周りでは、皆、美味しそうにお弁当を食べている。
「水でも飲んで、おなかを満たそう・・・」
紫苑は、水道に、水を飲みに行こうと、立ち上がった。
「あの…もし、よかったら、これ、食べますか?」
紫苑の隣の席から声が聞こえた。
「いいの?ありがとう蓮花君!」
助かった。
今まで、やたらと女子にもてるめんどくさいやつだと思っていたけど、結構いい人ではないか!
紫苑は、蓮花のお弁当箱、いや、重箱を見つめた。ひと箱でも結構なサイズがあるそれが、三段積み重なっていた。
蓋を開くと、ぎっちりと綺麗に中身が詰まっていた。
「初日なので、張り切って作りすぎてしまって…。俺も、さすがにこの量は食べきれないので、紫苑さんが食べてくれると助かります。」
蓮花はそう言って、少し、恥ずかしそうにはにかんだ。
彼の白い肌が、ほんのりと薄桃色に染まる。
可愛い。
それから紫苑は、重箱を一箱完食した。
どれもこれも、おいしくて、ほっぺがとろけ落ちそうだった。
そんなにお気に召したなら、また、作ってきますよ。と、蓮花が言ってきたときには天にも昇るような気持ちになった。
「うん。蓮花君は絶対にいいお嫁さんになれるよ!」
――お弁当〈蓮花版〉――
「あっ・・・・・・・・・・・・・。」
俺の席の隣から、声が聞こえた。振り向いたら、紫苑さんのお弁当箱が、見事にひっくり返っていた。
紫苑さんは、紫色の瞳をウルウルさせて、しばらく固まっていた。
紫苑さんの、おなかから、くうっと音が聞こえてきた。
「ぷっくっ……」
俺は、笑いそうになるのを必死でこらえた。
「水でも飲んで、おなかを満たそう…。」
それを聞いて、俺は、紫苑さんに思わず声をかけてしまった。
だって、さすがに少し、かわいそうになってしまったんだもの。
「あの…もし、よかったら、これ、食べますか?」
俺は、三段ある、重箱の一つを紫苑さんに差し出した。
「いいの?ありがとう蓮花君!」
彼女は、俺に満面の笑みを向けて、重箱の一つを受け取った。
彼女は重箱をしばらく眺めてから蓋をそっと開けた。
そして、重箱の中身を見て、目を見開いていた。
彼女は本当に自分が食べてよいのかと、遠慮がちに俺のことを見つめた。
「初日なので、張り切って作りすぎてしまって…。俺も、さすがにこの量は食べきれないので、紫苑さんが食べえくれると助かります。」
俺が、遠慮する必要はないよ、むしろ食べてくれると助かるよ、という意味を込めてそういうと、彼女は糸が切れたかのように、重箱の中身を食べ始めた。
紫苑さんは、美味しい!美味しい!と言って、俺の作った料理を一口一口を味わって食べてくれた。特に、だし巻き卵が気に入ったようだ。
重箱一箱だけでも結構な量があるから、半分くらいは残すだろうなと思っていたが、案外みごとに米粒一つ残すことなく完食してくれた。
料理を作った側からすれば、そりゃあ、まあ、うれしいわけで。
「そんなにお気に召したなら、また、作ってきますよ。」
俺が、そう言うと、紫苑さんは、とろけるような笑顔を向けて笑った。
……この人、相当食べることが好きなんだな・・・・・。
「うん。蓮花君は絶対にいいお嫁さんになれるよ!」
「……!?」
俺は紫苑さんに色々と突っ込みたかったが、めんどくさくなったので、あえてスルーをした。
――家――
「・・・・・。」
買い物帰りに、紫苑は、見覚えのある背中を見つけた。近づいてみると、やっぱりその見覚えのある背中は蓮花君だった。
蓮花君は、何やら小さな紙を握りしめて、きょろきょろとあたりを見回し、行ったり来たりを繰り返していた。どうしたんだろう。
「蓮花君。」
「ううぇえええ!!……はい。なんでしょう、紫苑さん!」
「あの…さっきからずっと蓮花君、この辺から動かないからどうしたのかなって。」
「その、実は道に迷ってしまって…」
「そうだったのね!紫苑、この辺に住んでるから、蓮花君の行きたいところわかるかも。どこに行くつもりだったの?」
蓮花君は、少し、迷ってから紫苑に先程彼が握りしめていた小さな紙きれを見せてきた。
紙切れには住所が書いてあった。
ふむふむ、どうやら蓮花君は、ここへ行きたいらしい。
んんっ!?ここは…
「ここ、紫苑の家がある、マンションと同じところだ…。」
「⁉・・・・そうなんですか!」
蓮花君は、驚いた声を上げた。
が、次の瞬間うれしそうに目を細めた。
そして…
「同じマンションだったのですね!これからどうぞよろしくお願いします。」
「? うん?」
「ちなみに紫苑さんは、何号室なのですか?」
「704号室だよ。」
「へえ。俺のは203号室だから…」
?
