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    tuduriki_dai

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    tuduriki_dai

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    華鬼になったばっかりくらいの頃。大体今から三年前。

    陸奥紫月と手当について「はい、李夭ちょい待ち」
     陸奥紫月にやんわりと進路を遮られ、祀蛇李夭は眉根を寄せた。
     今夜の妖異の殲滅も無事に終わった。誰にも迷惑はかけていないし、都への被害も最小限だった。
    「俺はお前に用はねえ」
    「李夭になくとも、ウチにはあるんや」
     それ、と指し示されたのは、李夭の頬。妖異の攻撃で、一本の切り傷が走っている。
    「……かすっただけだ。食って寝たら治る」
     実際、大したことはない。既に血も止まっているし、決して大きい傷ではない。
     陸奥の横をすり抜けようとするが、片手で制される。
    「だめやで。バイキン入ったら困るからな」
     するりと伸びてきた手が、李夭の頬にかざされ、温かな光が染み込んでくる。
     ひりつく痛みがおさまった頬に手をやれば、傷はきれいに消えていた。
    「……上手いもんだな」
    「おおきに」
     にこりと笑った陸奥は、懐から煙管を取り出し煙草を詰め始めた。
    「褒めてもろて嬉しいけどな、李夭は見慣れてるやろ。陽葵ちゃんとか」
    「天雨は時々失敗する」
    「言わんといてあげて」
     切って捨てるような李夭の言い草に、陸奥は苦笑いした。
    「陽葵ちゃんは、他の人をそらぁ大事にしとる。どうしても治したくて、焦ってしまうんやろなあ」
     言われて浮かぶのは、自分の傷を全て無視して他者を癒す、天雨の姿だ。ついこの間も見たばかりなので、流れる血の色まで鮮明に思い出せる。思い出したくもないが。
     顔をしかめた李夭の肩を、陸奥は軽く叩いた。
    「ほな李夭、帰ろか」
     歩き出す陸奥の背に、意を決して言葉を投げる。
    「……陸奥、飯を食って行かねえか」

     驚いたように目を瞠った陸奥だったが、鷹揚に頷いて李夭に着いてきた。
     ただ静かに星だけが見下ろす夜道を、黙って二人で歩く。
     後ろから漂ってくる紫煙のにおいは、質量がないのにそこに確実に陸奥がいることを感じさせる。
     酒と煙草と、呑むならどちらの方がましなのだろうか。言わなければならないことから目をそらし、ぼんやりととりとめのないことを考える。
     煙草は臭いし、舌が鈍ると聞いた。酒は飲めば判断力が鈍るし、二日酔いだってする。
    「どっちもろくでもねえ」
    「何がや?」
     思わず呟いてしまった結論への思わぬ応えに、ぐ、と息をつめる。
    「……なんでもねえ」
    「そうか」
     踏み込んでこない陸奥の優しさは、ありがたいが少し居心地が悪くもある。腹の据わりが悪いというか、いたたまれないというか。
     ごまかすように足を速めて家路を急ぐ。陸奥の足音が追いかけてくるのに、理由はわからないがほっとした。
     家につき、台所に急ぐ。
     夕食はほとんど作り終わっている。食べる暇はなかったが。
     米を炊き終わった後に召集がかかったため、白米は既に冷え切っていた。雑炊にしたいところだが、時間がないので湯を沸かして茶を淹れ、茶漬けにする。煮物はむしろ味が染みて、良い具合だ。温め直す時間が無いのが惜しい。
     手早く二人分の膳を用意し、陸奥の前に置けば、陸奥は顔を綻ばせた。
    「李夭は、ほんまに料理が上手いなあ」
    「……我流だ。大したものは作れねえ」
     いやいや、と陸奥はかぶりを振る。
    「作れるだけ大したもんや。いただきます」
     手を合わせ、箸を持つ。李夭も無言で手を合わせて食器を手にした。
     陸奥の食べ方は思い切りが良い。決して汚くはないが、上品とは形容しがたい。普段の、どこかはんなりとでも表現できる佇まいと比べ、いつも意外に思う。
     無言で空きっ腹に飯をかきこみ、落ち着いたところで陸奥が口を開いた。
    「それで、どうしたんや、李夭。うちに何か言いたいこと、あるんやろ」
     ぐ、と息を詰める。視線を彷徨わせ、膝の上で手を握り直し、覚悟を決めて陸奥へ顔を向けた。
    「……俺に、手当の仕方を教えてほしい」
     陸奥は目を瞠った。口を引き結び、その目を見返す。暫しの沈黙の後、陸奥は、ふ、とふきだした。
     あっはっは、と夜の静寂に笑い声が響く。
    「なんや、そない深刻な顔して何言い出すのかと思たら、そんなことか!」
     あーおかしい、と目尻の涙を拭う陸奥を、李夭はぎり、と睨んだ。
     こっちは真剣だというのに、何を面白がっているのか。
    「あーすまん、すまんなあ笑て。馬鹿にしたつもりはないんや、堪忍、堪忍」
     既に彼に頼んだことを後悔し始めていた李夭は、ふい、と横を向いた。
    「教えるつもりがないなら帰れ」
    「そんなこと言うてへんやろ。せっかちやなあ」
     煙管を取り出し、火をつけて紫煙を吐く。
    「なんで、手当の仕方学びたい思たんや?」
     教えてくれるか? と問う声は優しい。李夭は渋々口を開いた。
    「……天雨は、自分を後回しにするだろ」
     今にも自分が倒れそうなのに、他人に手当を施す様をただ黙って見ているのは、ひどく嫌な気持ちだった。
     天雨が自分を治療しないなら、自分ができるようになればいい。思いついたのは、先程陸奥に手当を受けてからだ。
     勢いのまま陸奥を連れてきたが、言い出すのには勇気が要った。こんな夜更けだし、あまりにも唐突だし、自分は態度が悪いし、教えたくないと言われたって仕方ない。
    「そうかあ」
     目を細めた陸奥は、ぱしんと膝を叩いた。
    「よっし、うちに任しとき。できることが増えるのは、いいことや。きっちり教えたるさかい、李夭もしっかり学ぶんやで」
     ほ、と息を吐いて姿勢を崩しかけ、慌てて背筋を伸ばす。
    「……言い出したからには、覚悟はできてる」
     よろしく、頼む。
     頭を下げる。
     仲間を失わずにすむ力は、いくらあったっていい。結んだ縁が切られないよう。奪われないよう。学び、身に着けよう。
     戦うばかりが力ではないのだ。
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