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    sokomadeyo_skmd

    @sokomadeyo_skmd
    リョナとえっちなの専用コックピット
    ここなら何してもいいんですよね

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    sokomadeyo_skmd

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    千石くんが神尾くんと終電を逃したのでラブホに泊まったら昔の傷跡を噛みちぎってほしいとお願いされるお話です。エッチなことはしません。
    大学生設定 イブカミちゃんの同棲恋仲設定 神尾くんの一年次過去捏造あり。

    うわがきほぞん 今や我々の足は鉄の箱である。マイカーに夢を持たない大学生の移動手段は電車に限る。それしか帰路に付く手段がないのに、こんな天体観測が似合う時間まで飲み歩いてしまったら、自分の家にも帰れずに当てもなく雨の夜を彷徨くしかない。

     「すごいな、カラオケもないのかよ。個室なら寝れるのに」
     地図アプリを開き隣を歩くのは中学以来に再開した神尾くんである。大学のレポートに使う資料集めに都市部から離れた地域に来ていたら、親戚の引越し準備の手伝いに来ていた彼に偶然出会ってしまった。ちょっとした近況の話をして、その話の流れのままメイド喫茶に連れていき、コンセプトカフェに連れていき、お酒の飲めるお店に行き、寝落ちして、追い出されて、それで東京の辺鄙を歩いている。
     もう少し栄えた街ならどこにでも泊まれる場所があっただろうに、想像以上にここには健全な時間に眠る町だった。
    「あはは、ごめんねえ。こんな夜まで、どうしようねえ」
    「はあ、最悪野宿っすよ。へべれけあほあほ飲んだくれ阿保先輩のストッパーになれなかった俺にも責任はあるんだから」
    「あやや」
    「何があややだ」
     トゲのある言葉で刺される義務のある俺をちくちくと刺す。うん。これは然るべきと思う。久々で変なテンションのまま飲みすぎてしまった。かなり申し訳ない。
     夏だから凍死はしないだろうけど、アンラッキーなことに雨である。野宿というのは考えたくない。気温は涼しめだけど、濡れた箇所が冷える、どこか泊まれる場所はないかと、酔いが覚めてきた脳をうんうん唸れせていると、隣から妙に可愛らしいしゃっくりのようなものが聞こえた。
    「えっぷしゅ。ぷち」
    「え、あ!それくしゃみ?寒いよね。ごめんね」
     Tシャツ一枚の薄着の彼は外気に晒される腕をさすりながら震えていた。何か一枚貸してやれればよかったけど、こちらも薄手のパーカー一枚だった。
    「流石に、雨で半袖は応えますね……。好きじゃない。ん、ちょっとタバコ吸っても?あっためたいんで」
     行く道の数歩先に小さな箱型の自販機があって、そこに駆け寄って行く。
    「千石さんは、吸います?タバコ」
     少し離れから振り向いて俺に聞いてくる。夜だから抑え気味の声で聞いて、俺も同じくらいの調子で返す。
    「俺はやめとくよ。将来的にね」
    「そっか、スポーツトレーナーとか、そういうのが目標って」
     質問よりかは小さい独り言くらいの声で呟いて、お金を入れてボタンを押す。そんな様子を見ながら、ゆったり歩いてそこに追いついた。
    「なあ神尾くん。タバコってあったまるのかい?血流が悪くなってむしろ冷えるんじゃないのか?」
     彼が取り出し口から手に持ったものを見下ろしながら思ったことを言ったら、俺はギョッとした。タバコってそういう意味もあるのだろうか。あったまるってそういう意味なのだろうか。
     神尾くんが持ってたのはタバコじゃなくてコンドームだった。
     俺が困った顔して見ているのに気づいたのか、神尾くんも自分の手元を見て、数テンポ遅れてから「あっ」と目をまるくした。
     
