「好きです、俺と付き合うてください」
「気持ちは嬉しい、ありがとう。でもごめんな、付き合うのは無理や」
最初の告白は、部室で、こんなんだったと思う。
夕陽が窓から入ってきてて、北さんの色素の薄い髪がキラキラしとったのを覚えとる。
あんまりにも躊躇いなく断られて、逆にびっくりしてしまったのも、よく覚えてる。
「なんやその顔、フラれて意外なんか」
フラれるのはもちろん想定していた。むしろ十中八九フラれると思っていた。
俺は大分チキって、なんのアプローチもしていなかったから。
だからこの告白で意識してもらえればいい、とは思っていた。元より男同士、そのうえ同じ部活の先輩後輩。気まずくなる、というのはあまり考えていなかったが、アプローチの仕方が分からなかったというのも実のところはあった。
なのに、これじゃあなんのとっかかりにもならなさそうで、それがショックだった。
もう少し、気持ち悪がるとか、驚かれるとか、歩いてて躓いたくらいの反応はしてくれてもいいだろうと思う。
まるで風がちょっと吹いたくらいの、眉一つ動かさない表情がまっすぐ自分に返ってきた。言葉も全然揺れておらず、はっきりとした発音で、早口でも躊躇うでもない口調で、ごめんな、と。
完全なフリ方というのがあるのなら、きっとこういう事なのだろうという手本。
気持ちは嬉しいのは本当だろう。何かしら気を引こうとしているとか、チャンスがあるとか、多少なりとも脈があるとか、そんな未練など一切残させない。いっそこの方が禍根が残らないだろうが、優しくもなければスマートでもない。俺はこんな断り方をしたことがなかったので、余計に驚いてしまったのかもしれない。
何一つ、俺は北さんに残せなかった。恋愛という意味で、何一つ。
「まだなんかある?」
話、終わったやんな? と言わんばかりの声だ。でも一応、確認はしてくれるあたり、この人らしいといえばこの人らしい。
「え、っとぉ……あの、ふられた俺が言うのもなんですけど」
「うん」
「情緒ってご存知ですか……?」
ショックで床に落ちそうな頭を片手で支えて、なんとか北さんの方を向く。胡乱な目を向けてしまったと自覚はあるが、今は表情を取り繕う余裕がない。
そんな視線もどこ吹く風で、ほんの少し笑って口を開く。
「さぁ、知らんのかもしれへん」
「そぉですか……」
ロボットやサイボーグやと冗談交じりに言われる人だが、本当にそうなんじゃないかと今は思う。人の心が無さ過ぎる。
歯牙にもかけないとはまさにこの事なんだろう。現国の成績がちょっとあがるかもしれないと予感する。
北さんの事を思う時、普段の阿呆とする会話の語彙では到底たりない。
「ほら、帰るで」
「あ、はい……、えぇ?」
しかも、一緒に帰る気だ。俺の不満が声に出ても(出しても)、この人は「なに?」と首を傾げるだけ。
完全な敗北。ぼっきりと心が折れた。この人への恋心なんて、今まさに風塵と化して消えた。
ショックすぎて涙も出ない。帰りの会話は意外と弾んだ。
北さんは進学せず、実家の農園で農業をするらしい。だからバレーは高校まで、と。こともなげにそんな風に教えてくれた。
終わりが分かっていても、誰よりも真面目にバレーに取り組むその心意気が分からないが、純粋にすごいと思う。無駄なんじゃないかと思わないんですか、とは、さすがに聞けなかった。
俺には情緒も人の心もあるし。
次の日、俺はちょうどよく告白してきた一年生の女の子と付き合った。
一年生の子と別れたのはそれから一ヵ月経ったくらい。
どうにもあの告白からずっと、北さんの事ばかり考えてしまって、それを見抜かれてフラれた。最近の俺はフラれ男なんだろう。
今もちょうど、せっかく部活が休みなのに帰る直前に雨に降られている。
置き傘は侑にとられたようだ。名前も書いといたはずなのに、下駄箱の傘立てを見たら無くなっていた。あいつは置き傘なんて事はしない。だから名前を書いていたのに、そういえばプリンも名前を書いてても食うやつだった、と思えば納得しかない。
外履きに履き替えるだけ履き替えて軒下から天を見上げる。
濃淡のついたグレーの空はところどころ白く光っていて、雲の層は薄そうだ。すぐ止むんじゃないか、と期待して、もう少しここで天気の具合が良くなるのを待つことにする。
校舎の壁に背中を預けて、横をすり抜けていく傘を持った勝者を見るともなしに眺める。腹が減った気もするが、今は何も食べ物を持っていない。
「傘、無いんか」
「おわっ」
「驚きすぎやろ」
そりゃ驚くやろ、という言葉をなんとか飲み込んだ。
あの日から、必要なことしか言葉を交わさなかった。一方的に俺が拗ねて、傷心中ですという態度をして、北さんに隠れるように(元になった)彼女といろいろとしていた。
だから、今この状況で声をかけられたことよりも、声をかけてきたことそのものに驚いた。
「あがるの待つんか?」
「そのつもりです」
「そうか」
北さんの手には濃紺の折り畳み傘がある。すぐ出ていくのかと思ったら、何を考えてるのか隣に立って空を眺めはじめた。俺と同じように。いや、本当に何を考えている?