なんかよくわからないけれど、蓮花君が嬉しそうでよかった。
そういえば、なぜ、彼はこのマンションへ行きたいのだろうか。
紫苑は、蓮花君と家のマンションに向かいながらふとそう思った。
このマンションに友達でもいるのかな?
「蓮花君は、何でここへ行きたいの?友達と遊ぶ約束でもしたの?」
「いえ、俺は、今日からここに住むことになりまして…」
「へ?」
え?
ちょっと待って、今なんて言った?
今日からここに住む?
ああ、蓮花君は転校してきたばっかだもんね。
うん。
すごい偶然。
・・・・・今日転校してきた転校生は今日から私、紫苑と同じマンションに住むことになりました。
――朝――
「おはようございます!」
えっ、ちょっと待って。
何で家のドアをあけたら蓮花君がいるの?
「・・・おはよう。どうしたの?蓮花君。」
「あの…紫苑さんと一緒に高校に行きたいな~と、思いまして!と、友達と一緒に学校に通うの、あこがれてたんです!(∀`*ゞ)エヘヘ。」
蓮花君は顔を赤くしながら一生懸命に言葉を紡ぐ。
「そっか。」
紫苑は、何だか不思議な気持ちになりながらもそう答えた。
友達と学校に通うのをあこがれていたとしても、なぜ、紫苑と?
ああ、そうか、そういえば、昨日から同じマンションに住んでいるんだった。
家が近いからか。
紫苑は、納得した。
紫苑は、男の子と話すのは、あまり慣れていない(幼馴染は除く)。むしろちょっと苦手だ。
小学生くらいまでは普通に男の子と接することができていたが、中学に上がると、男の子と話すときに意識をしてしまうようになった。
背丈や体つきが明らかに自分と違っていて、少し怖くなった。
そんなちょっと男性恐怖症気味な自分が、家のドアをあけたら男の子が目の前に立っていて・・紫苑が緊張と驚きと恐怖が混ざり合って体が固まってしまったのも無理ないと思う。
きっと蓮花君は純粋な気持ちで誰かと一緒に学校に通うことをしたかったんだろう。
紫苑にお弁当を分けてくれて、あまつさえまた作ってくれると言ってくれた優しい子だ。
友達が、男だろうが女だろうが、あまり気にしないのだろう。
「実は、学校に通う道を覚えてなくて…」
紫苑がずっと無言で固まっていたからだろうか。蓮花君が申し訳なさそうにそういった。
なんだ。
そういうことか。
紫苑は、納得をしたと同時に少しがっかりした。
「そっか、蓮花君は、昨日ここに来たばっかりだもんね。一緒に学校に行こうか!」
「はい!ありがとうございます。」
蓮花君は、ほっとしたように唇を緩めた。
このマンションから高校までの距離は徒歩で二十分から三十分程度だ。
ほぼ、高校まで一直線なので、彼もすぐに道を覚えることができるだろう。
紫苑と蓮花君は、楽しく話を弾ませながら、自分たちの通う高校へ向かった。
蓮花君と話すのは本当に楽しくて、彼が男の子だということを紫苑は、忘れそうになった。
今まで長いと感じていた登校時間が、短いと感じた。
――都市伝説――
「はあ。びっくりだよね。まさか昨日僕が風邪で休んでいる間に転校生が来てて、更にその転校生と紫苑君が朝、仲良く一緒に学校に登校してくるんだもの。たった一日で君たちいつのまにかそんなに仲良くなったの?まさかお付き合い始めちゃったりしてないよね?」
「「ええええええええ?!」」
「そんなあるわけないわ!カエアン?なにいってるの!?」
「そそそそそそうですよ!紫苑さんは、友達です。」
紫苑と蓮花君は、慌ててカエアンの言葉を否定した。
カエアンは、紫苑の小学生のころからの友達で幼馴染だ。
腰まである紫色の長い髪の毛をみつあみにしている。
大きな目に長めなまつげ、少し低めな小さな鼻。
ピンク色の形の整った唇…制服がなかったら絶対に女の子だと勘違いしてしまうだろう。
どう見ても美少女だ。
いや、実際は美少年なのだけれど。
紫苑も小学生のころは、女の子だと見事に勘違いをしていた。
「いや、普通昨日転校してきたばっかりの子と、『また、お弁当を作ってきたんですよ。食べます?今日はサバの味噌煮に、さつまいもの甘煮、きんぴらごぼう・・・・・・・』『わあ!蓮花君の作った料理とっても美味しいんだもの。食べる食べる!食べるにきまってるう!ありがとう!嬉しい!』なんて会話しないよ!?」
カエアンは焦って突っ込んだ。
「カエアンさんも食べますか?」
蓮花君は、気を取り直すかのようにカエアンに料理を進めた。
カエアンも彼の料理を食べてみればいいと思う。とってもおいしいんだから!