     「そうか、オレは、ずっと時がとまったままだったんだな」
     手元の箱と自販機を交互にまじまじと見つめて彼は語り始めた。
     親戚の集まりとかで、車でここの通りを通っていた気がします。窓の景色見てるとさ、この箱があるんだよ。値札とボタンがあったら、何かの販売機とは想像できるだろう?それで、小箱の自販機なんて言ったらさ、タバコだって思うじゃんか。だからずっと、タバコの自販機だと思っていて、すり込んでしまったのだな。オレにとってこれはそういうものだったんだよ。これが何かわかる年になった方が長いのに、これのことを間違えたまま忘れてしまったのだな。だから更新されないで、子供の印象のまま時が止まっていたんだ。これは。
     神尾くんは頭を整理するようにそのようなことを唱えていた。彼も恥ずかしかったのか、妙に早口であった。
     でもその勘違いのおかげで、ちょうど良い寝床を考えつくことができた。人差し指を立てて、さも提案しますみたいに言ってみる。
    「神尾くん、ホテルに行こう」
     彼は瞼をひくつかせて怪訝な顔でこちらを見た。
     
     地図アプリで検索して一番近くのラブホテルに着く。古錆びた店舗に不釣り合いなそこそこに新しい注文パネルで深夜休憩コースと入力する。3時間後には始発が出るからそれまで寝られれば良い。神尾くんはこのお城ってこういう場所だったのかと、あまり知りたくない街の事情を再確認してナイーブになっていた。
    「うん、でも、お風呂に入れて寝られるのはいいな。助かりましたよ」
    「これくらいは、これぐらいしか思いつかなくて……」
    「何もしませんからね」
    「何もしませんよ!?」
     そのような漫才をしながら室内に入ると昭和の趣あるやたら派手な内装と丸いダブルベットが出迎えた。ここまでいかにもなのは絶滅危惧種だろう。
    「え!えっ!すごい!拷問椅子みたいなのありますよ!?ちょっと座ってください!」
    「何もしないって言った!!」
     非日常溢れる空間でリズムが乗ってきたのか神尾くんはテンションが高かった。バタバタと棚とかベッドの下とかを確認しているのを横目に、エアコンを点けてお風呂のお湯を貯めに行く。風呂までギトつくくらいに凝った趣味をしていた。
    「とりあえず、お風呂入ってきなよ。冷えてるでしょ?」
    「そっかあ。じゃあお風呂沸くまではだしのゲンごっこしようぜ」
     はだしのゲンごっことはコンドームを膨らませて風船みたいにして遊ぶことらしい。そういうシーンがあるんだと思案を巡らす隙に彼はその小箱で俺の腕を突いた。
    「というか、千石さんこれもらってくれませんか」
    「もらうって、なんで?使えば……いや、これは品性のない聞き方か」
    「こんな場所だから今更でしょう。オレたちも大学生なのだしその方が健全ですよ。それで、こういうものがあると深司が怖いんで、もらってほしいわけです」
     伊武くんと神尾くんはルームシェア中でそれでいて恋仲である。今日の居酒屋で教えてもらった。仲が長く続いていて大変喜ばしく思う。それなのに知らない避妊具があったせいで浮気を疑われて悲しいことになるのは、寂しいことだ。
    「せめて指用だったら使い道あったんだけどな」
     宣言通りに彼は飛行船のごとく膨らませてそう言った。俺も正直使い道がないが貰っておく。凹凸の有無は残酷に有用無用を切り分けた。

    「お風呂、そろそろ沸くぜ。寝巻きも脱衣所のカゴに入っているから」
     入浴を勧めたのは、身勝手にもなんだか一人になりたくて彼を押し出したい気持ちになったからかもしれない。
     俺だって時間を止めていたのだ。彼の純粋性の夢は大きくなれば醒めていくものなのに、俺が持つ彼の時は中学2年で止まっていたのだから、喫煙とか情事の匂わせを聞いて妙なざらつきを心に覚えたのだ。大学生なら、その方が健全なのにね。そんなことでセンチメンタルになる自分の精神性がとても矮小で久々に嫌な気分になった。今日は彼に迷惑をかけてしまって余計に気にしい気持ちになっている気がする。
     それでもメイド喫茶は今でも得意じゃないらしくまごついていたのは、思えば嬉しい情報だった。というか、なんでラブホでアッパーになってメイド喫茶でダウナー入るんだよ。おかしいだろ。カワイイ子がたくさんいるんだよ。なんだか訳がわからなくなったので、ベッドで横になろうと思う。シーツに身を投げ入れて、その弾みを感じながら揺られるままに身を委ねた。