「北さん」
「ん?」
「帰らんのですか?」
傘、あるでしょ?
「うん、でも、傘濡らすと乾かすの面倒やし」
確かにあがりそうやもんな、なんて続ける。あの日の告白ごと、その後の拗ねた俺の行動も、北さんには何も響かなかったような気がして余計に虚しくなる。
だって、全然、俺はまだ。
「北さん、好きです」
「うん、そんで?」
「……付き合ってください」
「できんなぁ。気持ちは嬉しいけど」
「……情緒ぉ!」
心からの叫び。
思わず両手で顔を覆ってしゃがんでしまう。膝の力が抜けたせいだから、不可抗力だ。
とつとつと、雨樋を落ちる水滴が校庭に流れていく音が大きくなる。雨脚が少しだけ強くなったのだろう。俺の心のようだ。
「誰や北さんの情緒盗んだやつ! 使ったら返せや! 元あった場所に戻しといて!」
そうとでも思わなければやってられない。北さんに人の心を返してやってほしい。きっと幼いころ、銀河鉄道に乗って機械の体を手に入れてしまったのだ。心はアンドロメダ星にあるに違いない。風邪ひいた時にテレビで見たからきっとそうだ。
「元からあらへんのかもしれん」
わずかな希望を打ち砕くようなからかい交じりの言葉に、思わず。
「初恋とかしたことないんすか!?」
「それはあるけど」
「……あるんすか!?」
「うん」
見上げた先の顔は、薄曇りの中で他の景色と同じようにくすんだ色をしていたけれど、目が、綺麗に見えた。
まっすぐで、嘘がない目で、こちらを見下ろしている。
「……誰?」
「それは内緒」
「……この流れで?」
「ははっ、そう、この流れで」
その先に何かまだ言葉が続きそうな気がしたけれど、言葉は何も続かなかった。
自然な沈黙は居心地が悪くない。今しがた告白してフラれた俺と、ふった北さんが並んでいるのに、居心地が悪くない。
また完全にフられた。また北さんに一個も何も残せなかった気がする。
でも、北さんに恋心が搭載されている事はわかった。意外とそれを自覚しているという事も収穫だろう。
俺が北さんに何かを残すのは無理でも、北さんに告白すれば何かを得られるのかもしれない。捨て身すぎる。そんな事をしてフラれ続けながら、北さんの存在を自分の中ででかくしてどうする?