カエアンもそしだら絶対に変なことを言わなくなるはず!
だが、そんな紫苑の考えとは裏腹にカエアンは、
「いらない。僕にはシャルナさんが作ってくれたお弁当があるし。・・・・・・・ライバルが作った料理なんて食べたくないもの。」
カエアンはそう言って蓮花を冷たく一瞥した。
蓮花は、分かりやすくシュンっと落ち込む。
「カエアン。今のはちょっと蓮花君にひどいんじゃない?」
カエアンは彼の何が気に入らないんだろうか?
それに今の言葉はカエアンらしくない。
紫苑が、カエアンのことを責めたからだろうか、カエアンは渋々、蓮花に謝った。
棒読みで。
三人は気を取り直して昼食を再開する。
「ねえ、知ってた?ここ最近、面白い都市伝説が流行っているんだよ!」
「へー!どんなの?」
「あの…都市伝説とはどういうものなのでしょうか。」
カエアンの言葉に蓮花は首をかしげた。
「簡単に説明をすると、多くの人に広まっている噂話のことさ!」
「へえ!そうなのですか。ありがとうございます。カエアンさん。」
なんだ。
二人ともそれほど仲が悪いわけでもないのかも?
カエアンはさっそくここ最近流行っているという都市伝説の内容を話し始めた。
「むかーし昔、あるところに一人の少年がいました。
その少年は銀色の髪の毛に水色の瞳をしていました。
白い肌をしていて近づいて顔をよく見てみるとうっすらとそばかすが散っていました。
少年の父親はアルコール依存症で、いつも少年と、その少年の母親に暴力をふるっていました。
母親はそんな父親が嫌になったのか、愛人の家に行ってばかりで、あまり家に帰ってこなくなりました。
母親があまり家にいなくなったばかりか、父親は、少年に一方的に暴力を振るうようになりました。
暴力はだんだんとエスカレートしていき、父親は少年の指を包丁で切り落とそうとしました。
少年は、父親から包丁を奪って、父親を刺し殺しました。
ちょうどそのころ母親が帰ってってきました。
少年は母親も包丁で刺して殺しました。
少年は自分以外の誰のことも信用していませんでした。
そして、すべての人を恨んでいました。
少年は両親を殺した後、家を飛び出しました。
少年は手当たり次第に村の人を殺し始めました。
人殺しは罪なことです。
少年は神様から怒りを買いました。
少年は二度と人殺しができないように人が誰もいない、真っ暗闇な世界に飛ばされてしまいました。
少年は独りぼっちです。
そのまま、何百年も月日が経ちました。
少年はひどく反省をしました。
自分以外誰もいない誰とも話せない、それが少年にとってひどく苦痛を与えました。
神様は、反省をして改心をした少年に一つの仕事を与えました。
太陽の光が届かない時間、夜に、人間界に向けて、光を届ける仕事です。
少年は大きな光の玉を作り、人間界を照らすようになりました。
いつの日か少年の作った光の玉は『お月様』と呼ばれるようになり、その『お月様』を作り、今でも光をともし続けている少年を、人々は、『月夜神様』と、あがめるようになりました。
そうして少年は、神様の位を昇格し、魔法が使えるようになりました。
知ってましたか?
一つだけ、その、月夜神様に会える方法があるのです。
満月の夜、十時から十一時の間に九階以上ある階段を上り下りするのです。
その時、どんなことが、あったとしても、言葉を発してはいけません。
まず、一階で手を二回たたき、三階まで登ります。三階についたら、手を二回叩いて、九階まで登ります。
九階についたら手を一回叩いて二階まで降ります。二階についたら手を七回叩いてダッシュで階段を駆け上がります。
そうすると、後ろから赤色の髪の毛の女性が追いかけてきますが、決して振り向いてはいけません。
しばらく階段を駆け上がっていると、いつの間にか、森の中を走っています。
走るのをやめると、大きな立派なお屋敷が現れます。
そのお屋敷の中に月夜神様はいます。月夜神様はさみしがり屋です。
あの手この手を使って、あなたが元の世界に帰るのを邪魔します。
気を付けて。
十二時までに帰らないと一生そこから出ることができなくなります。
ああ、それと、月夜神様の世界に行けるのは三回までです。」
カエアンは身振り手振りを使って、面白おかしく、都市伝説を語ってくれた。
「すごいですね。その少年は、神様になったのですか!」
蓮花は、楽しそうにいった。
「あの手この手を使って、元の世界に帰るのを邪魔するのって…こわーい!だって、月夜神様って神様なんでしょ!?」
紫苑は、両手で自分の体を抱きしめて、震えるそぶりを見せた。
この後も三人は、都市伝説について、楽しげに話を弾ませた。
紫苑はドキドキした。
この都市伝説は本当なのだろうか。
面白そう!月夜神様に、会う方法があまりにも具体的なので、次の満月の夜に、それを面白半分に実行してみようと紫苑は心に決めた。