セ・ラ・ビィー小さい頃から何かお祝いがあると必ずお願いした蜂蜜入りブリオッシュ。
母のパンは世界一美味いからそれだけで幸せだった。
目の前に出される贅沢な食事。
マナーは煩いがそれさえ守ればこの食事が毎日食べられるこは有り難い。
平民の頃は考えもしなかった、明日食べるご飯さえ不安にならなくていいなんて。
それでも心の中では母の元に帰りたくて仕方ない時がある。
勿論プライドとティアラと3人の時間は大切で大事で尊い時間だ。
2人の為なら俺は何でもする。
誰かに恨まれる事だって、手を汚したって構わない。
その決意は今は更に強くなった。
だから平民に戻りたいわけではない。
だが、無性に帰りたくなる。
母のあの腕の中に。
毎月届く母の手紙を読むとその想いが募るばかりだ。
またあの甘いパンが食べたい。
甘い甘い蜂蜜入りのブリオッシュ。
捏ねると言う意味のそのパンを作るのはとても大変だっただろう。
手伝ったことはあっても子供の俺にはその大変さは理解できていなかった。
今ならちゃんと手伝いが出来るのに、と思うがもう叶わないのだ。
毎年一枚だけ渡せる手紙。
いつも同じことしか書けないものの母に届けられる事は心から嬉しい。
そんな蜘蛛の糸の様な細くも切れない頑丈な糸で繋いでくれたプライドには本当に感謝してもしきれない。
そして今も俺の事をとても気にかけてくれている。
「庭園でお茶をしましょう!」
「兄様早くです!!」
「そんな走らなくても!!」
自分の誕生日の近、にアーサーとの稽古後にプライド、ティアラが茶会を開いてくれる。
なんだか今日は二人共早く早くと片方ずつ俺の手を取って引っ張って、とても危ない。
「お姉様と用意したんです!」
「ステイルが喜んでくれると嬉しいんだけど!」
喜ばない事などない。
2人が本心から俺のために作ってくれる空間はそれだけで何事にも代え難い宝物なのだ。
今だって俺に喜んで欲しいからってこんなにも急いでいるんだ。
「アーサーも早く!」
「置いていきますよ!!」
「は、はい!!」
そこにアーサーが入れば更に嬉しい。
2人もアーサーを受け入れてくれて本当に感謝する。
庭園の真ん中にあるガゼボのテーブルを見て目を丸くした。
思わずアーサーの口から「すげぇ」と声が漏れた。
その様子にプライドとティアラは互いの顔を見合わせて「えへへ良かったわ、ね、ティアラ」「やりましたねお姉様」と手を合わせて喜んでいる。
そこにはテーブルに狭しと置かれたパンの山だ。
「ステイル、メロンパンが好きって言ってたからパンが好きなのかなって思って!ティアラといっぱい作ったの!!」
メロンパンは勿論、数々のパンが並ぶ。
ステイルも見たことのないパンもあった。
一体どこからこの発想が出てくるんだ?ととても不思議だ。
その中で1つとても見覚えのあるパンがあった。
一見カップケーキのように見えるが、その上に小さくぽっこりとした丸いパンが乗っかったようなパンだ。
「こ、れ……」
「ああ、ステイル前ブリオッシュに蜂蜜入れて食べたいって言ってたから見様見真似で作ったの」
ステイルは驚いたままプライドを見た。
「覚えていてくれたんですか?」
何でもない日に何気なく言った言葉だ。
母が作ってくれたブリオッシュが食べたくて、でも他の人が作ったものであの味になるとは思えなくて、だからシェフにリクエストはしなかったのに。
「だって、ステイルが言ったパン、私も食べたくなっちゃって」
「私も食べたいです!」
すかさずティアラも声を上げる。
やはりプライドには勝てない。
他の人が作ったものが母の味になるわけは無い。
それでも
「ありがとうございます…プライド、ティアラ」
2人の作ったブリオッシュは食べたいと心から思った。
泣きたくないのに鼻がツーンとして痛くて、メガネが曇り出して、もう少しで涙が零れそうになって……
「よし!食おうぜ!」
パシッと強く背中を叩かれた。
一瞬息が詰まって、涙が引っ込んだ。
「アーサー……」
低く彼の名を呼ぶも「ンだよ!」と肩を掴まれて引きづられる。
分かってる、泣くのを止めてくれたことは感謝する、だが、やはり子供扱いされるのはムカつく。
「ガキは大人しく座れや」
「うるさい!お前とそんなに変わんねぇだろ!?」
口で喧嘩はしても腕は振り払わない。
「ふふっ2人はもう仲良しね」
「「なっ////////」」
仲は良くなったことはお互いに思っていたが、改めて他人からそんな言葉を言われるだけで恥ずかしくて。
それがプライドだと言うだけで更に恥ずかしくて口を結んだ。
「さぁ2人共、お姉様と私が心を込めた贈り物いっぱい食べてくださいね!」
ティアラにまで言われてしまえば大人しく席につく。
やはり王女には敵わない。
そしてそれでいいんだと心から思う。
今ここにいるのは自分が願ったことではない。
昔の自分を捨てられ、家族を捨てられ、国のために尽くすように、王族に尽くすようにと義務付けられたことは今も俺の心に深く消えない傷となっている。
それでもここで頑張って得た幸福は紛い物ではない。
あのまま母の元で暮らしても幸福だっただろうが、ここに来たことで不幸になったわけでは無い。
ここではここでの幸福があった。
「とても美味しいブリオッシュです!!プライド、ティアラ、ありがとうございます!!」
ここでは母の甘い蜂蜜入りブリオッシュは食べられない。
だけどここではプライドとティアラが作ってくれた甘い甘い蜂蜜入りブリオッシュが食べられるんだ。
こんなにも幸せを感じるここでの生活を〝幸福〟意外の言葉を探す必要はない。
母との暮らしとは別の幸せと幸福がここにはある。
ただそれだけなんだ。
それを見つけられたことが人生で一番の幸せなことかも知れない。