     時間が進んでいるのなら、彼の傷跡も癒えているのだろうか。

     左内腿に残された打撲痕を指して、「先輩から殴られた痕」と教えてくれたのは、紛れもなく神尾くんである。合宿所の同室で着替えの最中に目に入ってしまい、思わず声をあげたのがきっかけだった。
     白い紙に赤や黄色や紫を混ぜたインクを滲ませたような痣と、抉れた瑕疵を覆い隠すように盛り上がった皮膚が彼の白い肌に、生々しく居着いていた。
     声をあげて、しまったと思った。ぎゅうと右手首をつねる。事情もよく知らないで、嫌なものを見たとか不幸がる顔をしたかもしれないと後悔の波が押し寄せる。反射的に出た声を押し戻すように、もう遅いのに自分の唇に触れて確かめていた。
     そんな情けない様の先輩を見て、クスリと笑って、ただの殴られた痕と教えてくれたのだ。

     橘さんが来るまでは、生傷の絶えない部でした。怖い上級生がたくさんいました。オレは足が早かったからよく脚を狙われた。これの時は、床に押さえつけられて、脚を広げさせられて、鉄、鉄パイプ、鉄パイプを、オレの脚に振り落として、それがまだ残っているんです。幸い骨折はしなかったんですけど、パイプの先端の切り口がね、勢いのまま皮膚を裂いて肉を抉って、振り戻した鉄パイプに残った血が天井まで飛び散って、だくだくと床を濡らしていって。やたら派手に出血したからそいつらビビってそれ以上は殴らないで逃げたんですけど。貧血で頭ぐらぐらさせながら血を止めて、水で洗って、部室にあった包帯を巻いて、適当に床拭いて、疲れたからそのまま足引きずって帰ったんだと思います。
     もう治っているけどここ以外にも痛いことをされた部分はあるし、そういうものを一年の俺たちは知識もないまま手当をして、不完全な処置をしたから治りが遅いのだろうと、傷をさするようにしながら教えてくれた。
     「ただ一つ懸念しているのは、あの体験を忘れられないから、こんなふうに体にこびりついてしまったのかとも思うんです」
     俺はあの時、どうしてやればよかっただろう。彼のその心的外傷を少しでも楽にさせられる気の利いたことでも言えればよかったのだが、結局立ち尽くして何もできなかったのを覚えている。ただただ行き場のない悲しみと怒りが、ざらざらと背中に積もっていっただけだ。
     そういう俺を彼は優しいと評した。そして、最後になんと言っていただろうか。
    「だから、貴方に」
    貴方に、何だよ。


     腕に立てた爪の痛みで目を覚ましたのは夜中の3時のことだった。俺はすっかり寝入ってしまっていて、夢の中で無意識に爪を立てていた。右手首にのこる四つの赤い弓形の痕はじくじくと傷んだ。
     隣では白い寝巻きの神尾くんがすよすよと寝息を立てて眠っていた。先輩後輩の仲とはいえ恋人が居る身で隣で寝てくれるのは信頼の証として見ていいだろうか。いや単にベッドで寝たいだけだと思うが。彼が風呂から出るまで仮眠して、ベッドは譲るつもりだったから意図せぬ優しさに触れてしまった。 
     汗ばんでいるし雨にも振られているのでシャワーを浴びようと、起こさないようにそっと風呂場に進む。蛇口をひねって水を浴びれば、眠気はどこかに飛び去った。
     お湯が出るのを待ちながらシャンプーを手に取る。手首の爪痕はとうに消えていた。泡立てて髪を洗う。わしゃわしゃと指でかき回す。お湯で濯ぐ。今度はボディソープを泡だてる。体を洗ってお湯で濯ぐ。
     俺はその間、夢で見た彼の内腿の傷のことばかり考えていた。そしてあれば五年前に、夢ではなくて現実に見たことだ。五年前。それでも、あの傷は彼の内腿に居着いたままなのだろうか。
     脱衣所に戻って体を拭いて寝巻きに着替える。ドライヤーを掛けたかったけど音で起こしては忍びないので強めにタオルドライだけをした。スキンケア用品なんてものはないので、あとは歯磨きとかの適当な身支度をして部屋に戻る。
     チェックアウトの時間までレポートの続きをしようと、できなかった。俺の脳裏であの生々しい傷が邪魔をするのだ。

