身体の正面から突撃された衝撃が来る。あらかじめ予測はできており、そのまま何事も無かったかのように受け流すことも出来たが、スネイルは甘んじて衝撃を受け入れそのまま床に向けて倒れる。
「ふざけるなよお前……!」
フロイトの怒りに満ちた声が、目がスネイルに向けられる。止めようとするオキーフの声が聴こえた気がするが、スネイルはフロイトの一挙手一投足に意識をそそいでいたので気づかなかった。
「お前、何故レッドガンの件をレイヴンに依頼した!」
馬乗りされ、ジャケットの襟を捕まれる。スネイルが知らない、否、向けられると思っていなかった感情が、今、この場でスネイルを射貫く様に向けられている。
「……未だにコーラルの大半を手中に収めた訳ではありません。アイスワームのように、技研の兵器が潜んでいる可能性があります。貴方をこんなところで出す訳には行きません。」
「お前は、自分がアレで死ぬと思っているのか?」
「侮られたものだな」とフロイトが鼻で笑う。目は未だにスネイルを見続けて、奥底にあるものを測ろうとしている。
「貴方が死ぬとは思っていません。」
スネイルの視線がフロイトと視線と交差する。
「……貴方が、」
「スネイル第二隊長!緊急の報告です!!」
急いで開けられた扉と、息を荒らげてきた通信部の隊員の声により、一気に部屋の温度が下がる。フロイトは隊員を一瞥して、熱は覚めたとスネイルの襟を離して立ち上がる。
「……頭を冷やしにシュミレーターに籠る。誰も近寄らせるな。」
ずっと部屋にいたらしいオキーフにそう言い残して、スネイルを見ることなくフロイトは部屋から出た。
その後、予定通りにレイヴンに追従する不明機体の始末、ラスティに独断専行した独立傭兵の始末任務をアサインして、椅子に座って息を付く。
「……貴方はフロイトに付かなくていいんですか、オキーフ。」
「別に、あいつもそこまでガキじゃない。なんだったら、本心はさておいてお前の判断は企業としては正しいと言える。」
報告のために残っていたらしいオキーフは机に書類を出したあとソファーでフィーカを啜っている。
「それで、なんで俺に手を回してまでアサインしなかった?別に今のミシガンにアレが劣るとは到底思えんが。」
オキーフの髪の隙間から見えた目がスネイルに向けられる。協力したのだから言え、ということらしい。
「……恥ずかしい話ですが、判断出来なかったんです。」
「はぁ?」
「かつて憧れた星を追い越した後、そこから見える景色がどんなものなのかを、私が、予測することが出来なかったんです。」
「最悪、ヴェスパーから離脱する可能性も、ある、かと……。」
声がしりすぼみになるスネイルにオキーフが溜息を吐く。
「なんだ?お前、フロイトが絡むとバカになるのか?」
「はぁ?!」
思わず立ち上がったスネイルにオキーフ呆れたように顔を向ける。
「確かに彼奴にとってミシガンはひとつの目標で、ヴェスパーでいることが手段なのも確かだがな、それは別にヴェスパーでなくともいいはずだ。なんでヴェスパーなのか、少しは考えてみることだな。」
付き合ってられないとオキーフは部屋を出た。スネイルは再び席へついて、考える。
シュミレーターのデータを元にロックスミスのコア内部で細部調整を行っていたが、定時を知らせる音楽で意識を通信端末に向ければ深夜を回っており、フロイトは食事を取り逃したことを理解する。頭も大分冷めてきており、時間を見た途端身体は空腹と眠気を訴え始めていた。
(さすがに、何か取らないとダメか……。)
身体を伸ばしてコアブロックのロックを外す。タラップから降りて行くとロックスミスの足元に防寒コートとバスケットを持ったスネイルが立っていた。
「……お疲れ様です。部屋まで送りに来ました。」
スネイルはフロイトに防寒コートを着せ、廊下を歩かせその後ろについていく。
「フロイト……。」
「ん、あぁ、頭なら冷えたぞ。お前の言い分もわかるからな。」
フロイトのいつもの視線がスネイルを見る。昼頃の怒りの色は失せて、いつもの凪いだ色が髪の隙間から見え隠れする。
スネイルはシュミレーターに出向く前に出した結論をフロイトに問う。
「……フロイト、貴方、もしかして私の事だいぶ好き、です……?」
「はぁ?なんで疑問形なんだお前。好きじゃなかったらお前の誘いに乗らないだろ。」
フロイトの返答に、スネイルの体温が上がった気がした。