「あがったな。ほな、お先。気ぃつけて帰れよ」
「あ、うす……お疲れさんです」
薄いグレーの雲が割れて、高い場所に青空が見えている。
水たまりだらけになった校庭を、北さんは傘をささずに歩いて帰った。
次の日、三年の先輩に告白されたので、俺はまた付き合うことにした。胸が大きかった。そのでっかい胸に、きっと北さんの分も人の心が詰まっているに違いないという期待があった。
でかい胸の中にいくら人の心が詰まってたからと言って、自分の望んだ相手の心じゃなければなんの意味もないと気付くのにそう時間はかからず、三ヵ月程で別れる事になった。
そうこうしているうちにインハイが過ぎ去り、自分の進路について頭を悩ませるようにもなり、ある程度見当をつけたところで年が明け、春高の舞台を踏んで地元に戻った。
いや、ほんまはこんな三行で済むような日々ではなかったけれど、まとめるとこうなる。
きっと北さんの頭の中もこんな感じで、そこにあった葛藤や苦悩なんかを「悩んだ」とか「結論付けた」とか、そういう一言に凝縮しているだけで、たぶん、何かは考えてるし悩んでるはずだ。あの人だって人間なのだからきっと。
でももう聞けそうにない。今日、あの人は学校を卒業していく。
少しだけ時間をもらえたのは、もうすっかり校舎に人気が無くなった頃で。
三年七組の教室に足を運んだ。黒板にには卒業おめでとうの文字と、思い思いの言葉が踊っていた。
「北さん、好きです。俺と付き合ってください」
「そこは、卒業おめでとうございます、やないか?」
「……卒業おめでとうございます」
制服のボタンがむしり取られ、机の上に卒業証書の筒を置いたままの相手に、頭を下げている俺に容赦のないツッコミが入る。
本当、この人に人の心はあるのか? やっぱりアンドロメダ星に置きっぱなしにしてるんじゃないだろうか。
「ありがとう。好きやというのもありがとうな。でもごめんな」
「……なんで駄目なんですか?」
「やっとか」
やっと、と言われて、そういえば今までの告白ではなぜフラれたか聞いていなかった事に気付く。
中々に、俺も人の心がない。
「やって、治が俺のどこ好きなんかも知らん」
「……言うたら考えてくれるんですか?」
「聞いてみんことには、分からんな」
今日まで自分の席だったところに座って、片肘を机について、面白そうに笑っている。
もう先輩でも主将でもなくなるからか、何かひとつ、力が抜けたような感じがした。
「……そういえば」
「うん」
「今日、クラスの人とお別れ会みたいなんとかは」
「あったけど、行かへんかった」
北さんは付き合いが悪いわけではないのに、意外だ。
やるべきことがあればそれを優先はするけれど、卒業の時のお別れ会だなんて、他に何を優先することがあるというのだろうか。
「おまえや」
「は?」
「今日、どうしても時間、欲しかったんやろ?」
「……は?」
俺は結構周囲の事を見ているつもりだった。それなりに気遣って、うまく泳いでいるつもりだった。
でも、今日、そうだ、北さんは今日卒業する。今日で別れる人たちと、学校じゃない場所で別れる時間を設けていたはずだった。
なのに。
なのに、明らかに告白するという様子の俺が、時間が欲しいと言ったから。
「……なんでそんな、だいじなもんくれるのに、俺の好きは受け取ってくれへんのです?」
恥ずかしい。悔しい。嬉しい。泣きそうだ。目の奥がじわりと熱くなって、鼻の奥が痛む。
「やっておまえ、かわええしな」
「こんなでかい男捕まえて、かわええわけないでしょ」
「それ言うたら俺も、かわええ女の子とちゃうよ」
「そうですけど……そうじゃなくて……」
そんな笑いながら、なんでこんな無神経で無頓着で自分勝手な俺を許すんだろう。
意味が分からない。愛情が深すぎる。こんなん、好きになるなと言う方が無理だ。
この人はずっとそう。
同じ部活の後輩が、伸び伸びバレーできるように。自分を律しなかった事で後悔しないように。互いに迷惑かけないように。気まぐれで道を逸れないように。取り返しのつかない怪我をしないように。
細やかに、的確に、明確に、言葉で、態度で、行動で。
道を整備してくれていた。その一所懸命さに、胸がいつもいっぱいになった。