     だから、確認だけしようと思った。
     彼の眠る丸いベッドに静かに乗って、そっと布団を捲る。神尾くんは意外と寝相が良くて、横向きにこじんまりと眠っていた。緊張の中で、起こさないことだけを考えて、脚を持ち上げて、あとは寝巻きを捲るだけになる。それだけで確認ができる。
     ゆっくりと深呼吸する。麻の寝巻きの端を持つ手は緊張で震えていた。本当に、俺の杞憂ならよかったんだ。彼の脚になんともなくなだらかな肌だけがあればそれでよかったんだ。それだけ見られればいい。五年前の傷なんて剥がれてしまえば、それだけだったのに。
     
     彼の足には生々しく残酷に打撲痕がこびりついていた。

     「続けますか?」
     呆然とする俺の頭上に、ただただ穏やかで温度のない声が降ってきた。返事をしたのは俺の喉から抜ける息の音だけだった。
     必死に呼吸を整えて、次に言うべき言葉を口に詰まらせながら吐き出す。
    「ち、違うからね!?そういうのじゃないからね!!」
    「わかってますって、気になったんだろう」
    「俺は恋人のいる人間に手を出す男じゃない!!!」
    「わかるというに」
     上半身だけ起こして、自分の内腿を触る。伏せたまつ毛が瞳にかかり、ゆっくりと瞬きした。
    「この傷の由来を知っているの、千石さんだけなんですよ。誰にも教えていないんだから」
    「……え、伊武くんにも言っていないの?」
    「深司が知ったら人が死にますよ」
     少しも笑い事でないところで彼はからから笑った。
    「あいつには階段で転んだって言っています。お前はそそっかしいからって納得していました。オレにもそういうところがあるしな、自分の人間性に助けられましたよ」
     どうやら俺と神尾くんだけの二人の秘密だったらしい。そんな秘密を作っていることを伊武君に知られたら俺も刺されるんじゃないかと勘ぐった。
    「合宿所で話したこと、今でも覚えていたんだ。物好きな」
    「君に傷を増やされたんだ」
     それはわるいことをしたなあと、彼は悪びれもせずに両手を広げて横になった。ぼすんとシーツがしずむ音がして、寝返りをうってこう言った。
    「なあ、あの時の続きをしないか」
     続きってなんだ、俺は合宿所での出来事の先を思い出そうとしたが、その前に彼は答えを告げる。
    「だから、貴方に噛みちぎってほしいんだ」
     自分の傷口を差し出して、彼の唇は確かにそう言った。

