某月某日某所――あるアイドルグループは本日の講演を無事に終えて、すっかりホームとなった楽屋で、各々やりとりをしながら疲れを癒していた。
そこにノックの後で扉が少しだけ開けられ、隙間から「お疲れ様です♪」と声がかかった。入室してきたのは黒いマスクで顔を隠した男。
本橋依央利だ。
彼は「これ、差し入れです♪」と愛想よく笑って、片腕に引っ掛けた鞄から市販のスポーツドリンクのボトルと塩分タブレットのセットを配り、今席を外している演者のところには置いていった。そして、彼が来たとたんに表情が”無“になり、瞬きもせずにただ待ち受けるようにして立っている本橋の前に、ゆっくりと歩み寄る。
その両手にはそれぞれ最後のペットボトルの首とタブレットの包装の端っこを握っているものの、渡す気配はない。
3608