他の二年生が気付いていたのか、そんな事をなんでするのか、その理由や意味や意義を考えた事はないかもしれない。俺もきっと、俺が侑と別の道に進むことを考えなければ、その視点で北さんを見ることはなかったかもしれない。
よかったと思う。誰もこの人に気付いて欲しくなかった。いや、三年生は気付いていたんだろうけれど、それが愛情で、それをうけて恋情を抱くのが俺だけで、よかった。
「……北さんが、北さんだから好きです」
「うん。治、よお見ててくれたもんな」
ありがとうな。
柔らかい声がすぐ傍から聞こえた。いつの間にか、教室の入り口に立っていた俺の所まで歩いてきてくれていたらしい。
でかい図体で顔をぐしゃぐしゃにしてる俺の頭を優しく撫でる。その手の愛情深さが、もうこの先北さんが居ない学校が、今さらながら嫌で駄々をこねたくなる。
「俺、家で農業すんねん」
「聞きました」
自分では聞きましたと言ったつもりだったが、鼻が詰まってぎぎまじだ、と随分聞き苦しい答えになっていた。でも、北さんは嬉しそうに笑っている。
「ずっとここにおる。農業、土地ないと出来んし。ずっと家におるから、おまえ、なんか困ったり、なんもなくても、たまに遊びに来や」
「はい」
鼻をすする。すすってもすすっても、顔を濡らす。手の甲で拭おうとしたら、先にハンカチが当てられて、綺麗に拭われた。涙だけじゃなく鼻水も。おかんか。
「はは、ひどい顔や」
「……幻滅しました?」
「いや、別に?」
おかしそうに言うその言葉には、また何か続きがありそうだったが、今はもうこれ以上、言葉が出てこなかった。
いや、嘘。今言わなきゃ、たぶん二度と言えない事が、他にあった。
「……卒業、おめでとうございます」
「うん、ありがとう」
「俺、飯の仕事、します」
小さい子供みたいに、次から次へと涙があふれて、しゃくりあげて、うまく喋れない。
「うん」
「やから、農家さんやったら、もしかしたら、相談に行くかもしれません」
「そうやな」
支離滅裂なのに、ちゃんと伝わっている事が分かる、落ち着いた返事に安心してもっと溢れる。
「そん時も、こんくらい優しく、して、くれますかっ……」
情けないお願いだと思う。でも今、自分がこれから進む道について、甘えたことが言えるのはこの人しかいないと気付いてしまった。
好きですの後ろに隠れた、甘え。それを許してくれる存在が北さんなのだと、自分も今気付いて、北さんはきっとずっと前から知ってた。
「うん、当たり前や。いつでもおいで」
やっぱりその先に言葉がありそうだけれど、なんとなく見当はついている。
北さんは、俺のこと、好きや。
俺は安心してしまって、後はもうわんわん泣いて、なんなら卒業生に途中まで送ってもらった。泣きすぎて、水分抜けて腑抜けてしまったから。
俺はその後、特に誰とも付き合わなかった。
だって、やる事が多すぎて、拗ねてる暇がなかったから。
数年、たまに北さんの家に遊びには行くけど、そんなに顔も合わせない期間が続いた。半年に一回、お盆と正月に顔を出した時、毎回告白したけど綺麗にフラれた。毎回毎回、完璧なふりかたをされるけど、もう拗ねたりはしなかった。俺も成長した。
専門を出て、専門の間バイトしてた店で修行させてもらって、金も貯めて勉強もして、すぐに店を出した。
別に凝ったもの作りたいわけでもないし、最初からうまくできるとかも思ってなかった。うまいもの出したいから、今俺にできる最大のうまいもので勝負した。うまいと思って貰えたら勝ちの勝負。その勝負の舞台を整えるのは大変だったけれど、完璧にふるあの人の協力もあってなんとか形になったし。
「好きです」
凝ったもの作りたいわけでもないから、勝負できる料理には凝った。
「ありがとう、気持ちは嬉しい」
洒落た店出したいわけじゃないから、箱物はなるべく安く抑えた。
「俺と付き合ってください」
まずは足元からや思って地元でやろうとしたのもよかったのかもしれない。ちょっと調べた三宮のテナント料と今の店の家賃、雲泥の差でびっくりした。月とスッポン。もちろん今の店がスッポンで、スッポンの方が食えるし俺は好き。月より安いし。
「ごめんな、それは無理や」