     「か……、噛みちぎるって、どういう……?」
    「オレの傷跡に噛みついて、そのまま肉を引きちぎって欲しいんですよ。バスキンロビンスのアイスをディッシャーで抉り取るみたいに」
    「出来るわけないだろ!!」
     今日一大きな声で断固拒否した。神尾君はなんだか困ってますみたいな顔をしていて、もしかして順を追って説明しなきゃいけないのかとゲッソリした。
    「あのねえ、人のお肉噛みきれる程人間の歯と顎は強くできてないと思うよ。やったことないけどさ、喧嘩の噛みつきだって、肉が取れるのってなかなかないでしょ」
     それ以上に、俺は君に暴力を振るうような事をしたくないんだよ。
    「こっちは顎を届かすことすらできないんですよ。この位置じゃあ、ほら」
    「やって見せなくていい。……とにかく、そんな発想になるのは、君が何かに追い詰められて生まれる自傷行為なんだから、まずは……」
    「それなら、オレは一生このままなのか」
     傷から目を逸らそうと伏せた俺を覗き込んだのは、彼の青い瞳だった。その瞳は、どこか揺れるように潤んで見えた。
    「一生では、……ないだろ。皮膚科で見てもらうなりさ」
    「それで、傷は治るかも知れません。でも、それでも、また、あのことを思い出して、あの記憶に縛られるかもしれないって、思うんです」
     震える肩が俺が触れようとする前に離れて、枕を掴んで俯いてしまった。
    「傷のような分かりやすい楔が、なくなっても、それでもあの記憶が、オレの脳からこびり付いたままだったら、どうしようって、……どうしたらいいんですか。どうすれば全部忘れられるんですか!?」
    「でも……、そんなやりかたじゃあ」
    「貴方に全部抉り出して欲しいんだ。この傷も、あの出来事も、食いちぎって咀嚼して、吐き出してくれれば」
     震える手で俺の右手首を掴む。掴まれる俺の手首だって震えていた。
     俺は結局あの時みたいに、何も出来なくて、彼を駄目にしてしまうかもしれない。むしろ、見えている失敗なんだ。俺が何をしようが、人の顎で健康な筋肉を噛みきれるわけが無いし、皮膚だけ剥がせても、そういう傷がまた新しくできるだけなんだ。こんな自傷行為に付き合って、一体何が慰められるんだよ。
    それでも、俺は彼の震える手を握ってしまった。じっと彼の揺れる瞳を見つめる。
    「痛かったら……言えよ?」
     彼はそっと俺に身を寄せて、うんとだけうなづいた。

     丸いベッドの白いシーツに、手術台の上で被検体は仰向けに横たわる。俺は彼の少し開いた脚の間に座って、彼が飽きるほどホントにしちゃうからなと確かめた。
    「痛かったら右手上げますから、大丈夫ですよ」
     さっきの震えは何処へやら消えて、すっかり落ち着いた神尾くんはヘラヘラ笑った。大丈夫じゃない奴は大丈夫って言うよなと思いながら、彼の気が変わらないのを確かめて、内腿に残る痛々しい痕に改めて対面する。
     あの時の見たままで、赤黒く滲んだ山脈のような傷は変わらず鎮座していた。俺は今夜、こいつに噛み付いて、引き剥がす。本気で噛みちぎれる訳はないから、彼が痛がってやめてというのを引き出せるのを待つ。無理なこととわかって貰えばいい。そう踏ん切りをつけて、傷の深さや大きさの具合を見るために唇で触れてみる。キスをするように、浮き出る脈に似た姿でに盛り上がったケロイド状の瘢痕をなぞる。ピクリと彼の腿がはねた。くすぐったいのだと思う。蹴られると怖いのでこちらの肩に持ち上げて腕で抱えながら固定させてもらう。
