御前試合の話(仮)フロイトは眼前に提示されたエアディスプレイの内容を眺めた。ACのこととなれば手放しで喜ぶような男だが、今回は視線を動かすにつれて表情を険しくしていく一方だった。対するスネイルの眉間の方が、よほどなだらかだった。
「御前試合、だそうですよ」
だが、抱えている感情はフロイトと同質のものであった。涼やかな声音と言葉の裏には、多分に苛立ちを含んでいる。
御前試合――要はヴェスパーがどれほど優秀で有用なのかを〝理解していただく〟ための、パフォーマンスの場である。戦績をはじめとしたこれまでのデータを見れば、ヴェスパーが如何にアーキバスに貢献しているかなど猿でもわかるというのに、「この目で見ないことには分からない」などと宣うのだから、上層部の連中にはほとほと呆れてしまった。だが、ここで難色を示して自分の――そしてフロイトの居場所を取り上げられては困る。ゆえに、スネイルは甘んじてその話を受けたのであった。その裡を怒りの炎で燃やしながら。
「やりあうのは俺とスネイルか」
「頭の悪いお偉方への配慮ですよ。最新の調整を重ねた、いわばアーキバスの技術の結晶たる私と、その上に座する首席隊長。ツートップが揃い踏みで白熱の模擬戦を繰り広げる。分かりやすくて良いでしょう?」
「そうだな」
フロイトはエアディスプレイを閉じると、一つため息をついた。
「気乗りしませんか?」
「ああ」
「せめてもと思って実機と実弾での戦闘許可を取ったのですが」
「お前相手に手加減しなくちゃいけないのが気に入らない」
スネイルは上がりそうになった口角を、すんでのところで堪えた。まあ、フロイトにはそれも筒抜けだろうが。
「……〝全力でやっていると見せ掛ける〟のは得意だと思っていたのですが?」
「お前だって得意だろう、そういうの」
ふふ。はは。小さな自嘲めいた笑い声が床を落ちて転がる。
「まあ……なんだ。思うところはあるが、引き受けよう」
「助かります」