赤……
「コンパスの隊服が出来たんだ。今後はこれを着て活動するからね」
赤……
「シンにはジャスティスを任せたいと思ってるんだ」
赤……
「なんかもうシンといえば赤って感じよね」
新しくロールアウトされた新型機のイモータルジャスティスのテストに付き合ってくれたルナマリアにドリンクを手渡した時に不意に言われてドキリとした。
「……なんで?」
最近ずっと赤色について気にしていたからそのことに気付かれたのかと思いながらも何でもないふりをして聞き返した。
「んー?だってコンパスの隊服も新しい機体も赤で最近はずっと赤色のイメージだなって思って」
「そんなこと言ったらルナだって隊服も機体も赤だろ」
赤色のこと気にしてたことを悟られてた訳じゃないことに内心ホッとしながら会話を続ける。
「この間の出席したパーティーでラクスさんがみんなのスーツとドレス用意してくださったじゃない。あの時もシンのスーツが赤だったし、そう思っただけよ」
ただ思いついたことを言いたかっただけなのかルナマリアはそのまま別の話題に移っていった。
その話に相槌をうちながら休憩室から見える格納庫で整備されている赤色の機体を見遣る。
『赤って言えば俺なんかよりもよっぽど……』
今思えばかなり短い期間に強烈に赤色のイメージを植え付けていった男の存在を思い出していた。
その男はアカデミーに入ったばかりの新入生にも伝説的に知られていた。
パトリック・ザラの息子
ラクス・クラインの婚約者
ヤキン・ドゥーエの英雄
そしてザフトを去った男
きっとザフトにとってはあまり口に出したくない存在に違いない。
だけど彼はアカデミーに残る様々な成績や前大戦の記録でどうやっても無視出来ない男だった。
プラントに来たばかりでなかなか成績が上がらなかったころのシンにとっては憧れるには雲の上の存在すぎたし、家柄的にもきっと苦労せずに自分が欲している力を手に入れられたのだろうと思っていた。
そんな男が自分の初陣の危機に急に現れた。
しかもオーブなんて国にいたと思ったらまた赤色を纏って赤色の機体でザフトに戻ってきた。
雲の上のから降りてきた男に認めて欲しくて、なのに持っている力を悩んで持て余していて、そのことに苛立って衝突して……。
そして海の底へ堕ちて行ったと思ったら赤色の機体で再び舞い戻ってきた。
いつまでも自分の前に立ち続ける鮮烈な赤。
『赤って言ったらやっぱり……』
ルナマリアと別れて艦内をそんなことを考えながら移動していたら曲がり角で誰かとぶつかってしまった。
「す、すみません……ってアスラン!?」
「ああ、シンか」
アスランはぶつかって少し吹っ飛んだシンとは対称的に特に気にもしない雰囲気で立っている。
「なんでアスランがミレニアムに乗ってるんですか?」
「キラに報告することがあって寄っただけだ。直ぐに降りるよ」
「あっ……アスラン!」
照れ隠しでいつものように突っかかってしまったシンを気にとめずに去ろうとするアスランの腕を思わず掴んで呼び止めてしまった。
「どうかしたか?」
まさか呼び止められるとは思っていなかったアスランだが、呼び止めたシンの方もどうすればいいのか分からずに思わず、
「せ、せっかくなんで何か夕飯奢ってください」と捻り出し、アスランも初めての事態に「あ、ああ……」と応えてしまった。
「はぁ~、ごちそうさまでした!」
パチンと手を合わせたシンの空っぽになった皿をアスランは呆れたように見る。
「よく食べるなぁ。前はこんなに食べてたか?」
「うーん?コンパス入ってから食事量増えたかもですけど」
「……食べれるようになったならよかったよ」
「?」
何か思うところがあったのかなんとも言えない表情のアスランが正面に座っている。
紺のロングコート、黒のスラックスにグレーのシャツとネクタイのほぼ黒ずくめの服装に違和感を覚える。
「その格好って私服ですか?」
「え?ああ、でも私服というか仕事もだいたいこの服装が多いな」
「…………、もう少し時間もらってもいいですか?」
シンがアスランを連れてきたのはすぐそばにあったスーツの取り扱いがある大衆向けの洋服店だ。シンは一直線に売り場へ向かって行き、商品を掴むとさっさと支払いを済ませて店の外へ出た。ほんの数分の来店だ。
「これ」
店の前で今買ったばかりのものが入っている袋をアスランへ突きつける。
訳も分からないままアスランは受け取り、袋の中身を取り出した。プレゼント用に包装された訳でもなんでもない、値札も付いたままだ。
「最近ずっと赤色のものを見てるとモヤモヤするんです。コンパスの隊服とか、新しく来た機体とか。俺のものなのに俺のものじゃない気がして。……あんたが、あんたの赤がチラついてモヤモヤするんですよっ」
アスランと目も合わせずに悔しそうにつぶやくシンを見つめてそれから手元にある深い赤色のネクタイに目を落とす。
アスランが陣営を別にしたことで今までアスランがいたポジションにシンが入り、周りにアスランと比べられて何か言われたのかもしれない。単にシン自身が周りにそう思われているんではないかと感じているだけなのかもしれない。それが赤色を通してシンにプレッシャーを与えているのだろうか。
アスランは自分のネクタイを外してシンから渡された赤色のネクタイを黙って結んだ。
何かシンに言葉を与えてやる必要があるのかもしれないがザフトであの一時期上官だった時も言葉足らずだったのだ、うまくかけてやる言葉がすぐには出てこなかった。
ネクタイを結んでシンと向かい合う。
「やっぱりあんたは赤が似合いますね」と未だ悔しそうだがどこか先程よりは力の抜けた表情をしていてホッとする。だけどやはりうまい言葉が見つからずに「そうか?」とだけ言葉を返しておく。
「ネクタイをプレゼントするなんて父の日以来ですよ、アスラン・パパw」なんて茶化してくるのでさすがに「おい!」とすごむと「ごちそうさまでした~」とひらひらと手を振って背を向けて歩き去ってしまった。
小さくなっていく背中を見送りながら、この間キラやアークエンジェルクルーがシンとうまくやれていると聞いてホッとしたと同時にどこかモヤついたのを思い出す。
こうやって自分に直接想いをぶつけてきたということは周りに吐き出せていなかったのだろう。
なんだか少し優越感を感じながらアスランも値札の付いた赤色のネクタイをしたまま、シンに背を向けて歩き始めた。