     彼の太腿の通う動脈の鼓動と同じスピードで、俺の脈も走る。緊張で昂る心臓の音を、この脚伝いに聞いてしまうかもしれない。彼の肉体を傷つけることが、堪らなく嫌で怖いのだ。それでも、やると言ってしまった。
    「オレは、今回のことでは苦しまないから、貴方が苦しむこともないんですよ」
     もたつく俺を見かねてか彼は穏やかに声をかけた。
    「こんなワガママに付き合わせてしまって、ごめんなさい。貴方が優しい人なんだと、それだけがわかるんです。貴方だけだから」
     彼の左手が俺の右手を優しく撫でる。狡い言い回しをするよ。ここまでされてしまっては逃げ場なんてない。
     いよいよ覚悟を決めて、彼の太腿に吸い付き、鋭く歯を立てた。滑らかな皮下の柔軟な筋肉を顎で捉える。ゆっくりと顎を締めていくと、意外にもやわらかい感触が歯を埋めていく。顎に力をかける程、やわらかい肉の感触はじわじわと強ばる。
     ふー、ふー、と神尾くんの歯を食いしばって痛みに耐えるような呼吸音が聞こえる。ここからでは顔が見えないけど、きっとすぐに泣いてしまうかもしれない。続ける?続けるのでいいのか?噛み付いたままでいても何も言わないから『肯定』と判断して、もう少し強く噛み締めてみる。
    「ぃッ!?」
     彼の大きな悲鳴と共に抑えきれない程はねた脚で咄嗟に口を離してしまう。
    「……っ!大丈夫?」
    「はっ、、ごめんなさい、続けて、ください」
    「でも……!」
    「お願いします……!
     もう一度脚を抱えて、同じ箇所に歯を立て直す。昔の傷跡を丸く囲むように、深深と赤い歯型がくっきり残っていた。そこにもう一度歯を合わせて、ゆっくり圧をかける。肉に沈み込む歯から、噛み締めていくとついにぶつと破れるような音がすると、俺の口いっぱいに鉄臭さが広がった。血がじわじわと滲んできている。
    「ふ、うぅう゛う……!!」
     彼の締めた喉から捻り出すような高くか細い悲鳴と、俺が息を漏らす音だけが部屋に充満した。その間、裂け目から溢れる血を飲み込めない俺は、ぼんやりと赤く色付いた涎をだらだらと口端から零していた。気持ち悪いくらいずっと、血の味だけが溢れている。
    「えうっ、げほ、」
     噛み付いたまま、離すこともできず嘔吐くように嗚咽を漏らす。内腿から、俺の涎と彼の滲む血液が混ざったとろりとした液体が、白い太腿をつたい落ちて行く。それは間接照明に照らされてぬらぬらと光った。
    「はっ、はあっ、あっ、……、ぅう、」
     短い呼吸と、小さく漏れる引き攣らせた声だけしか聞こえない。きっと、彼はあの時も、こんな風に泣いたのかもしれない。無駄に相手を盛り上がらせないように、泣きたくなっても声を顰めることを覚えたんだ。そう思うと、彼の体験したおぞましさや恐怖や無力感が、俺の深層に波になって押し寄せてくる。必死に噛み付こうとしても、上手く力が入れられない。荒い呼吸のまま甘噛み程度に彼のぬるついた太腿を食むことしかできない。
     鼻の奥にツンとした痛みが来る。顔の周りがやけに熱くて濡れているのが気になって触ると、俺は涙を流していて、そこでようやく視界の滲みを捉える。自己の状態に気付くといよいよ歯止めも効かなくなり、だくだくと涙が溢れ出す。
     もう限界だった。
    「ああぁあああ〜〜〜〜!!!!」
     そして俺は、子供みたいな大きな声で、情けないくらいわあと泣き出した。