やっと軌道にのって、休みらしい休みがとれるようになった頃。
何の相談もないし、盆でも正月でもない普通の平日に遊びに行った日。
北さんは家用の畑に出ていて、俺は長靴を借りてうしろついてって、野菜に支柱を立てて。
「北さん、買って欲しいもんあるんですけど」
「どんなもん? そこもうちょい右に倒して」
「生き物なんですけど、……無駄吠えはせんです」
「……そうやな、侑とおらな静かや」
北さんが支柱と野菜の茎を結ぶ。トウモロコシらしい。まだ何も成ってない、ただのふっとい茎に見える。
「トイレも飯も自分でなんとかするし、なんなら北さんの面倒も見れます」
「……トイレはまだええわ」
次の茎の横に、支柱を立てる。もっと深く、と言わんばかりに軍手をした手が同じ支柱を掴んで畝に押し付ける。支柱は、俺の手の中でさらに土の中に沈んでいった。力強い。
「そんで、よく懐いて帰ってきたらべったりやし、……噛みません」
「おまえ今の不自然な間なに?」
これは、うん、たまに噛みたくなる。やって、北さん年々美味そうになっているせいだ。彼女も作ってないし、というか、もうたぶん北さんしか無理だから摂理だ。
学生の頃より焼けた肌でもまだ綺麗な顔を歪めて、不審そうに俺を見る。美味そう。
「喧嘩しても、絶対に同じ布団で寝ます。実家帰らはっても俺を家から追い出しても、絶対に一緒の布団に入ってみせます」
「買った」
「売った! え? ……えっ!?」
決め手そこですか? とか、自分でプレゼンしておいていきなり一緒の布団とかきもないですか? とか、色々と言葉は浮かんだが、何一つとしてぎゅっと締まった喉から出てこない。
「支払いは俺の人生で足りるやろ?」
「…………ほんまは釣りが出るけど、出せません」
何を言ってるんだろうかと思ったが、これで正解だったらしい。
「ふははっ! お前の人生でトントンや」
北さんが、支柱と野菜を括ってから軍手を外す。
軍手の下の手は、もう農業をする手だ。指先の土汚れ、硬くなっただろうタコだらけの掌。卒業式の日、ハンカチを顔にあててくれた時の、白い手じゃない。
それが伸びて、あの時よりも背が高くなった俺の頭をくしゃくしゃとかき回した。
「負けたわ。ええよ、隣おってくれる?」
「……これ、勝ち負けちゃいますけど」
「根負けや」
「それでいうたら、俺のが負けとるし……」
あの卒業式の日よりも早く、俺の顔はぐしゃぐしゃになる。北さんは少し困っていた。今はきっとハンカチを持ってなくて、俺の顔は拭うべきものでいっぱいで、北さんの首には汗を拭うためのタオルしかなくて。
――そもそも、北さんが、そんなに愛情深いから。
――俺はもう、逃れられなくなってもうたんですよ。
「なら責任とるしかないな。……俺の愛情、一番にもっていき」
「独占はさせてくれへんのやぁ……」
もっとスマートなセリフになるはずだったのに、まるでガキの癇癪のようにしかならなかった。言った言葉でよけいに泣けてくる。北さんの愛情、独占できないのは分かっていたけれど、一番に持っていけるのは嬉しいけれど、やっぱり独占もしたい。
「お前も俺に独占させてくれへんやろ」
「俺はっ! 北さんに! 一途です! なんなら北さんに粉かけられへんよう、番犬だってできます!」
わっ、と泣きながら畑の真ん中で叫んだ。叫ばないと、鼻水がつっかえて言葉が出てこなかったから。
しかしこの時ばかりは、これまでのように穏やかなものは返ってこなかった。
視線の無機質な光と、圧。背筋が伸びて、涙が引っ込む。
「……どちらかと言うと俺が虫よけすんのとちゃう?」
しら~、っと目を逸らす。そうだった、俺はフラれる度に彼女を作っていた男。いや、学生の時だけですけど。
目をそらしてもじっと見てくる視線は、だんだんと近付いてくる。ちら、とそちらを見ると、目の圧はひっこめられて、見た事もないような顔をしていた。
自慢げで、嬉しそうで、慈しむような、本当に犬でも見てるみたいな。
でもなんだか、少し甘えのまざった顔。こんな風に笑うのか。こんな表情あったのか。
驚きに、息が止まる。
「お前はもう俺のや」
「……はい」
ときめきで声がひっくり返る。
完璧なOKというものがあるのなら、きっとこう。