    「もう、もう駄目だ!やめてよ、こんなの……っ」
    「え、どうしたんですか、……!、千石さん?!」
     ひどい、ひどいよと言葉を吐き出しながら蹲る俺を見て直ぐに起き上がって肩を抱く。年甲斐もなくぜえぜえ過呼吸を起こしながら泣くこの俺の背中を強いけど優しい手のひらでさすってくれた。
    「ごめん、だめだ、俺には、できない、できないよ!わぁ〜〜〜っ!!!」
    「貴方はやってくれたじゃないか、謝ることなんて」
    「今度こそはって、やってやるって。そう思ったのに、俺は……」
     いくら顔を拭っても振り払えない熱い哀傷を身に繋げたままで、せいせいと嫌悪を吐く。
    「君に頼られて自惚れていたのに……、俺は、何も、してやれない……!なにも……!」
    「言うな!」
     神尾くんは俺の顔を掴んで強引に向き合わせる。涙とか涎でぐちゃぐちゃになっているのでかなり恥ずかしいのだけれど、それでも彼は涙で赤らんだ目でじっと見つめた。俺の目の中のもっと奥を、整然と見据えている。
    「貴方はやってくれたんです!今だって、あの時だって!」
    「あの時……?あの時なんて」
    「話を聞いてくれるだけで、オレは救われたんだ。ずっと、あのまま言えなかったら、オレはきっと、どこかで駄目になっていたんだ。貴方が気づいて、聞いてくれたから。ここにいられる」
     彼は親指で、俺の目の端にたまる涙を拭う。口元の汚れなんかも、母親が子供にやるように袖口で拭いて綺麗にした。
    「むしろ、謝らなくていけないのは……オレの方だろ。オレは所詮、貴方の優しさに付け込んで甘えたかっただけなのかもしれない。」
    「優しさ……。優しかったのか、俺は」
    「そりゃあもう、ずっと」
    「それでも勝手だよ。俺はな、痛めつけておいて、君が怖気付いて「やめろ」と言うのを待ってたんだ。それなのに君は想像以上に辛抱強く耐え忍んでしまったし、だから俺は勝手なタイミングで、止まってしまった」
     息を吸って、吐いて、そして、「怖かったんだぞ。」とだけ伝えた。
    「いや、あの、本当にごめんなさい。こんなことに付き合わせてしまって」
    「痛いことをしただけじゃないかよ。こんなのでどうなったんだ」
    「治療をしてくれたんだ。治療に痛みはつきものなのだから、その辺は覚悟している。」
     彼はぎこちなく微笑んで、真新しい歯形の傷を慈しむように撫でた。
    「オレはね、この傷を、貴方の立てた歯の痕を見るたびに、貴方がオレのためを思ってしてくれたことを思い出すんだ。そうしてしまえば、ひどい目にあった記憶なんかより、貴方のことが染み付いてくれる」
    「優しさの上書き保存とも言うな。」と彼はふふと笑った。
    「傷自体は悪化してるけど、……いいの?」
    「人のために泣いてやれるような人がつけてくれた痕なんですよ。縁起物だぜ。……千石さんって、たまに謙遜みたいなことするけど、自分の頑張りとか優しいとことか認めた方が絶対いいっすよ」
    頑張りとか、優しさかぁ……。改めて人に言われるととてもこそばゆい気分だ。思えば、俺はそういうことを言われるのが恥ずかしくて、隠す素振りをするのだと感じた。こそばゆすぎるので話を変える。
    「自分の脚、好きになれそう?」
    「はい。ずっと好きですよ。俺の脚はこの二つだけなんだ」
     彼は愛おしそうに、両脚をぎゅうと抱きしめた。
    「昔は簡単に壊れるほど脆くて、その癖凄惨に丈夫に出来ているから、憎むこともあったけど。やっと、自分の身体になってくれた。貴方がしてくれたんですよ。だから、ありがとうございます」
     そっかぁと、さらさらと肩に積もった重圧が晴れたような感覚があった。俺も、役に立てたのなら嬉しい。その言葉が聞けて、零れる涙を鎮めることができた。
    「所でその歯型、伊武くんにはどう説明するんだ。ラブホで先輩に噛まれた痕とか言ったら、俺は荒川に浮かぶマシュマロボディになるよ」
    「あ〜、犬に噛まれたとでも言います。虎の方がしっくり来るかな」
    「それは匂わせってレベルじゃないだろ。刺される!」
     犬のままにしてもらって一件落着ということになった。俺は肩の荷が降りたら疲れがどっと押し寄せてベッドに倒れ込むように伏せた。
    「神尾くん、俺からもひとつワガママをいいかい」
    「なんすか?」
    「一時間、延長しても?」
     時刻はおよそ四時前で、チェックアウトの時が近づいていた。
    「ああ、その方がいいですね。二人とも顔を冷やしてから寝た方がいいぜ」
    「神尾くんは太腿も洗うんだよ」
    「涎いっぱい出てたもんな。美味かったんすか?」
    「二度と食わん。犬も食わん。全く」
     そんな小言で俺も笑えるようになって、二人で泣き腫らした顔を洗いに洗面所に向かって、寝直す準備をした。

     「そうだ。やり忘れたことがあるじゃないか」
    「はあ」
    「恋バナだよ〜。寝る前というのはそういうことをするんだ!」
     ええ〜と、照れくさそうに間接照明を弄ると、照明にはプラネタリウムになる機能が付いていたらしく、小さな天井に星空が浮かんだ。
    「星もそう言っている。眠たくなるまで話してもらうからね!」
    「言ってはないでしょ。……でも、いいよなプラネタリウムって、深司も好きなんですよ。オレと同じで」
    「そういうやつ!俺は今の君のことが知りたいんだよ!」
     ベッドの中でたらふく笑って、寝落ちするまで今の俺たちの話をした。ラッキーかどうかわからないけど、爽やかな日だった。
    「またメイド喫茶も行こうね」
    「それは、ちょっとな……、」
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